第12話薄暗く広すぎる倉庫

 情報を集める、と言ってもやり方はいろいろあるようだ。

 ヤヅァムはキュイールについて出かけることが多い。そしてどこかから、様々な情報の書き込まれた資料を受け取ってくる。

 ハンキレンダのほうは商人たちとよくやり取りをする。だから、最近はヤヅァムよりもハンキレンダのほうが、スェマナやオリギトと一緒にいる時間が長い。


 今回の作戦に使える予算や人員、そもそも作戦内容はいまだに決まっていない。しかし、いろいろと作戦が細かく決まってから、あれこれと必要な品物発注していては、商人たちの準備が作戦開始までに間に合わないのだそうだ。

 

 スェマナとオリギトは倉庫にある在庫や、過去の作戦資料、商人たちとのやり取りのなかで、必要な武器、食料、消耗品の最低ラインを見極めていく。

 そのまま、仮の数字でどんどんと注文を出していくのだ。予算や作戦が決まり次第、追加で注文を出す予定だと、難しい表情でオリギトが教えてくれた。


「こわいですね」


 巨大な倉庫がこの領主館にはある。

 魔物退治、隣国への牽制。この領主館に来てやっと知ったことだが、国境に近いこの街はこの国にとっての重要な拠点だったらしい。

 

 そんなこと、村にいるときは知る必要がなかったし、宿屋にいる時も知らなかった。


「戦争ですからね」


 スェマナとオリギトは今、倉庫の中で納入されていく品物と発注書を確認しているところだ。


「……大丈夫ですよ、自分がスェマナさんを魔物から守ってみせますから」


 オリギトがいきなりそんなことを言うので、訳がわからないスェマナは首を傾げた。今はそれなりに明るくはしているが、居間や食堂ほど、この倉庫は明るくない。

 暗さのせいで、オリギトの表情が読みにくかった。


「戦うのは、怖くない」


「戦うことは怖くありません」


 戦いを怖がっているように見えていたのか、と判断してスェマナがいつもの口調でそう答えたら、様子を見に来ていたハンキレンダから、即座に訂正して言い直すように言われてしまった。


 このオリギトを始めとして、この領主館にいる騎士や使用人などはどうも、スェマナのなかなか矯正されない、たどたどしい言葉づかいを楽しんでいるようなふしがある。


 周囲がいくら良いと言っていても、なにやら騎士たちから憧れのような眼差しを向けられているような気がしていても、自分の身分が平民でしかなく、誰よりも低いものだと思っているスェマナは言葉づかいを直したい。

 だから、ハンキレンダとキュイールにお願いして、最近はおかしな言葉づかいを改める努力中だ。


「戦うことは怖くありません。あた……わたしがそんなに臆病者に見えた、ん、ですか?」


 これを聞いて、オリギトは分かりやすくたじろいだ。


「では、何が怖い」


 ハンキレンダのこの言葉は、オリギトのフォローだとスェマナは感じた。どうやら自分はまた、何か小さな間違いをしてしまったのかもしれない。一緒にいたのがオリギトで良かったと思う。

 彼は優しいし、細かいところによく気がつく。


 ……ただ、ヤヅァムのほうがすごい。


「怖いと思ったのは、こんなに沢山の商品を、予算や作戦が決まる前に買い込む事です」


 チラリ、とだけスェマナはハンキレンダを見た。

 情報を集める為というのなら、ここにいるのがヤヅァムで、キュイールと行動するのはハンキレンダでも良かったのではないか、という小さな不満が頭をもたげる。


 ヤヅァムはすごいのだ。

 若いのに魔法が強いらしいし、この前作ってくれた、白いお菓子は甘くなかったけれど、美味しかった。

 なんだかとび跳ねるみたいな名前のふわふわしたあれは絶対、騎士だけでなく、兵士にも受け入れられる。

 ヤヅァムが居てくれれば、それだけでスェマナは強くなれる気がする。ヤヅァムからはなぜか、イァサム畑の匂いがする。


 ヤヅァムだって、きっとこの大量の買い物を怖いと感じるだろう。


 ハンキレンダは確かにすごい人で、書類仕事が得意で、賢くて、言葉を矯正するのに協力してくれて、スェマナは尊敬している。

 が、おいしいお菓子をくれたりはしないし、スェマナの気持ちはきっとわかってくれないのだ。


 そこまで考えて、スェマナは頭を切り替える。

 商人の下働き達が適当に物を置いていかないよう、きちんとチェックしなければ。


 商人任せで荷物を適当に置かせたりしたら、数が合わなかった時に文句を言えない。

 そればかりか、武器である剣の入った箱の間に、乾燥コーンの箱が置かれてしまったりしかねない。


 スェマナのように、使用人のお仕着せを着ているわけでもなく、騎士でもない女の子がここにいるのが珍しいのだろう。

 下働きの者たちはたまにこちらを伺う様子を見せるが、いまのところだいたい順調だ。食べ物は食べ物、武器は武器、ときちんと整理されて置いてもらったし、数のほうも間違いない。


「順調かなぁ?」


 王都から帰って来たばかりらしい、キュイールが倉庫に姿を見せた。

 新しい、開発されたばかりのまだ珍しい車も何台か今日搬入されているから、きっとそれを見に来たのに違いないですよ、とオリギトが呟いて、それを聞いたスェマナは笑みを漏らし、ハンキレンダはつい噴き出してしまったのをごまかすように、咳の真似事などをした。


「お前、ヤヅァムか!?」


 広い倉庫の中で、その声はやけに響いた。


 聞き慣れない声だった。

 

 一人の下働きの男がズンズンとキュイール、そして側に控えるヤヅァムに向かって進んでいる。


「村を壊しやがって……この、バケモノめ!」


 カラン、とどこかで何かが落ちた。


 ズンズンと無遠慮に領主に向かって迫る男を、騎士であるオリギトが手際よく取り押さえる。すばやい動きの筈なのに、随分とそれはゆっくりとして見えた。


 ヤヅァムの顔が真っ青で、今にも倒れそうだ。


「お前が!ヤヅァムが!全部焼きつくしたんだろ!」


 そんな話、スェマナは知らない。


 男は同じ村の者だったのだろうか?スェマナの記憶の中にその男はいない。

 今にも倒れそうな顔色のヤヅァムに、男は叫ぶ。


「……何か言えよ、この……バケモノ!!

 俺も、この街もまた焼きつくすつもりなんだろう!俺も……俺もさっさと」


 叫んでいた下働きの男の体が抵抗をやめた。糸が切れた操り人形のようにがくりと動かなくなる。


 スェマナのすぐに隣にいたハンキレンダの手に光る短い棒が握られている。それを見てやっと、スェマナにはハンキレンダが何かの魔法を使ったのだとわかった。


 倉庫の入り口付近にいたヤヅァムと目が合う。

 ヤヅァムの口がわなわなと動いた。


「おれじゃない!」


 ヤヅァムは悲鳴のような声をあげて、走ってどこかへ行ってしまった。


「スェマナ、追え」


 鋭く短く、領主であるキュイールに命令され、ハンキレンダにバシンと背を叩かれる。

 スェマナはうなずいて駆け出した。


 何しろスェマナは疾速の乙女、とここでは呼ばれているのだ。


 絶対、追い付く。

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