浮島にてウサギを抱く

ピーター・モリソン

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 カフェには数人の客しかいなかった。

 ショッピングエリアの隅にあるとはいえ、いつも閑散としている。土曜日の午前はこんな様子だから、落ち着いて物事を考えるには、丁度いい場所だ。

 僕は窓際の席に陣取っていた。

 すべては整っている。が、創作ノートには今日の日付以外、何も書かれていない。止まったままだ。

 何を書くべきか、じっと待つ。どうしたら認めてもらえるのか。妙な雑念が頭をよぎる。そもそもこんな心情じゃ、物語は始まらない。それは心得ているつもりだった。

 兼業で創作に充てられる時間は限られている。何とか捻出したとしても、それがいつも実りあるものになるとは限らない。……まさに今がそうだった。この焦燥感がいつか歓喜に変わるのだと言い聞かせるしかない。

 僕は席を立ち、カフェカウンターで二杯目を注文した。会計を済ませ、淹れたてのコーヒーを受け取ったところで、スマートフォンが着信を知らせた。

 実家の母からだった。特別、用件のある電話ではなかったが、僕の覇気のない声に、母は何かを察したようだった。

「たまには顔でも見せなさい」

 生返事をして切ったが、場所を変えてみるのも悪くないなと、考え直した。

 創作ノートをリュックサックに詰め、着の身着のまま、僕は実家へ向かうことにした。

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