第15話決行
ついに、『その日』が来た。
スェマナとヤヅァムは『先発隊』の一員として、安全に村に近づけるギリギリの場所まで行くことになった。
魔物たちに気づかれないギリギリの場所に小屋を建て、その小屋と領主館をヤヅァムの魔法で繋ぐのだ。
このやり方ならば、徒歩や車で悪路を進んでいくより余程速く、大量に武器や人員を移動させることが可能になる。
「スェマナ、無理するなよ?」
先頭を進むのは、誰よりも素早く動けることから『疾速の乙女』と呼ばれているスェマナだ。
スェマナが先行し、なるべく安全な道を探す。
おそらく自由奔放に進むだろうスェマナを見失わないよう、 追いかける係は二人用意された。
スェマナと、スェマナを追いかける係と、更に先発隊の本隊への間に、連絡係が今回は用意されている。だからスェマナは後ろをほとんど考えずに先へ進むことができた。
先発隊の残りの人員は小屋を建てたり、武器や食料などの荷物を運ぶことになる。ヤヅァムはこちらの隊と共に移動する。
「うん、ヤヅァムも気をつけてね」
以前であれば、街から村に行くためにかかるのは、半日程度で済んでいた。
何年も放置されていた街道の、どこに魔物が現れるのかは誰にもわからない。荒れた道や、街道沿いの繁みの中もスェマナは確認していきながら進む。
数日をかけて、先発隊は村の近くの低地側の森までたどり着いた。
簡易な天幕を張り、村の周りのどこからどのように進むか、をスェマナとヤヅァムを中心に話し合う。
ヤヅァムの顔色はあまり良くない。具合が悪いのではなさそうだから、イァサムの実でも食べれば、きっと元気になるのではないだろうか。スェマナは森の向こうを見た。
「……イァサムの畑がすぐそこにあるのに」
あの畑から村の様子は見えないが、村からは畑の様子がよく見えてしまう。『安全』を求めるのなら、ハンキレンダを呼んで、祠とやらを封印してもらうまで、イァサムの畑には近寄れない。
「スェマナさんは疲れていませんか?」
この先発隊の隊長を務めるのはオリギトだ。そのオリギトに聞かれ、スェマナは首を横に降った。
「あた……わたし、は平気です」
「そうですか。……ここまで魔物は、ほとんど出てきませんでしたね」
オリギトが台に広げた地図にある通り、村から見ると森は高台の方と低地の方の、両側に広がっている。昼間のうちにスェマナが見てきた様子だと高台の森にも、魔物の姿はない。ただ、以前よりも普通の獣が凶暴化しているような印象を受けた。
「なんだか獣の数が前より増えてるような気がします」
「獣を狩る奴がいないからだよ、きっと」
高台の森にいたシュントとの戦闘で、止めを指したのはヤヅァムだ。
スェマナが知っているシュントは大人の腰の高さくらいなのに、森にいたシュントは見上げる程の大きさになっていた。
シュントは、大きさのせいで手強かった。
高台の森は安全な場所とは言えない、とオリギトに判断された。
あれこれ話し合った結果、転移の魔法を使う為の簡易な小屋はあの日逃げ込んだ森の中に建てられた。 小屋、といえどもこれから運び込まれるものの大きさを考慮して、ドアはとても大きく作られている。
その日。
ヤヅァムが粗末な小屋のドアと、領主館の、薄暗い倉庫のドアを転移の魔法で繋ぐ。
ドアが開いて見えたものは、濡れたように黒光りする敷石。
明かり取りの、小さな窓から差し込む光。
ずらりと規則正しく並ぶ、人と、馬、荷車。
そこには王国の誇る騎士団と、軍勢が出陣を待っていた。
装飾的な防具を纏い、剣呑な光を湛えた眼差しの鋭い面持ちの騎士団長が先頭にいた。
その隣に、魔法の杖を手にした凛々しい魔法使いもいる。
足並みというものは、本当に綺麗に揃うとひとつのものに聞こえるらしい。
馬車を三台並べても余裕がありそうな巨大な折り畳みのできるドアは、今日のこのために用意された。
大人数、圧倒的な武力で、魔物に占拠されていた村を人の手に取り戻す。
その作業を、スェマナはイァサムの畑のそばから眺めていた。
時折、こちらにも流れてくる魔物を数名の騎士達と倒していく。
空に巨大な、光でできた模様が描かれた。
その中心はあの井戸の辺りだ、とスェマナはどこか他人事のように、雑草の生い茂る地べたに座り込みながら思っていた。
きつい坂を登って、村のあった場所には燃えかすと、焦げた石、土、雑草と、魔物だったものの残骸しかない。
向こうのほうには得意そうに、仲良くなった数人の騎士達と一緒になって、上気した顔を綻ばせていたヤヅァムがいた。
きっと、ヤヅァムは村を取り返すことが出来たのだろう。
ここには新しく建物が建ち、入植者達と新しい村が作られていく。
前に工夫の案をいくつか話していたから、これからの村は水汲みだって楽になるはずだ。
村と同じように荒れ果てた、イァサムの畑にはまばらに実が生っていた。
「スェマナ」
再び坂を下りていったスェマナを追いかけてきたのか。ヤヅァムの声は希望に弾んでいる。
「ヤヅァム、あたし、この畑にたくさんのイァサムの実がなるところが見たい」
スェマナはイァサムの厚めの皮を剥いて、じゅぶり 、とかぶりつく。
懐かしい香りがいっぱいに広がり、つん、と鼻の奥が痛くなった。
手入れをされていない畑のイァサムの実だったが、充分に甘いものだった。
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