『夢の花綵』「夢見ることさえ忘れはて」3
二次会で何人かの男のメアドはありがたくいただいた。手際のいい相手はこちらのそれも持っていった。送るといわれて丁重にお断りをいれたのにしつこくされて眉をひそめたところで肩越しに声がかかる。
こんな遅くにも着崩れた様子のないスーツ姿でやってきた従兄の腕をとる。困り事があると勝手に出てきて物事を解決してくれる、便利だけどうざったい人。
よさげな相手もいたけれど、これで続きはなしになった。それもめんどうがなくて悪くはない。たぶん。
じつは、結婚しようかと思って。
相手がじぶんではないことは察した。その横顔をみた。
「伯母さんに、なんていうかなと」
「……なんとでも、正直にいえば」
「おまえは平気か」
視線はあわなかった。あたしは黙って窓の外を眺めた。景色は変わらなかった。家を出てからもずっと、このへんは変わらない。この一帯はそれこそ千年遡ろうと我が家の土地だった。戦後解放されたとはいえまだ広い。母が売らなければ変わりようもない。
「伯父さんも伯母さんも心配してたぞ。たまには用事がなくても帰って来い」
煩わしさに笑った。笑えて仕方がなかった。
「帰ったって、あたしの居場所なんかないじゃない」
「そんなことあるか。ふたりしておまえの好きなもの用意して待ってるじゃないか」
「だから、そうじゃなくて。お互いの好きなものを揃えておけばいいのに」
「それが出来たら、ああじゃないだろう」
あたしのため息は、従兄のそれに重なった。
「おまえ、いま彼氏いるか」
「いない。半年前に別れた」
「半年あくのは珍しいな」
意外そうに眉がひらく。
「総合職になってから仕事、忙しくて」
男に厭きたといえるほど知りもしない。それに、あいた半年のあいだには「彼女」がいた。つい先日こどもができたからといって関係を打ち切られた。
彼女は、最後に会ったときも、旦那とうまくいっているとは言わなかった。けれど家を出たいとは願わなくなったと口にした。こどもを育てるにはお金がいる。父親だってきっといたほうがいい。付き合っているときも離婚してくれるものと思っていたわけじゃない。でも、この先も逢いつづけてくれるとは信じてた。女同士、そうそう事がばれることもないとたかをくくっていた。
つまり、彼女にも捨てられると思ってなかった。遊ばれているのは知っていた。けれど、まさかこんなふうな結末を迎えるとは想像もしなかった。あたしはどこかで、じぶんのほうが結婚をして彼女と自然に別れるとでも思っていたのかもしれない。身勝手なことに。
みな、かんたんに居場所を見つける。
あたしには、見つからないものをどうしてか、見出すことができる。
「俺が結婚するってはなし、じゃあ今ださないほうがいいな」
「どっちでもかまわないよ。あたしは応援するし」
「ありがとな」
あたまをぽんぽんと叩かれた。おまえも幸せになれよ。そう囁いた従兄に笑顔で肯くくらいの余裕はあった。たとえ、この男が先生と別れた日にひとけのない社のそばに車を停めて、あたしに圧し掛かってきたことが許せなくとも。あれは未遂に終わった。さすがに拙いと悟ったらしい。あたしは別に、してもよかった。あんな形でなければ抵抗しなかったとおもう。けれど処女でなくなったことを罵られて気持ちが冷めた。やたら煩く鴉が哭いていて癇もたった。じぶんに用意されていたものが奪われたことに憤る男は滑稽で、先生の懇願の涙よりあたしをずっとかたくなにした。
何事か気づいた母はそれ以来、この従兄をあたしに近づけなくなった。婚約のはなしが親族間で持ちあがることはその後ない。
幸せっていったいなんだろう。
先生が手にし、友達が得て、従兄がわがものとしたと告げるそれを、あたしは知らない。
それを夢見ることさえ、忘れている。
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