無限の世界に冒険と物語を添えて

@sobaya

プロローグ

第0話 転生の経緯

 このうんざりするほどの列も終わりが見える。季節は夏。この炎天下の待機列に並んでからはや一時間。ペットボトルは既に空。首に掛けたタオルは汗で湿っている。

普通ならこんなことしないししたくない。飯でも遊園地でも何でも、俺は十五分を区切りに並ぶか並ばないか決めるような人間なのだが、今日は違う。

 なぜなら今日という日はゲーマーにとって夢の一日。一日千秋の意気で待ち続けた一年に一度の祭典。


「ゲーマーズ・フェスティバル」


 企業、同人問わずゲーム開発者が新作ゲームの販売や、開発段階のゲームの展示・体験を行うという、ゲーマーからしたら、これはもう参加せざるをえない!といった行事なのだ。

 この俺、ナルカミ ハヤトもゲーマーの端くれとしてこの行事は絶対に欠かせない。

 そして今、俺は新作ゲーム機、それもVRハードウェアの先行体験の列に並んでいるという訳だ。

 VR───仮想現実───ハードウェアの開発が噂されるようになってからはや三年。どれだけこの日、この時を待ったことか。VRハードに日々の妄想を費やし、期待を膨らませてきた。

 少し残念だが、VRといっても、流石に五感すべてを現実から切り離すことはできないらしい。いずれそれが実現される日を待つとしよう。それは五年後か。それとも十年後か。今のVRすら未体験だというのにそんなことを考える。


「次の方、どうぞー」


 おっと。俺の番がやってきたか。期待が最高潮にまで高まる。ついに、ついにだ。この瞬間。このたった数分の体験のために一時間弱も並んだのだ。この気持ちは実際に並んだものにしかわかるまい。

 速まる鼓動を感じる。あぁ、生きていてよかった。今までの人生で一番そう思っているかもしれない。

 簡易な壁で隔てられた席に案内され、椅子に座り、VRゲーム用のハードを装着する。

 形はサバイバルゲームなどに使うゴーグルに直方体とヘッドフォンが取り付けられたような形で、外からの光を通さないようになっている。

 電源を入れると内蔵されたモニターに映像が映し出される。期待していたよりもいいその画質に、少々驚かされる。

 なお、ハードについていたものは見た目だけではなく本当にヘッドフォンだったようで、音声が聞こえてくる。


「本日は先行体験にお越しいただき、誠にありがとうございます。短い間ですが、どうぞお楽しみください」


 アナウンスとともに画面にキャラクター設定画面が出てくる。どうやら体験させてもらえるのはファンタジー物のゲームらしい。一番最初の設定は種族だった。ヒューマン・エルフ・スプリガン・サラマンダー・・・珍しくない種族だが、俺はあまり詳しくはないのでヒューマンにした。

 その他さまざまな設定を終わらせると、次のアナウンスが再生される。


 「キャラクター設定を完了しました。それでは、VRの世界をお楽しみください。」


 ───瞬間。体の感覚がなくなった。というよりは自分の周りに、、、、、、何もなくなった、、、、、、、ように思える。今まで目の前に広がっていた背景も消えている。仮想世界に入るのは視覚だけではなかったのか。

 唖然とし、おそらく固まっているであろう俺の耳に、聞いたことのない声が響く。


「世界の狭間へようこそ。君は転生をお望みかな?」


 待て、俺はおかしくなってしまったのか?確かに炎天下の下あれだけ並んだのだからおかしくなっているかもしれないが。

 いやしかし、これは制作側の演出ではないのか?そう考える方が自然だ。視覚だけといっておきながら五感までとは・・・やるではないか。さらには王道を行く転生シチュエーション。これは期待できる。

 そう一瞬のうちで考えた俺は声に対して自信満々に応えた。


「もちろん、そのために来ました」


俺はもうロールプレイモードに入っている。


「そうかそうか!でも、こっちの世界に来るってことは君の世界の輪廻から外れて、そっちを捨てるってことだけど・・・わかってる?」


 そういうことはもっと重々しく言うべきだろ。とか考えもしたがこれはVRの体験だ。ゲーム性は求めてはいけない。一刻も早くVRの世界を見たい俺は、ろくに考えもせず頷いた。


「あぁ、俺は転生します。自分の世界を捨ててでも。」


 ロールプレイに浸る俺は───この答えが、俺の人生を大きく変えるとも知らずに。


「嗚呼・・・!なかなかどうして清々しい応えだ!いいとも。君を受け入れよう!ようこそ───異世界へ!」


眼前に光が広がる。その光は凄まじい勢いで俺の体を飲み込み、次いで意識をも飲み込んだ。 

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