第3話 バタフライは羽ばたいている

 勢い込んで蔵の探索を再開してみたものの、成果は芳しくなかった。まずは着物をひっくり返したが、もちろん紙片は出てこない。タンスも引き出しをすべて取り出したが、ここも空振り。結局、蔵の中の隅々まで探し回って、ようやく見つけたのが、原稿の切れ端だった。見る限りでは同じ原稿用紙なのだが、どうやら切り取られた方らしく、頭の部分がほとんど欠けている。挙げ句の果てに、上部が切れているので、これが何枚目なのかもわからない。とりあえず、さっき見つけたものの続きではないようだ。言葉の組み合わせが明らかに違うので、これは2〜4枚目のどれか、ということになるのだろう。

 蔵の外に出てみると、すっかり日が暮れていた。夢中になっていたときは気づかなかったが、ずいぶん腰も痛い。俺はスマートフォンを取り出して、一応さきほどの原稿用紙の切れ端の言葉でググッてみる。が、あまりにも断片的すぎて、わけのわからない日記がひっかかるだけだ。それもそうだろう。

 蔵の中にないとすれば、家の中か。しかし、まっさきに金目のものを漁ったときには、こんな原稿用紙はどこにも見かけなかったぞ。

 頭を抱えかけていると、着信のコールが響き、手に持っていた電話が小刻みに震え始める。ディスプレイに表示された名前は、あまり目にしたいものではなかった。しかし、無視するわけにもいかない。

 ええ、昨日言っていたとおり、実家の蔵を。ええ、ええ。それがですね。ちょっと脈がありそうなものを見つけたんですよ。アニキ、宮沢賢治ってわかりますか。そいつの未発表原稿らしきものを見つけたんですよ。ええ。うまく買い手が見つかれば、借金なんていっぺんに返しちまえます。はい。いや、それがですね。まだ全部は見つけてないんですよ。未だ探索中というか。ええ。それで、もうちょっと返済の猶予を頂ければと。いやいや、逃げようなんてしてませんよ。なんなら、現物見てみますか。大作家先生のオーラが漂ってきますよ。これは間違いなく値段がつきます。えっ、もう待てない? そんな殺生な。来週までには見つけて見せますから。命に賭けて。いや、俺の命だってもう少し価値くらいはあるでしょう。はい、わかりました。じゃあ一旦戻ります。

 暗い気持ちで電話を切った俺は、蔵の戸締まりだけはしっかり済ませて、アニキが待つ事務所へと帰ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る