第3話 ロボの名は R2
しばらく遠巻きに眺めていたノアだったが、色々確認するために台座に座る苔生したロボットへ、恐る恐るといった感じで近づいていく。
座った状態でも優に二メートル近くもあり、見上げる形で彼はロボットを見た。
垂れる頭は、まるで騎士のかぶる兜のようになっていて、格子状をしたバイザーの側面には、斜めに二本の角のようなものが両方に付いている。
胴体部も甲冑のようになっているのだが、その胸元には大きな円形のメーターのようなものが確認できた。恐らくこれは出力計か何かだろう。
ロボットの脚は、ノアが身に着ける機械式レッグガードに酷似し、とても頑強そうな造りをしている。足は先端に向けて尖り、その先は鋭角に曲がっていた。
そして何より強烈な印象を受けるのが、ロボットの腕。ガントレットのようなパーツの先はそれぞれドリルと拳。全体的に銀色をしたボディなのにも関わらず、それらは黒い金属で作られ、現代技術である『流体金属可変加工技術』が使われていると思われる。
形は古いのに技術は新しい。見た目は月日の経過を感じるのに、ボディの劣化はない。
ノアはしばらくの間、怪訝な表情で下から見上げていたが、腕から登れそうな事に気付くと、苔にまみれる腕をよじ登り肩へ。そして肩から頭へと移動した。
すると頭に八角形のボルトのようなものを見つけたノアは、持ってきた機工道具でそれを回す。すると急に、頭部からプシューッという音と、煙が漏れると同時に頭頂部が後ろへ向かって開口した。
「うわっ!」
まさか自動で開くとは思ってもみなかったノアは、そのまま下へ落とされそうになったが、危機一髪で肩に飛び降り落下を避ける事ができた。
もうこれ以上のハプニングはないであろうことを確認すると、彼は再び頭の縁によじ登り、そして中を覗き込む。
「なんだ? ……これ」
いわゆるロボットの脳であり心臓である中の回路は複雑で、様々なコードが、チップが入り乱れており、素人には何がなんだか分からない状態だ。それらはブラックボックスに納められるように入っており、普段は閉じているはずの箱の蓋が、頭の開口と同時に開いたのだろう。メンテナンスのしやすさも考慮された造りのようだ。
そんな中、ノアはある配線が途中で切れているのを見つけると、それが繋がっていた個所を探す。どうやらそれは基盤に繋がっていた物のようで、ノアはベルトに提げたツールの中からはんだごてを取り出すと、配線を掻き分けてその部分に再度はんだ付けを行った。
するとロボットの背中に付いている六本の排気筒から、突如煙が噴出する。ノアが何事かと思っていると、今度はロボットの胸部が左右に割れるように開口した。
彼は何故? といった疑問の色を顔に浮かべ、頭から肩に飛び降りると、腕から滑り降り地面に戻る。
そして開かれた胸部を覗き込むと、何かが閉じる音と同時に不意に頭上から声が聞こえた。
「オハヨウ、ゴザイマス」
「ん? ……うわぁっ!」
「ゴキゲン、イカガデスカ」
「しゃ、喋った」
ロボットが口を利いたのだ。ノアは尻餅をついて騎士鎧のようなロボットを見上げる。どうやら回路が復活したらしい。ロボットの目には青い光が点っている。
「君は……?」
「ゴキゲン、イカガデスカ」
「え? ああ、僕は元気だよ。君は?」
「ワタシハ、ReMSC-Rz11、デス」
「え……? あ、アール……ん?」
「ReMSC-Rz11、デス」
聞き返したにも関わらず、よく聞き取れなかったことを気まずく思い、ノアは誤魔化すように言った。
「ああ、R2ね!」
しかも頭文字を取っただけという単純な名前。それに対しロボットは当然のように訂正する。
「違イマス。ワタシハ、Re――」
しかしロボットの訂正文句を遮ると、ノアは真剣な眼差しで目の前のロボに訴えかけた。
「R2だよ。君は今からR2なんだ!」
「R2、デスカ」
「そう! R2」
「……アナタハ、ゴシュジン、デスカ」
「え?」
R2にそう問われたノアは悩んだ。自分がこれを作ったんじゃない。でも、もし作ったとしても、自分は機械と主従の関係にはなりたくない。
彼は腕を組み、首を傾げながら少し悩んだ結果、出た答えを返答しようと大きく頷き、そして言った。
「友達……。そう、僕たちは友達だ!」
「トモダチ、デスカ」
「そうだよ」
「トモダチハ、ナンデスカ」
「友達はなにって……難しいことを聞くね。う~ん。……とにかく、僕たちは友達なんだ。それより動けるかい?」
ノアは返答に困り話を逸らした。そして心配そうに胸部を覗き込みながらR2に訊ねると、R2は少しの沈黙の後に答える。
「……出力ガアガリマセン、トモダチ」
「え? ……ああ、ごめんごめん。僕の名前はノアだよ」
「トモダチ、デハナイデスカ……」
「いや友達だけど、名前はノアだよ。君がR2であるようにね」
「ノア」
「うん! ところで出力が上がらないって……なんで胸を開いてるの?」
真ん中にある出力メーターはそのままに、半分から左右に割り開かれた胸部パーツ。ノアは出力計を見つめながらR2に訊ねると、R2はその理由を簡潔に答えた。
「内部電源ガ入ッテイマセン」
「内部電源?」
そう言われ、ノアはR2の中をくまなく探した。すると、訳の分からない電子機器で埋もれる胸部内に、配線とパイプに隠されるようにして取り付けられていた電源スイッチを見つけた。
ノアはその電源をオフからオンへと切り替える。すると数秒後。急に動力部らしき個所が動き出し、灰色の煙とともに、一〇〇〇まである出力メーターは五〇近くまで針が回復した。
「どう?」
「……駄目、デス。何処カ、故障個所ガ、アル模様」
「じゃあ教えてよ。僕が直してあげるから」
「ノアガ、デスカ」
「そうだよ! 僕は機工士だからね」
そう言ってR2を見上げたノアは、にこりと微笑んだ。そして持ってきた機工道具一式を地面に広げると、ゴーグルを下ろして作業に取り掛かる。
R2からの指示を受け、その個所を的確に治療していくノア。手にしたツールはかなり年季が入っており、彼の物でないことは明らかである。
これは父親からのお下がりで、ノアが機工士になった5歳の頃からの愛用品だ。
R2にはどうやら超高性能の人口知能が搭載されているらしく、ロボだけあり言葉は片言だが、その指示は正確で無駄がない。R2の指示の下、作業すること一時間半。
ようやくR2からの指示がなくなり、ノアは胸部内から出て一歩後ろへ下がる。するとR2の胸部は自動で閉まり、排気筒から煙を噴出すと出力メーターの針は五〇から動き、一五〇を刺して揺れる程までに回復した。
それと同時にR2のドリル状だった左手は、瞬時に黒い拳へと変形する。それを見たノアは、この技術が間違いなく今ある特許技術だと確信した。
「R2。君のその手は、流体金属で出来てるの?」
「ハイ。記憶サレテイル形状ハ、五種類デス」
「五種類も?!」
ノアはその数に驚き大きく仰け反った。なぜ驚いたのかというと、通常、今現在の技術では、流体金属に記憶させられる形の数は二つまでとなっているからだ。
ノアのレッグガードの場合、脛当ての形状から変化し膝下を完全に覆う防具型と、その各部から突出して対象を切り裂く刃の形状の二つ。それが今のマキナヴァートルの技術力の限界だ。
しかしこのロボットは、計5つに変化させられるという。拳とドリル、剣と斧、そして槍だそうだ。
古代の技術はそれほどまでに進歩していたのかと、ノアは感嘆のため息しか漏れない。
ノアが感心してロボットの顔を見上げていると、R2はゆっくりと体を起こしその場で立ち上がる。天井から垂れ下がる木の根は、頭や肩に押し退けられてバキバキと音をたてながら折れた。
R2の立ち姿は、丸みを帯びたそのフォルムから愛嬌もあるが、どこか威風堂々としていて、騎士鎧から醸し出される強さも感じられる。
しかしR2はキョロキョロと周囲を見渡し、どこか挙動不審だ。そんなR2にノアは声をかけた。
「どうしたの?」
「此処ハ……何処、デスカ」
「え? 神殿だけど……覚えてないの?」
「記録、ニハアリマセン」
「……記憶喪失? ロボットが?」
ノアは怪訝な表情をすると、R2同様、改めて地下のフロアを見渡して見る。すると、フロアは意外に広く、R2が座っていた窪みの他に、いくつか同じような場所があることを発見した。そこかしこにある窪みは、同じく毬のように根が密集している。
ノアはまさかと思い、それら全てを回転のこぎりで切り裂き中を確認してみたが、そこには何もなかった。それらの窪みはR2のと合わせて、計十一個。同じ様に、何かのコードが一本だけ残されている。
「ここにもロボがいたのかな? ……あっ。R2、君の名前をもう一度教えてくれる?」
「ワタシハ、ReMSC-Rz11、デス」
「イレブン? 十一番目ってことは、君が最後に作られたガーディアンなのか……。じゃあ、十番までのロボットはどこに? ……廃棄?」
ノアは顎に手を添え真剣に思慮する。するとそんな様子を見ていたR2は、コードを自ら外してしゃがむと、ノアに向かって手を差し出した。
「ん? どうしたの??」
「ワタシノ肩ニ、乗ッテクダサイ」
「いいの?」
「此処カラ出マショウ」
「……そうだね。ここでこうしていても、どうにもならないし」
そう言ってノアはR2の手のひらに乗ると、R2はそのまま肩口へとノアを運ぶ。肩に飛び乗った彼は、頭部の角のような物に捕まった。
するとR2は木々の根を掻き分けてフロアを進む。ドシンッ、ドシンッと地を鳴らしながら歩くR2。ノアはふとその前方を見やる。奥には上の階に続く階段が見えた。
R2はその大きな足で階段を器用に上り、上の階層へと向かう。これだけの巨体にも関わらず、階段にはヒビ一つ入らない。恐らく足裏にも流体金属が使われているのだろう。ノアはますますこの古代ロボに興味が湧いてきた。
狭い階段を上がり、やがて上の階層へ出ると同時に地上の光が目に映る。この神殿はどうやら、現在は四階層の構造体のようだ。途中R2は、行き止まりだった階段の天井の分厚い壁を破壊して、無理やり二階へと上がったが……。
この神殿、崩れる前は六階ほどはあっただろう。ここはこのロボット専用に作られた安置場所なのかもしれない。
しかし気がかりな点がいくつかある。ギルドが規制をかけていたのは、この地を隠す為だったのであろうが……。だが何故隠す必要があったのか。
そして、神殿内外の浮き彫りに所々、不自然に被せられた黒い金属。古代から流体金属があったのはR2を見ても確認できるが、あれはどう見ても後から被せられたものだった。
更にはノアが地下フロアに落ちる前に見ていたあのレリーフ。R2らしきロボット以外の浮き彫りは、ほぼ全て、綺麗に削り取られている状態だ。しかもその痕跡はまだ新しい。ギルドが削ったのだろうか……。
ノアは考え深げにR2を見た。もし隠す理由がこのロボットだとしたら……。見つからないようにしなければ。
ノアが考え事をしている間に、R2はいつの間にか石橋まで歩いてきていた。R2が一歩踏み出すたびに石橋が揺れる。そのままR2はただ無言で、神殿遺跡を後にした。
森へと入ってからしばらく、また霧の中を進んでいたノアとR2。やがて霧を抜けると、なんとなく見覚えのある場所へと出た。
ノアは急いでポケットからボルカを取り出すと、ボタンを押して自立型へ変形させる。そして端末を操作するとマップを表示した。背面パネルに表示されたのは、来る時最後に記憶させた、あの濃い霧前の座標位置だった。
彼は背後に広がる霧に振り返ると、朧げなそれを見つめる。R2が一歩踏み出す度に遠ざかる霧を見て、あの霧が神殿へと導く道標なのだとノアは自ずと悟った――。
もう夕方になっていてもおかしくないほど神殿で時間を過ごしたはずのノアが、山の中に陽の光が注いでいるのに気付いたのは、途中に流れる小川へと到着した時だった。強い光量を放つ太陽は、彼が昼食を食べ終えて外へ出てきた時と大差ない位置にある。
不思議に思ったノアはボルカの時計を確認した。液晶には五時五十二分と表示されている。ノアが家から出たのは十二時半過ぎ。大体森の探索から神殿を見つけて霧を抜けるまで、五時間以上はかかったはず。どうにも状況の辻褄が合わない。
あれこれ考えている内に、とうとう森を抜けて自宅前へ到着した。
「あ、R2。ここで降ろして」
ノアの声を聞いたR2はその場でしゃがみ、ノアを肩から地面に降ろす。
「R2はそこでちょっと待っててね」
「ワカリマシタ」
R2を森の入り口にしゃがませ、そこで待たせたノアは家へと駆け込んだ。そしてブーツを脱ぎ、スリッパも履かずにリビングのドアを勢いよく開け放つ。
するとリビングではソファーに腰掛けたハンナが、何事かと驚いた様子で、ティーカップ片手にノアを見ながら言った。
「どうしたのノア? 忘れ物?」
「違うんだ。母さん、今何時?!」
「何時って……」
そう言ってハンナは壁掛けの時計に視線を移した。それに釣られてノアも時計に目を向ける。
「十二時四十分だけど?」
「嘘だ……そんな、馬鹿な」
「どうしたの? そんなに驚いて。今出て行ったばかりじゃない」
「……うん」
ノアは唖然とした表情で時計を見つめている。そして手にしたボルカに視線を落とすと、震える手で時刻を合わせ直した。
そんなノ息子にハンナは訊ねる。
「それよりもノア。今外で地鳴りがしていたけど、また何か作ったの?」
「うぇっ?! あ……うん?」
「父さんに憧れるのもいいけど、おかしな物ばかり作らないでね」
呆れた様子でハンナはテレビに視線を戻すと、カップに入れられたコーヒーを一口啜る。ノアはもう一度時計を見やると、静かにリビングを後にした。
ブーツを履き、外へと出たノアはR2の元へ歩いていく。彼に言われたとおり、R2はしゃがんだままその姿勢を崩していない。
「ごめんねR2。待たせて」
「イイエ……。ノア」
「ん? どうしたの」
「此処ハ、何処、デスカ」
R2は遠くを見つめ、広がる景色を不思議そうに見渡している。彼はそんなR2の問いに答えた。
「ここは僕の住む街、マキナヴァートルだよ」
「マキナ……」
「どうかした?」
「イイエ。記録ニアル名前ト、酷似シテイタノデ」
「ふ~ん。マキナ……古代の言葉なのかな?」
しばらくR2を見上げながら考え込んでいたノアだったが、ハッとして気付いたように声を上げる。
「R2の隠し場所、どうしよう」
彼の家は数ある高台の中でも高所に位置しているため、あまり人が上ってこない。だが森への入口の一つとして、利用しない人がいないわけでもないのだ。これだけの巨体をどのようにして隠すか。ノアは唸りながら頭を悩ませた。
幸い、屈んだ状態なら家の裏にでも置いておけば隠れられそうだが……。何かカムフラージュできる物が欲しい。
しばらく悩んだ結果、彼は光学迷彩のシートを被せることを思いついた。R2を家の裏まで移動させると、ノアは家の中へと戻り、自分の部屋から急いで光学迷彩シートを何枚も持ってくる。そしてそれらを、裏から特殊な金属で接合すると、R2専用の迷彩小屋が完成した。
「R2。窮屈だと思うけど、ここで我慢してね」
「ノア。問題アリマセン」
「明日洗おうね。僕が綺麗にしてあげるよ!」
「ドウモ、アリガトウ、ゴザイマス……」
そう言うとR2の目からゆっくりと光が消えた。やがて駆動音は静かになり、胸の出力計は一五辺りを上下している。どうやらR2にはスリープモードが備わっているようだ。
シートを下ろし完全にR2を覆ったノアは、山菜取りへと出かける。当初の目的が達成されはしたが、母との約束だ。
彼はボルカを握り締め『自我AIモード』に切り替えると、騒がしいお供と共に、まだ明るい光の差す森の中へと入っていった――。
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