歓楽の館 一

 その店は街外れにあった。見た目は普通の民家だ。が、扉を開けると歓楽の館だった。酒とタバコの匂い、男達がガヤガヤと話す声、笛や鈴の音に合わせて舞台で踊る半裸の女達。

「おお、いいね、いいね。こういう所こそ、男のロマンだぜ。おい、かぶりつきの席に行こうぜ」

 俺達は給仕に金を掴ませて舞台のすぐ側のテーブルに陣取った。俺はカスケルの腕から飛び降りて、テーブルの上に乗った。いい角度だ。見えそうで見えない! 何がって、もちろん踊り子さんのあれですよ、あれ。

 テーブルに酒が運ばれて来た。

「まあ、このワンちゃん可愛い」

 酒を運んで来た若い女がいきなり俺を抱き上げて頬擦りした。

 肉球の裏に胸の膨らみがあたる。

 いいねえ、柔らかいぜ。

 久しぶりにエッチな気持ちになっちまったぜ。

「女、その犬に触るでない」

 書記官カスケルが、俺を女から引き離した。

「何よ、ちょっとくらい、いいじゃない、ケチ!」

 女は捨て台詞を残して行ってしまった。

「ああ、もうちょっと抱き締めてもらいたかったなあ」

「あの女がお気に召しましたか?」

「ていうか、この体だからさ、女は無防備に俺を抱き締めるんだよね。するとさ、あたるんだよ、胸に。お屋敷だと、犬の姿してても、中身は大人の男だってわかってるだろ。だから、みんな遠慮するんだけどさ。さっきの女は遠慮なく抱き締めてくれたから、ふわふわの胸にあたって気持ち良かったのさ。今度女に抱き上げられたらしばらくほっといてくれる」

「くっくっくっく、はい、わかりました」

 カスケルが狐目をさらに細くして下を向いて笑った。他の護衛の兵士達もにやにやしている。

 ま、男同士、わかるよなって感じで俺は舞台の踊り子さんを見上げた。

 衣装のスリットから見え隠れする白い太もも、悩ましく振られる腰、揺れるバスト、蠱惑的な眼差し、しなる腕。

「ワンワンワウー、ウ、ウ、ウ」

 俺は思わず喝采の遠吠えをしていた。踊り子達が一斉に振り返る。

 やったー、踊り子達の視線を独り占めだぜ。

「なあ、なあ、あの真ん中で踊ってる子、名前はなんていうんだ?」

「彼女は、ヤハルカ。一番人気の踊り子です。あの子が気に入りましたか? あなたが犬でなかったら、彼女を呼んで酒の相手をさせるのですが」

「いや、ちょっと抱き上げてもらいたいだけなんだけど」

 言っているうちに踊りが終わった。

「そうだ、ちょっと待ってて」

「え、どうするんです」

 俺は舞台に飛び上がった。ヤハルカの足下に行く。踊り子達は、皆一様に観客に向って膝を付き、頭を下げている。俺はヤハルカの膝に前足を置いて、ふんふんと匂いを嗅いだ。よく、犬っコロがやっているようにだ。

 思った通り、ヤハルカはにっこり笑って俺を抱き上げた。そのまま、立ち上がって観客に手を振る。舞台袖に引っ込んだ所で、俺に話しかけて来た。

「まあ、かわいいワンちゃん、私の踊りが気に入った?」

「くうーん、くうーん」

 俺は尻尾を振って犬っころを演じた。

「その犬、遠吠えを上げてた犬でしょ、私達の踊りが気に入ったのよ」

 誰かがいう。俺は役得とばかりに、ヤハルカの胸を前足でつんつんしてみた。ヤハルカの豊満な胸がぷるんぷるんと揺れる。

「ま、いけないわんちゃんね」と言いながらも嬉しそうだ。俺に頬擦りする。

「わんちゃん、もっと遊んであげたいけど、私達、この後もう一回踊るのよ。さ、飼い主さんの所に帰りなさい」

 ヤハルカは俺を舞台の隅に連れて行った。カーテンの間から客席を見る。近くを通りかかった給仕に声をかけた。

「ね、このわんちゃん、あの席のお客さんに返してきてくれる」

 俺はヤハルカの気持ちのいい胸から引きはがされて、書記官カスケルの席に戻った。

 ああ、戻りたくねえなぁ。

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