『夢の花綵』「夢うつつ夢うつつ」10

 あなたは抵抗しなかった。何かを諦めたような顔をしておれのするに任せた。おれはそれが堪らなく憎らしかった。だから酷い辱めを口にしながら服を剥いであらわれた赤い飾りを抓りあげた。


 服の上から胸を弄られるのが好きとまでは教えてないよね


 あなたは痛みに呻いて困惑した表情でおれを見た。それから何かこたえようとして咳をした。肌蹴させたせいで寒かったのだろう。おれはベッドからおりて暖房をつけた。あなたは半身を起こしておれをみた。これでおれの暴力が止むものと期待していた。だからおれはコートと上着をいっしょに放り投げて要求した。


 はじめから全部はなして、何もかも


 話せるはずがないという顔をした。守秘義務がある。相手がたとえ法の外の人間であろうとも、「契約」にはかわりがない。

 あなたは縛られた手を外そうとした。おれは結び目を掴んで、あなたをうつ伏せにして背中から乗りかかった。さすがに暴れた。その拍子にあなたの長い髪が揺れ、左耳のしたにある紅い痕がおれの目に飛び込んできた。

 心臓が凍った。

 おれが動きをとめたことで、あなたはそこに何があるのか察した。


 ……こんな痕つけられて、何もなかったって


 あなたは頭を左右に振った。本当に何も、それ以上はない。それ以上、ソレイジョウってどういう意味だ。おれにはもう、何がなんだかわからなくなっていた。このひとがおれに嘘をつくことがあるなんて想像したこともなかった。潔癖なひとだと思ってきた。


 ここに突っ込まれた?

 そんなはずあるかっ


 あなたの動きを封じて乾いた指を突き立てた。痛がった。当たり前だ。おれは亢奮していたがあなたは冷めていた。前を探ったが萎縮していた。あなたは言った。裏切るようなことは何もない。ほんとうだ、と。


 あなた、そこ弱いのに感じなかったとでも

 だからっ、本当に俺は

 ばれなければまた会う予定だったんじゃないの

 ちが

 ちがう? どこが 初対面で襲われたわけでもなくて、裏切るってなに あの男があなたに執着してると知っててあなたずっと会ってたわけだよね いつどんなことが起きるか想像もしなかったの


 あなたはおれを見なかった。正確にはおれの言葉そのものを聞こうとしなかった。おれはあなたを強く押さえこんだ。嗅ぎ慣れたシャンプーと石鹸の匂いがした。証拠を湮滅するために風呂にはいったように思えた。いや、あなたの言う通り、あの男と寝てはいないのだろう。寝ていたらおれの電話にあんなこたえをすることもなく、帰ってきたおれをあんな顔で見られないはずだ。貞操は守った。そう言いたいのだ、このひとは。だから許してくれと口にはしないけれど、そういうことだ。

 わらいがこみあげた。

 あなたの残酷さにおれは何で応えればいいのかわからない。惨めで仕方がなかった。けれどあなたはじぶんの想いに閉じこもり、おれの拙い暴力に怯え、おれのしたでもがいていた。


 他に何をされた

 え

 前もしゃぶらせた

 なに言って

 それとも口でしてやった?


 あなたは混乱して首を横に振り続けた。もしかすると、ようやくおれが何をしたいのかわかったのかもしれない。いや、そうではないのか。あなたはどこまでも無垢だった。あの男が手を出しかねたように。

 あなたの身体をひっくり返し、その頤を掴んだまま片手でベルトを外した。乞わずともあなたはおれのものにくちづけた。それからゆっくりと口に含み、頭をひいて、手を外してくれと願った。うまくできない、と。そう言いながらおれを見あげるあなたには卑屈な態度は微塵もうかがえなかった。おれに媚びようともしないその強さが憎らしかった。だからおれはその髪を乱暴に掴んで無理やりに押し込んだ。苦しげに眉を寄せながらもあなたは従順だった。体調の悪いあなたにおれは何をしているのだろうと考えもした。あなたに美味しいものをつくると約束したはずだ。けれどこの体調不良はあの男のせいなのだ。あの男に迫られて、それを拒み、あなたは苦しんだのだ。

 おれは酷く冷静だった。血のざわめきに比して怖いくらい冷静にあなたを眺めた。あなたに飲み込ませた後、次にどうやって痛めつけてやろうかと、押し寄せるありとあらゆる残酷でみだりがましい欲望を頭のなかで順繰りに浚っていた。昂ぶりがおさまる気配はまるでなかった。こんなに亢奮したことはかつて一度もなかった。


 こんなにも、あなたを愛しているとおもったことも。


 おれを裏切り、おれを捨てるかもしれない夢使い、おれ以外の誰かの腕のなかで乱れることもある夢使い……――


 夜遅く呼び出し音が煩く鳴った。おれはベッドから抜け出して電話線ごと引き抜いた。

 あなたの端末ももちろん切った。

 それを見ても、もう何も言わなかった。ただ瞳を伏せただけだった。あなたはもう声も出せない状態で、おれに何もかも暴かれて嗚咽をあげて赦しを乞うていた。

 おれは、コートのポケットにナイフが入っていることを思い出した。あのとき一瞬、あなたの髪を切ってしまおうとおれは考えたはずだ。でもそうしなかった。さすがにそこまではできなかった。


 翌日、電話一本で次の日の休みもとった。教授は何も言わず承諾してくれた。

 あなたは緑色の胃液を吐いて、下肢に血の跡をつけていた。

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