エッグシェルの忘れ水

Jami

プロローグ

綻びの兆し

 何かしたい、わけでもなく。

 何かに気付いた、わけでもなく。

 このままではいけないのは分かっている。時間は待ってくれない。それでもこれ、でも、あれ、でもなくただ立ち尽くしている。


 そうして、高校入学から二年。正確には丸二年。すでに経ってしまった。


 後一年。この一年。泣いても笑っても時間は待つこともせず私を『卒業』まで律儀に導いてくれる。


 卒業とは単なる行事ではない。

 高校生活の区切りであり、三年間何かしら学んで何かしら得て、そして教育課程を終えて、高校生として全うした、という資格を得る。これがあるとないのでは人によってはとても大きいこと。逆にこれに縛られることなく成功の道を歩んだ人もいる。私にとってはもちろん前者である。


 そして問題は、卒業後。

 ある者は大学などに進学。ある者は就職。もしくは・・・それ以上はできれば避けたい。目標も何もない自分が一番選んではいけない選択肢。


 香取朔かとりさく。高校三年生、になる、春。

 地元高校では中ぐらいのレベルの高校に通い、夢も目標もないままとりあえず普通科を選び勉強してきたが、やはり次の目標も見いだせず現在に至る。いや、まだ大丈夫じゃないかな、と余裕も少しばかりはある。何か音楽とか運動に特化していればなぁなんて、隣の芝は青いという言葉をいいように解釈して自分は何もないからしょうがないと甘えている。いやいや、それでも成績は上位をキープしていつ何が起こってもどんな選択肢でも選べる土台は作っている。


「でもやっぱり何もないや」


 はぁ、とため息をつく。

 

 三年に上がる前の、言わばもしかしたら学生最後の春休み。外は穏やかな春を迎えつつ、花粉症の人にはたまらなく辛い時期。桜の花も咲き始め、間もなく始まる新学期の頃には満開、もしくは散り始めぐらいあたりは桜色に染まっていく。

 そんなことを考えていると窓の外にある木蓮の木にくすんだ黄緑色の鳥が飛来した。この時期の平地にまだいたのか、さあ、鳴くのか?と見つめているとウグイスよりも早くスマートフォンが鳴く。メールだ。


「明後日かぁ~うーん。まあしょうがないか」


 それは同じ高校に通う友人からで、春休みの宿題についてと自由学習会へ一緒に参加しようという内容だった。集合場所は学校。春休みに登校。それだけで億劫だったが今しかできないことはしておかなければという信念のもと「OK」の返信をした。

 向こうのスマートフォンも鳴いた頃、ようやく外のウグイスが春を告げる声を発する。


「春はとうに来ている」


 ウグイスに届かない声を上げると、ウグイスはチチチと鳴いた後、念押しのようにもう一度ホーホケキョと鳴いた。


 もしもウグイスが春ではない何かを呼んでくれるのなら。

 また他力本願な考えをしながら、明後日学校に行けば何かあるかもしれない。

 微かな期待を胸に抱いて、とりあえず今日明日は休みを満喫しよう。まだ始まったばかりなのだから。くすぶる不安を押し消すように参考書を手を伸ばした。


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