首都アルキヤ 一
「馬車は彼にまかせておけばいいでしょう。手先の器用な男ですから」
「カスケル。聞き取りは終わりましたか?」
族長の妹ジャイーダだ。若干太めだが、俺としてはジャストストライクゾーン。色っぽい未亡人は大歓迎だ。
「これはジャイーダ様。はい、聞き取りが終わってこれから街を案内しようかと」
カスケルが頭を下げたまま答える。貴人に対する礼なのだろう。
「兄上から街を案内して差し上げるようにと頼まれました。私が案内しましょう」
俺と佐百合は、ジャイーダが用意した輿に乗って出掛けた。最初に行ったのは、市場だった。
「槍鞍さんは商人だったと聞きましたので、市場に興味を持たれるかと」
「良(りょう)でいいです、槍鞍さんなんて呼ばれるとこそばゆくて」
俺は後ろ足で耳の後ろを掻いた。照れくさいのなんのって。
「ま、ほほ」ジャイーダが優雅に笑う。俺のあごを持ち上げて「では良さんと呼びましょう。なんて、可愛い人!」と言ってキスしようとした。
「あの、良ちゃんは見掛けは犬ですが、中身は大人なので」
佐百合が聞き覚えのあるフレーズをいいながら俺をすばやく抱き上げた。
「あら、そうでしたわね。うっかり、可愛いワンちゃんと間違えましたわ。ほほ」
佐百合がむっとした顔をしている。怒った顔も美人だ。俺としてはジャイーダのキスは大歓迎なんだが。
俺達は市場の中をゆっくり進んでいた。恐らく一番、賑わっている場所なのだろう、人々の呼び込みの声があたりに反響する。雰囲気はベトナムとかタイの市場に似ていた。行き交う人々はゆったりとした長袖の、丈の長いシャツを着て、下にズボンをはいている。台の上には野菜やフルーツがのっていた。植物系の食べ物は俺達の世界とよく似ていた。が、吊るされている動物を見て俺はぎょっとした。
「おい、佐百合、あれを見ろ!」
六本足のとかげのような生き物がいた。
「あれは?」
「ああ、あれは、スイクです。足が美味しいのですよ。あの足で川底を歩き回って藻を食べるのです。ユン川の上流で取れるのですが、特産品ですのよ」
ジャイーダが供の者にスイクの足のあぶり焼きを買って来させた。佐百合が試しに一口食べる。
「おいしい」
「へえー、どんな味だ?」
「うーんとね、鶏肉に似てるけどもっとジューシー」
「味がついている所は犬のあなたは食べない方がいいでしょう。ここなら大丈夫ですよ」
ジャイーダが肉の一部を取ってくれた。食べてみると、これが超うまい。昨日食べたスズカゲルの肉もうまかったがこの肉の方が断然うまい。鮎みたいな川藻の香りがして、適度な脂肪が乗っていて柔らかくて独特な味が口に一杯に広がる。
チクショウ、人間だったらこれに塩をかけてビールをぐぐっと飲むのに!
あ、でも待てよ。犬なら生で食べてもいいかも。
「あの、これ、生で食べてみたいんですけど」
「ええ、良ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫。俺、犬だから」
ジャイーダが生の肉を店から買ってくれた。生を食べてみる。うまい。犬になった俺としては、こっちの方がうまい。もしかしたら、内蔵もうまいかもしれない。生きている奴を噛み殺して喰ってみたくなった。神官長アルゲルが、この体と魂が融合したとかなんとか言っていたが、確かに犬の体になじんで来たんだろうな。噛み殺して食べるとか、もう、犬そのものじゃん!。
食べている間も輿は移動して行った。
市場を後にして、街の堺にある門にやってきた。街の回りには石造りの壁が巡らされている。門を通って街の外に出る。見渡す限りの田んぼが広がっていた。
「この田畑は、春日部麻呂様が開いてくれたのですよ。それまで、私達の先祖は漁民だったのです。今でも魚を取りますが、お米のおかげで安定した暮らしが出来るようになったのです」
街の近くに川が流れていた。名前をユン川というそうだ。さっきのスイクが上流に住んでいる川だ。俺達はそこで川船に乗り換えた。川は俺達の世界では見た事がないほど澄んだ流れだった。船の上から魚影が見える。大きな魚がはねた。
「あ、気をつけて。あなたのような小さな犬は魚に引きずり込まれますよ」
俺は慌てて佐百合の膝の上に飛び上がった。
「こんな所で魚の餌にはなりたくないからな」
佐百合がくすくすと笑う。
「人間だった時の良ちゃんとは大違いだね。魚を怖がるなんて!」
「からかうなよな。俺だって情けないなって思ってるんだから」
河口近くの港で陸にあがった。すぐ先に海が見える。帆を張った船が何艘も浮かんでいた。潮の香りが気持ちいい。空気がうまい。佐百合は持って来たスマホで写真を取っている。俺達は輿に乗って、漁師達が魚を取っている様子を見物した。
なんとも、のんびりしたいい所だ。
というか、俺達にはそういう所しか見せていない気がする。
「ここには酒場はないのか?」
俺は海を見ながらジャイーダに言った。
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