会議

「もう、帰るの」

 ショワナが甘い声を出す。

「ああ、友達を待たせているからな」

 アシアンが着替え終わるのを待って、俺は衝立の陰から出た。体は犬に戻っている。アシアンが俺を抱き上げた。

「犬が驚かせて悪かったな」

「ううん、いいのよ。あんた、いいお客さんだったわ」

 ショワナがシナを作ってアシアンに歩み寄る。

「あんたみたいな立派な人にあたしみたいな娼婦が惚れていいのかわからないけど、ほんとよ。あたし、あなたが好き。ね、お願い。また、会いたいの」

 客に惚れたという台詞は、客がまた来るようにと娼婦やホステスが使う常套手段ではあるが、言われて嫌な気分はしない。

「ああ、そうだな。俺もおまえが気に入った。いつかまたな」

 アシアンが娼婦を適当にあしらっている。ショワナもまた、プロの娼婦なのだろう、最後まで惚れた演技を崩さない。

「きっとよ」

 甘く鼻に抜けるショワナの声に見送られて俺達は酒場に戻った。

 


「いかがでした?」書記官カスケルがにやにや笑いながら言う。

「いや、それだがな」

 俺は言い淀んだ。

「書記官、至急ご報告したい事が」

 アシアンがカスケルに耳打ちする。

 カスケルが俺の顔を見る。俺はこくこくとうなづいた。

 俺達は支払いを済ませ大急ぎで酒場を出た。

 屋敷に戻り安全だとわかってから俺はカスケルに、発情したら人に戻ったと言ったのだが、いやもう、カスケルの顔が。

 驚いていいのか、笑っていいのか、細い目があがったりさがったりと、百面相とはよく言ったものだ。

 とりあえず、カスケルは主だった人々を地図の間に呼び集めた。

「人に戻ったというのは本当ですか?」神官長アルゲルが驚きの声を上げる。

「ああ、発情したら人間に戻った」

 俺の言葉に全員が顔を見合わせて失笑した。笑わずに髪を逆立てて怒ったのは佐百合だった。

「良ちゃんのバカ! 浮気者!」

「いや、違う。俺は浮気はしてないぞ」

「だって、娼婦といいことしたんでしょう?」

「いや、その、つまりなんだ」

 俺は事情を説明した。佐百合がみるみる真っ赤になる。

「良ちゃんなんて、最低!」

 佐百合は叫んで部屋を出て行った。

「佐百合、待ってくれ」

 俺は追いかけようとした。しかし、族長の妹ジャイーダに抱き上げられていた。

「しばらく、放っておきましょう。彼女もわかってくれますよ」

「では、こちらの女性と交われるのですね」神官長アルゲルが言う。

「はあ? 交わるって?」

「古来から新しい血をいれた方がいいと言い伝えられています。あなたさえ良ければ、子づくりに励んで帰って下さい」

 俺は滅茶苦茶恥ずかしくなった。

「俺の子種が役に立つなら励んでもいいけど、俺が帰った後、母親や子供の面倒はみて貰えるのか?」

「それはおまかせ下さい」

 それまで黙って聞いていた族長の息子、ジャレス・ジャサイダが言った。

「相手の女性が誰かによりますが、子供は我々で育てますから安心して下さい。この広い世界には我々カーリヤ人しかいないようなのです。血が濃くなって、特殊な病にかかりやすくなると言われています」

「ああ、そういうのを遺伝病って言うんだ。俺も詳しい事は知らないがな。まあ、女の子達が承知してくれたら、俺、がんばっちゃうから」

「それはありがたい。すぐに希望者をつのりましょう」と神官長アルゲル。

「あのロバ達も発情させたら元に戻るんじゃないのか?」

 ロバ達は完全な獣になっているので無理だろうという話になって、その日の会合は終わった。

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