族長の妹ジャイーダ・ジャサイダ 一

 俺達は、アルゲルに案内されて大広間に入った。大広間では三十人ほどの人々が集まっていた。貴族達らしい。皆、豪華な衣装を着ている。

 食べ物の匂いが強烈だ。

 あー、腹減ってきた。

 佐百合は族長の息子の隣、俺は神官長アルゲルの隣に座った。といっても、俺の場合、テーブルの上だが。

「皆の者、紹介しよう。倭国からこられた坂窓佐百合(さかまどさゆり)殿。こちらは犬に変身された槍鞍 良(やりくら りょう)殿じゃ」

 貴族達は佐百合に向って盛んに賛辞を送る。

「ご両人には、ぜひ我国の為に働いて頂こうと思っておる。宜しくお願いしますぞ」

 佐百合が立ち上がった。皆、はっとした顔をした。ここで、異世界人のスピーチがあるとは思っていなかったようだ。

「あの、皆様、私達、来たばかりで右も左もわかりません。ですが、貴国と私達の国は昔から交流があったそうで、全然知らなかったのですが、でも皆様のお役に立てたら、私共も大変嬉しく存じます。どうぞ宜しくお願いします」

 佐百合が頭を下げた。まわりから拍手が沸く。

 どんな集団でも、嫌われるより好かれた方が生き延びる確率が高くなる。

 俺は高校を卒業してから、東京に出て来ていろんな職場を点々とした。どこに行っても、この顔のおかげで女にもてた。すると、男達が焼き餅やくんだよなあ。

 グループのボスに気に入られるよう努力するんだけどよ、大抵、色恋沙汰で職場に居づらくなってよ。

 犬になって、元の容姿をなくして良かったのかもしれない。

 少なくとも男達の嫉妬の的にはならないだろう。


 族長の息子、ジャレスは佐百合に気があるらしい。盛んに料理や飲み物を勧める。俺はそんな彼らを横目に見ながら、目の前に置かれた皿から骨付き肉を食べた。昼間食べた肉と同じだ。何の肉だろう? めちゃくちゃうまい。犬になったからうまいのか? それとも、人が食べてもうまい肉なんだろうか?

「まあ、このワンちゃん、可愛い!」

 三十五歳くらいだろうか、色っぽい女性が俺に話しかけてきた。右目の下に泣き黒子がある。

「わんわん(あ、初めまして、槍鞍良です)」

「あら、ごめんなさい。見かけはワンちゃんだけど、中身は大人ですよね」

 なんだかどこかで似たようなフレーズを聞いた気がしたが、それは置いておいて、俺は彼女の名前を聞いた。

「私、ジャイーダ・ジャサイダ。族長の妹ですの。主人が亡くなったので、実家に帰って兄の手伝いをしていますのよ」

「わんわん(それはお淋しいですね、お子さんは?)」

 未亡人なら異世界人だろうが、口説くのが赤詐欺の務め。長の妹ならお近づきになって損はないだろう。

「息子と娘が。あ、ほら、あちらに座っていますわ」

 未亡人は俺を抱き上げてテーブルの向うを見せてくれた。素直な顔立ちをした十四、五の男の子と十歳くらいの女の子が食事をしていた。

「わんわん(女手一つで二人のお子さんを育てるのは大変でしょう)」

 未亡人は俺をテーブルの上に乗せ、飲み物を取った。

「まあ、心配してくれるのですか? 優しい方ですね。でも、兄が面倒を見てくれますので、安心していますのよ」

「わんわん(ご主人とはどちらで知り合われたのです?)」

「ほほ、まさにこの広間で知り合ったのです。毎年、秋に感謝祭が開かれますの。主人が祭りにやってきて。私が十六、主人が十八でしたわ。今思えばお見合いだったのだと思います」

「わんわん(いい方と巡り会えて良かったですね)」

「ええ、本当に。幸せでしたわ。……あなたはあのお嬢さんの恋人なのですか? 美しい方ですね」

「わんわん(俺もお見合いパーティで佐百合と知り合ったんです。向うにいる時の佐百合はちっとも美人じゃなかったんですよ)」

 さすがにチョーブスだったとは言えない。

「それなのに、あなたは彼女を選んだのですね。きっと、気立ての良い方なのでしょうね」

「わんわん(ははは)」

 ブスな女を褒める時の常套句だな。気立てがいい、料理が上手い、家事が好き、仕事が出来る、などなど。

 騙しやすそうだったからとは、口が避けても言えないな。

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