『夢の花綵』「夢うつつ夢うつつ」7
一緒に暮らしはじめて半年たったころにはもう、彼に抱かれることを期待するじぶんと折り合いをつけはじめた。明け方に仕事を終えて家に辿りつくと彼が玄関で待ち構えていた。服を脱ぐ間も厭うほど互いに欲しがった。今でも、仕事のあとはどうしても欲しくなる。
他の時であればどちらがどうという役割ではないはずが、いや、あのころはむしろ俺が積極的に責めていたのに「あがない」のあとはそうではなくなった。
はじめて後ろだけで達したときのことは嫌でも憶えている。あのアパートの同じ階でいちばんの早起きは隣の起業家だった。俺はシャツを着たまま扉に腕をついて揺らされていた。隣の気配を察し、やめてくれとせがむほどに彼が俺の具合がどうだと卑猥な囁きを耳に流しこみ、逃すまいと腰骨を強く押さえつけて衝き入れた。噛んでいいから、と口腔にさしこまれた指もまた無遠慮に、容赦なく俺を犯し続けた。隣の玄関が閉まり鍵のかかる音がして革靴のあしおとが部屋の前を過ぎてすぐ、わけがわからなくなった。彼はくずおれた俺をひっくり返し、まさかのことに泣き濡れた顔をくちづけで覆い、よかったとくりかえして抱きしめてきた。俺はあまりの無体に文字通り死ぬ想いで何か口にして抵抗したはずが、それすらも相手の唇に奪われて、彼が何をそんなに喜んでいるのかすらわからないまま再び高みに昇らされて意識を手放した。
彼が俺をそうしたのか、それがもともとの俺の性なのか、はたまた「夢使い」の特殊な業なのか……わからない。
いつだったか師匠が酔いに任せて告白した。結婚したのはあの香音の揺曳からはどうやっても逃げられないからだと。それをいうなら俺には「あがない」後の昂揚を鎮めるために、どうしても彼が必要なのだろう。
端末から昨夜の痴態をおさめた画像を消し去った。乞われるままにそんなものまで送ってしまった現実に今は戸惑うこともない。俺たちにはそうしたものが必要だった。本当なら、あの事件よりずっと前に。
思えば彼が出張に出ているあいだ、俺はやたらと仕事をした。事件の半月ほど前、急なキャンセルが立て続き俺はその金を旅費にあてて彼に会いに行ったことがある。隣室に教授がいるのに抱き合った。テレビにうつる芸人のやけに甲高い笑い声を聞きながら互いに折り重なって夢中で貪った。
あのとき俺の顔をみた彼はほとんど狂喜といっていいほどの歓びに包まれていた。この髪を撫でまわし、あなたのほうから会いに来てくれるなんて夢みたいだと何度も囁いた。こんなことならもっと早くに会いに行けばよかったのだと気がついた。独りでいる時間のさびしさと虚しさと奇妙な充実に囚われて、俺は仕事にのめりこんでいた。
都会へ出て十年たって、俺は魘使いとしての名をあげていた。間違いなく実力以上の名前が世に出ていた。それを察していたからこそ仕事に精が出た。失敗は許されないと肝に銘じていた。それゆえに夢使いの仕事で気が散るのだけは我慢ならなかった。いつのころからか緊急でないなら連絡をくれるなと断っていた。
しかも、依頼人たちに俺が男と関係している情報も漏れていた。誰がどこで何をどう言ったのかは知らないが、一部の依頼人はそれを目当てに俺を指名した。彼にそれは知られたくなかった。何があろうとも隠しておきたかった。彼を守りたかったし、ふたりの関係に依頼人から口を挟まれることも嫌った。美男と寝ているから誘いを断るのかと詰る依頼人もあったのだ。
実のところ、あの事件の前にもいくどか危ない目にはあった。誘われる程度のことなら指折り数えるのが面倒なほど、そういう状態だった。
ならば何故、身許のしっかりした依頼人だけに仕事を絞ろうとしなかったのかと問われるだろう。はっきり言えるのは、彼らの支払いがよかったのと何よりも仕事が途轍もなく面白かったためだ。依頼内容そのものにありきたり以上の精度を求められた。しかも結果と報酬が見合っていた。
そして、いつの間にか、俺は何か網のようなものにかけられていた。それは単純に依頼人同士の繋がりにとどまらず、魘使いを狙った何かに思われた。
それは薄々察した。囲い込まれている、という感覚はたしかに持った。だからそこから距離をとったはずだ。
ところが、逃げたつもりで俺は、その中心に飛び込んでいたのだった。
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