第2話
こうして思い返してみると、彼は帰りがけや休憩のときに自分の得意料理から気に入った映画のはなしなどするくせに、夢使いの仕事に関しては一度も口にしなかった。店長をはじめ、たいていのひとびとが真っ先に興味や関心を示すその一点に触れようとしないのは、もしかすると夢使いを軽蔑しているのかもしれない。同じ年頃の気安さがある一方、ひんやりと滑らかな絹の手触りに似て、奇妙に隔てられているようにも感じていた。それが都会のひとらしさかと思っていたが、真実は、わたしの稼業へのわだかまりのせいではなかろうか。そんなふうに独り勝手に被害者意識をもって考えることもある。
こんなことを思い悩むのは、今日の昼日中の事件に原因がある。制服をきた女子高生たちが「どんな夢でもって、すげくない?」とわたしの顔をちらちらと見ながら、頬を赤らめるほどの願望を甲高い声で騒ぎ立てた。
たしかに夢をみるのは自由だ。それなのに、夢使いのわたしを前にして、頭がおかしいと思われないだろうかと不安な表情で言葉をとめるひとびとをわたしはよく識っている。誰にも迷惑をかけない夢の中でさえ、欲望があらわになることを恐れ、分不相応な想いを恥じるひとびともまた多数いるのだ。いくらわたしがその夢を覚えていられないのだと説明しても、話すことをやめてしまうひとが。
だから、彼女たちが「どんな夢でも」というところに反応するのはある意味とてもまっとうな神経だと思う。しかしながら、今日のわたしはいささか虫の居所が悪かったのだろう。いや、この副業がよく思われていないという負い目が、声をあげさせた原因かもしれない。
わたしはカウンターの外に出て彼女たちの前に立ち、他のお客様の迷惑になると伝えた。感情的にならないよう気をつけたつもりだったが、彼女たちは夢使いに対する侮蔑の言葉を投げつけて、もうこんな店なんて来ないと叫び、走り去っていった。
正直、店に来ないと言われたのには少なからず慌てたが、奥にいた店長からも咎めだてはされなかった。店長はわたしの謝罪にかるく肩をすくめ無精髭にとりかこまれた唇を歪めて、ま、それは織り込み済みだし色んな人がいるからね、と笑っただけだった。
それなのに、ロッカールームで独りになると肩が落ちた。あのときは同僚の様子をうかがう余裕はなかったが、なにも言ってこなかったことを考えればいい感情はもっていないだろう。ひとつに縛っていた髪をほどき、洒落たところもなく流行らない長髪でトラブルの種をかかえこむわたしを彼がどう思っているか想像するとうんざりした。
わたしが髪を伸ばすのは香音を拾いやすくするためで、本当は爪も長めのほうが都合いい。ここでは不潔にみえるのでそれはしないが、わたしのいた土地では夢使いはみなそうしていた。切りそろえられた爪先を見てもれた吐息は熱く、あのときは冷静でいたつもりが、今になって、彼女たちの言葉にひどく傷ついているとわかった。
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