『夢の花綵』「夢うつつ夢うつつ補遺」11

 隣りに伏してすぐ、あなたはこちらに寝返りをうった。起きたのかと期待したがまだ眠っていた。だからおれは遠慮なくあなたの肢体を自分の腕のなかに引き入れた。するとあなたはごく自然におれの脚の間に片足を入れこんで隙間なく身体を密着させてきた。おれはあなたの腿に擦りあげられて危うく声をあげそうになった。

 本当にあなたというひとはおれの気も知らないで、おれの忍耐力を試すような振る舞いばかりして憎らしい。ここまでされたら寝込みを襲ってくれと命じられたに等しいような気がしたが、ふだんとても眠りの浅いあなたがこんなに安心しきって身を投げ出していると思うと、あなたをこのまま自分の胸で眠らせるのがおれの役目だと考え直す。

 あなたは夢使いだから、日が昇るころには間違いなく眠りからさめるだろう。おれはだからこの明け方に、つれない仕打ちに恨み言を囁きながらそれを理由に色々なことをねだろうとおもう。いつもと違い、あなたはきっとそれを邪険にはしないに違いない。ベッドのうえであなたを困らせるのは堪らなく愉しい。これ以上の愉悦をおれは知らない。想像するだけで亢奮する。しかも、よくよく考えなくとも朝のあなたのほうが素直で大胆で積極的なのだった。

 おれはあなたを抱き締める。そのとたん、あなたの腕がおれの背にまわる。あなたの顔をのぞきみる。まだ、寝ている。この態勢でもまだ、こどものように深く眠っている。

 おれはふと、笑いそこなった。

 思い返してみれば、あのひとはおれと一緒に眠りはしなかった。事が終わるとすぐにおれを帰した。帰したがった。しどけなく寝そべった肢体の記憶はたくさんある。または誰かと情を交わす様子を垣間見たことさえあるというのに、寝姿を見たことは一度もない。おれが幼かったからかと思っていたが、たぶん、夢使いというひとびとはそういうものなのだろう。


 おれは、あなたに頬を摺り寄せてその長い黒髪のにおいを思いきり吸い込んだ。

 はじめて会ったときから、この髪に触れたかった。まだ付き合う前、ごくたまに悪ふざけのふりをして、あなたの夢使いとしての証でもあるその髪の先端を引っ張ったことが幾度かある。あなたはおれの馴れなれしさに腹を立てるでなく、かといってそれを当然と受け止めるはずもなく、至極おどろいた顔をして振り返ったりした。それを盗み見た店長の呆れ顔も忘れがたい。そのうちそれがいつものことという微苦笑に変わり、あなたは段々に慣れてきておれに向かってむっつりとした顔で抗議の声をあげ、おれはおれでひとつに結んだその髪を自分のためだけに解いてみたくてしようがなくなっていた。


 あなたはそのはじめからずっと、おれの「夢使い」だった。

 いや、ちがう。

 あなたは、おれのためだけにおりてきた、夢のようなひとだった。


 だからおれは、もう二度とあなたを離すまい。

 そう誓って、あなたがこの腕からすり抜けていかないように、しっかりと抱き締めて目をとじた。

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