Episode3
一階が喫茶店で、二階は店主とカオリの自宅だった。
夕食はリビングで取った。はじめのうちは気まずかったが、歳の差がある分話はカオリがリードしてくれて、ユズキはすぐに二人と打ち解けることができた。なにより料理が美味しくて、会話のある夕食は久しぶりだった。
夕食後、ユズキとカオリは二人で短い廊下を歩いている。
「それにしても家出とは。やるね、ユズキくん」
「はあ、そうでしょうか」
「そうだよ。その年でなかなかできることじゃない」
カオリが笑う。
「それに言葉遣いも丁寧だし」
「ああ、これは……」
ユズキが弁解しようとする前に、カオリが言葉を遮った。
「よっぽど親の躾が厳しかったんだね。それは、逃げ出したくもなるよ」
「ええ、まあ」
ユズキは曖昧に返答した。あまり触れてほしくない話だ。素早く話題を変えてしまう。
「それより、カオリさんは料理が得意なんですね」
「あ、分かる?」
カオリは少し得意になったようだった。
「私、実は料理を作るのが趣味で」
「羨ましいです。僕、目玉焼きくらいしか作れないから」
「それなら、今度一緒に何か作ってみる? ほら、明日から夏休みで、時間はたくさんあるし」
「そうですね」
ユズキは笑顔を作った。楽しみなのは嘘ではない。食べ物がなく、毎日飢えで困窮しているよりもずっとマシだ。
カオリが立ち止まった。隅っこの小部屋を指差す。
「ここが、今日からユズキくんが寝泊まりする部屋」
覗いてみると、中は物置部屋だった。
部屋の隅っこに、使われていないピアノが置いてある。足元には、物が散乱している。しばらく使っていなかったせいか、部屋はかなり散らかっていた。綺麗にするのは骨が折れそうだ。
カオリが申し訳無さそうな顔になる。
「ごめん、掃除してなかったから、かなり汚くなってる……」
「平気ですよ、こんなの。大事に使わせてもらいます」
掃除はカオリに手伝ってもらったが、流石に何から何まで面倒をかけるのは申し訳ないと思ったので、途中からユズキひとりですることにした。
掃除機をかけて、布団はその後に持ち込む。ピアノは動かすことが出来ないので、放っておく。
カオリは、明日から楽しみ、と就寝前になっても嬉しそうだった。
ユズキも、本当にそうなればいいなと思う。今日はひどく疲れる一日だった。この家にやって来て、最後は少しだけ報われたかもしれない。
眠りに落ちていく中、ユズキの目に何度も悲惨な惨状が浮かんでは消えた。耳元では、あの時の悲痛な断末魔が、まだ長く尾を引いて残っていた。
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