Episode8

「ありゃ、きっと恋だな」


「まさかアイツに惚れるもの好きがいるとは」


カウンターで、泰造と先客の男――大倉が話をしている。


大倉は店主と旧知の仲で、近くの通りで服屋を営んでいる。店主がユズキの作業服を発注した友人とは、まさしくこの男のことだった。


二人はユズキとアリスの話をしている。


「物好きとは、何を言う。べっぴんさんじゃないか。娘さんかい?」


「仕事のパートナー」


そう言う泰造は少しへこみ気味だ。その仕事のことでアリスの機嫌を損ねてしまい、ここへ来る途中、ちょっとした諍いがあったらしい。


「仕事ねえ……」


大倉は冗談めかしに言う。


「変わった仕事もあるものだ。子供が働くのか。俺は毎日暇してるっていうのに」


「何でも屋みたいなものだよ。まあ、聞き流してくれ」


「そうするよ」


大倉は笑った。


店内は客足も止まって、ゆったりとした時間が流れていた。注文もないので、従業員は各々好きなことをして時間を潰している。店主は玄関を掃いていて留守だった。


テーブル席では、ユズキとアリスの会話が盛り上がっている。


「子供らしい光景だ」


泰造が呟いた。


「そりゃ、子供なんだから当然だろう」


大倉は肩をすくめる。


まあ、そうなんだが、と泰造はぼやいて、アイスティーをすすった。


「……この店は、アイツがさっき、偶然見つけたんだ」


「そうなのか」


偶然でこの店を見つける客は結構多い。


もともと知る人ぞ知る、という感じの喫茶店だ。別におかしな話ではない。


差し詰め、拗ねた少女が路地裏へ駆け込んだら、そこに見知らぬ店が立っていたというところだろう。


「それで、ここに来てあの子のご機嫌伺いかい」


泰造は頷いた。


「子供の扱いはよくわからないが、アイツはあれで、大抵いつも機嫌が直る」


「……気苦労しているようだね」


しばらくすると、店内に店主が戻ってきた。


「いや、どうもすみません。しばらく席を外してしまって」


「そんなことはない。もう、出ようと思っていた」


泰造が席を立った。


テーブルでは、ユズキとアリスの会話が丁度一段落ついたようだった。頃合いを見計らったのだろう。


「行くのかい」


大倉が言った。


泰造は、ちらりとアリスの方に目をやって、答えた。


「アイツはここを気に入ったみたいだ。また来るよ」


泰造は勘定を支払い、店を後にした。大倉は去り際に泰造が背負っていたギターケースの存在が気にかかったが、すぐに、駆けてくるアリスの方に目がいった。


彼女は気丈だったが、表情は明るかった。


泰造を追いかけるように店を出て行く。


「……なるほど」


確かに、機嫌は良くなったみたいだな、と大倉は思った。

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