第二話 父さん、草葉の陰から見守ってるよ

 ジャンロベールの息子ダスティが十三歳になった。

 今日は彼らの家で家族会議が行われていたのだ。内容はダスティの就職先について。

 父ジャンロベールは先ほどから息子ダスティに対し渋い顔を崩さない。


「父さん、俺、勇者養成所で働きたいんだ」


 ダスティは神妙な顔で父に再度自分の思いを伝えるが、父の表情は固いままだ。


「ダスティ。勇者養成所の仕事は過酷だ。お前ならもっと安全な仕事だって出来るだろう?」


 父ジャンロベールは息子の身を案じ、息子が命を落とすことが多い「勇者養成所」への就職をすることを渋っている。彼は何もわざわざこんな仕事をする必要はないと、父なりに思っての発言だった。

 なぜなら、愛する息子の命は父にとって何よりも大切なのだから。しかし、息子の思いもまた父への敬愛から来るものなのだからお互いの意見がぶつかっている。


「父さん。俺、今までハッキリ父さんに言ってなかったから言うよ」


 意を決し息子は父をじっと見つめる。


「ダスティ?」


 それに少し面食らった様子の父ジャンロベール。


「父さん。俺、父さんの仕事を見て父さんみたいに成りたいと思ったんだ。だから、分かるだろ父さん」


 息子の殺し文句を受け歓喜の余り悶絶する父は、滂沱の涙を流しながら息子に「勇者養成所」への就職を許可した。


 父ジャンロベールは涙を拭おうともせず、「息子に待っていろ」と告げ自室に入ると手に業物の刀を持ち戻ってくる。


「ダスティ。父さんからの選別だ。使ってくれ」


「と、父さん。俺の初仕事が何か知ってるの?」


「ああ、もちろんさ。勇者の初期パーティ役だろ?」


 そう、ダスティの初仕事は召喚されたばかりの勇者の仲間になり、勇者最初の戦闘を補佐する役目だ。

 もちろん「勇者養成所」所属なので、キリのいいところで勇者パーティから脱退する。


「父さん、この刀さ。ドラゴンキラーだろ?」


「いかにも! 父さんが持つ武器の中でも最高位のものだよ。気に入ってくれないのか?」


 父は不安げな顔で息子を見やると、息子は呆れたように肩を竦める。


「父さん、金属の中でも最も希少で硬く折れないオリハルコンの刀を駆け出しが持っているのどう思う?」


「ッツ! そ、そうか。ならば少し待て」


 ようやく息子の意図に気が付いた父は、再び自室に入ると今度は立派な鎧を持ってきた。


「だから、父さん! 俺は駆け出しの設定なんだってば! ドラゴンスケイルの鎧とかおかしいだろ!」


「そ、そうか。すまん」


 しょぼくれる父に息子は「やれやれ」と呟き、口を開く。


「気持ちは嬉しいよ。父さん。ありがとう」


「ダスティ!」


 父は息子の言葉にますます感動し、涙が止まらなかった。「おお、ダスティ、こんな立派になって」と父は心の中で独白したのだった。


「パパ......」


 まだ七歳のジェシカまで父に少し呆れて呟いていたが、幸い父の耳に入ることはなかったという。



◇◇◇◇◇



 ダスティは無事勇者の初期パーティに入り込み、いよいよ冒険に出ることになる。彼の偽名はリオ。少し生意気で向こう見ずな少年役だ。


 一方父ジャンロベールは勇者が強いモンスターと出会わぬよう、モンスターを間引く役目を引き受けていた。

 普段仕事に注文をつけない彼だったが、今回ばかりは強硬に間引きを引き受けたいと「勇者養成所」所長に主張したのだ。その甲斐あって、彼は無事モンスターを間引く仕事を仰せつかった。


 目的は勿論、勇者の成長などではなく息子を陰から観察する為に他ならない。親バカここに極めりである。


「よおし、パパ頑張るぞー!」


 ジャンロベールは気合いを入れて、スライムを片っ端から狩り一匹だけ残し、勇者パーティへ誘導する。誘導されたスライムをつぶさに観察し、彼らが倒すのを見守る……

 スライムというモンスターは、この世界で最弱に属するモンスターで子供でも棒切れで叩けば倒すことが出来るほど脆弱な存在……危険性は余り無い。つまり間引く必要性など全くなかったわけだが……


「よおし、いいぞー。さすが我が息子!」


 ジャンロベールが何度か誘導していると、誰かに肩を叩かれた。

 振り向いた先に居たのは、困った顔の息子……


「どうした? ダスティ?」


「父さん。スライムの間引きとか要らないから! こっちは四人もいるんだよ」


「いやでも、安全に越したことはないだろう?」


「こんなんじゃ勇者もその仲間も全く成長しないよ!」


「わ、分かった……」


 窘められた父はトボトボと木の裏に消えて行き――


「父さん、見えてるから!チラチラ見てるの見えてるから!」


 再度息子に窘められた……


 その後もスライムより少し強いコボルトという直立する犬のようなモンスターを発見すれば一匹になるまで間引き、さらに強いゴブリンという人間の腰ほどまでの身長があり鬼のような顔をしたモンスターを発見するとこれも間引く。

 コボルトもゴブリンも、戦闘訓練をしていない大人であっても武器さえ持っていれば倒せるモンスターなのだが……ましてや勇者パーティは旅を始めたばかりとは言え、勇者以外は戦闘経験があるメンバーだったから、物足りないにも程があったのだ……

 本来モンスターを間引く仕事の役目は、現状の勇者パーティでは勝てそうにないモンスターで、なおかつ勇者と遭遇しそうな場合のみ間引く。苦戦する程度なら間引きを行わない決まりだったんだが……ジャンロベールの過剰なまでの間引きはすぐに所長の知るところとなるのは当然のことだった。



◇◇◇◇◇



「所長!どういうことですか?配置替えとは?」


 間も無くジャンロベールは所長に呼び出され、「勇者養成所」に来ていた。

 所長は大きなため息をつき、彼に口を開く。


「息子が大事なのは分かるが過保護過ぎる。あれじゃあ、勇者が成長しないではないか」


「しかしですね、所長!怪我がないようじっくりとですね」


「全く誰の怪我が無いようになのかね。勇者かね?」


「はい!」


 ダメだこら。と所長は感じ、容赦無く配置替えを実行する。


「君には別の仕事をしてもらう。間引きは他の者がやるから」


「ええええ! なら俺は何すればいいんですか? このまま指を加えて見てるなんて、ますます髪の毛が禿げ上がりますよ」


 ジャンロベールはU字型に禿げ上がった頭を撫でると、所長にまくしたてる。所長は「もう髪の毛は手遅れだろう」と思いつつも、生暖かい目で彼の頭髪を見ることに留める。


「分かった。分かった。なら最初の四天王役か勇者のライバル役どっちかをやっていいぞ」


「ほんとですか! ならどっちもやらせてください!」


「痛いから嫌だとかいつもごねてたのは何処の誰だったかな?」


「はて。きっと頭が禿げ上がった加齢臭のするどっかの親父じゃないですか?」


「……まあいい。働き次第ですぐ配置替えするからな。覚えておくように」


「了解しました!」


 こうして、ジャンロベールは何とか勇者パーティと関わる仕事を得たのだった……

 息子の受難は続く。

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