階梯と車輪6
戻ってすぐ、店長がわたしのそばに寄ってきた。報告義務などないはずだが、問いたい気持ちはわからないではない。
「……会社で、あんまりうまくいってないみたいです」
「だろうな。あの年頃の子はたいてい昼は連れ立ってくるだろ。しかもあっちの通りにはここより大きなコンビニが何件もあるしな。もっとこじゃれた公園もある」
ああ何度もだと気になってな。
低く呟かれた囁きが肌に刺さるようだった。
「昨日が初めてじゃなかったってことですか?」
「おまえ、ひとの顔見てないよね。あと店内のお客の様子も。アンテナの感度が高すぎるから普段は故意に殺してるんだと思ってたし実際そうなんだろうが、おまえ、気がつかなかったよな」
愕然としたわたしに、店長がゆるゆると首をふった。
「責めてるんじゃないよ。ミスがないしトラブりそうな予兆もないから注意しなかった俺にも責任があるかもしらん。お節介を焼くのも馬鹿らしいしな。だが、都会のコンビニの〈礼儀〉なんてのは節度ある無関心だと俺は思ってるが、ただの無関心じゃ二十四時間ウエルカムな態度は貫けないんだよ。わかってるだろうが」
頭ではわかっていた。けれど、体得できていなかった。
「おい、落ち込むな。アルバイト店員にそこまで肝に銘じとけと言えるほど俺も偉くはないよ。とはいえこんなご時世だ、それが身を守ることもある」
わたしはしかと頷いてみせたが、店長はすでに横をむきエプロンのポケットに手をつっこんでいた。煙が恋しいのだと察し、
「どうぞ一服してきてください。特別休憩をいただきましたからね」
サンキューな、と言い終える前に踵を返す。以前はそんなに頻繁じゃなかったはずが、ちかごろ多い。
「何か、気がかりでもありますか」
振り返り際に片頬でわらい、
「おまえさんに相談するような問題じゃないよ。俺のごく個人的な件でな」
店長のプライヴェートについて何も知らない。知る必要もないしあちらも迷惑だろう。
「それより、あいつが来たら俺んとこ寄るよう言ってくれ。事務所にいる」
はい、とこたえてしばらくして、彼が姿をあらわした。
ごく淡い色の瞳がわたしを捉え、その顔に笑みが浮かぶ。親しげで、打ち解けた相手に向けられたそれに、訳のわからない痛みがみぞおちに走る。思わず腹をおさえると、駆け寄るようにして小声で問われた。
「もしかして調子悪いんじゃ……」
顔には出さなかったはずの不快を悟られて、わたしは俯いた。
「大丈夫です。それより、店長が事務所で待ってます」
「ほんとに?」
「嘘ついてどうするんですか」
「そっちじゃなくて」
お客様がペットボトルを掴むのが目の端に見えた。わたしはレジの定位置に戻る。彼もそれを察して事務所の扉に視線をむけた。けれどそこを動かず、動きたくないという表情でしばし立ち止まったあと、わたしがレジを打つのと次のお客が並ぶのを見て諦めたのか足を踏み出した。
帰りは古参らしく片手をあげて挨拶しただけで足早に去っていった。わたしも他の店員と同じく会釈を返した。追いすがる視線を後頭部に感じたが振り返らなかった。
腹が、下っている。
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