一回りの恋

夏野蒼

第1話

シャワーを浴び、身体を乾かしたところで私は一息ついた。

「お疲れ」

同じく仕事を終えた同僚が声をかけてくる。

「お疲れさま」

「今回は誰だった?」

「海老さんだったよ」

「いいな。私なんかここ最近は玉子か納豆さんばっかり」

私は回転寿司屋の130円皿。隣で喋っている100円皿とは仕事の合間に愚痴を言い合う仲なのだ。

「仕事が嫌なワケじゃないの。一応、100皿としての誇りを持って働いてるつもりだし。でも夢見たっていいじゃない」

――高いネタに乗ってもらう。

それが私達の夢。

いくらさんやズワイガニさんなどの高級ネタを遠目で眺めては焦がれる日々だった。

「仕方ないよ、私達――」

ただの130円皿と100円皿なんだから。

そう言おうとして止めた。言ってしまえば本当に叶わない気がしたから。

「まあ、私達は私達のことをやるだけ。また玉子の注文入ったみたいだから行ってくる」

「うん」


暫く待っていると、いつものように誰かの乗った感触がした。

「よろしくお願いし――」

形式的な挨拶をしようとすると目を疑った。

程よく脂が乗って輝く身体。その赤は白いご飯にとても映えていた。

(お、大トロさん!?)

この店で最も高いネタ大トロさんが私の上に乗っている。そして、そのまま私達はレーンに流されていく。

「初めて見る子だな。お皿新しくなった?」

「いえ、間違えたんだと思います。私130円皿なので……」

「ああ、そうなんだ」

「すみません、私みたいなのに乗せられてしまって」

「君のせいじゃない」

「でも、見映え悪くなるし……」

「そうかな?」

「え」

「君の淡いピンク綺麗だと思うよ。桜みたいで」

大トロさんが微笑んで、脂が瞬いた気がした。


時間は夢のように過ぎる。何をする訳でもない、でも彼を乗せているということがただ幸せだった。


「良い事あった?」

100円皿が聞いてくる。

「何にも。でも私まだ頑張れそう」

彼が他の皿に移される間際に言った『またね』という言葉を胸に抱いて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一回りの恋 夏野蒼 @so-728-b

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ