今まで生きてきた中で、一番残念な出会い。
かとも
今まで生きてきた中で、一番残念な出会い。
20年以上も前の事で、でも何年前だったか正確に思い出せないのだけれど、2月25日という日にちだけしっかり憶えているのは、事情聴取に来た現地駐在の警察の方が生年月日を告げた時、
「明日じゃなくて良かったですね…」
と、しみじみおっしゃったから。
2月26日は、私の誕生日。
その日は朝から吹雪いていて、一本リフトに乗って上ってくれば、さっき滑ったコースがもう新雪でふかふかのゲレンデ状態。
『処女雪を犯してやる!』
などとハイテンションで叫びながら、なるべくコースの端の他の人のシュプールのない所を選んでは滑っていました。
一緒に滑っていた仲間のうちの一人が膝を少し痛めたので、一旦休憩しようと『牛首コース』から一番下の日影ゲレンデへ向かうコースを降りていく時のこと、
初級者がペタンペタン降りているコブがある中央付近を避けて、膝まで新雪で隠れてしまうような端を選んで、まだまだ上機嫌で降りていきました。
先方に、不意に蛍光ピンクの何かが目に入ったので、それを避けてその横を通った時、
「あっ、人だ!」
と思ったとたん、ひっくり返ってしっまったのでした。
新雪の中、苦労して起き上がって、2m程上を見上げると、その人はまだ、動いていません。
「だいじょうぶですかぁ?」
転倒して、ちょっと恥ずかしくて、冷たい雪も気持ちよくて、しばらくこけたままでジッとしているというような事は良くあることなので、まして、自分も転倒してしまったので、少し明るめに、大きな声で呼びかけてみました。
降る雪が強くてよく見えません。
確かに人だったよな、と思いつつ、板を二の字でその人の山側まで登りました。
上から降りてきた人とぶつかるといけないので、自分のスキー板をその人の上側にX字にして差し込みます。
「大丈夫ですか!」
動かしていいのかわりません。
その人に積もった雪をとりあえず払いのけるけれど、顔が見えない。雪に埋まっています。
20mほど先に降りていた仲間のうちの一人に、大声でパトロールを呼んでくるようにお願いしました。
ちょうど真横の高さの所にいた、ペタンペタン降りていたうちの一人、大学生ぐらいの男の子がやってきました。
「人形じゃないんですかぁ」
彼は気の抜けた声で訪ねてきました。
動きません。
でも、人形のわけがない。こんな所に人形を置く人がいるとは思えません。
とりあえず、二人ですぐ積もってしまう雪を払いのけて、その人が何とか埋まらないように保ちながら、パトロールを待ちました。
何か重たい物、言葉にできない嫌な感じが、胸の中にずんずん溜まってきます。
スノーモービルでパトロールの人たちが来てくれました。
パトロールの人たちはてきぱきと、「患者さん」(パトロールの人はそう呼んでいました)に声をかけながら、救助作業を始めていきました。
パトロールの人の内の一人が僕たちに、新雪に埋まってしまっている患者さんのスキー板を探すように指示したので、近辺の雪を掘りはじめた時でした。
不意に背後からパトロールの人の、
「脈なし!呼吸なし!」
という確認する声が聞こえました。
情けないことに、言葉にできない嫌な感じは積もるけれども、この人が死んでいるかもしれないという事実を理解できずにいました。
パトロールの方の声を聞いたその時、ようやくこの人は死んでいたんだと合点が行き、一気に全身の力が抜けていきました。
脱力感というのはこんな感じを言うんだな… と、変に納得していたのを今でも覚えています。
その男性はお酒を飲んで滑っていたらしく、きっと視界の悪い急斜面で咄嗟の判断を誤ったのでしょう。転倒した時に運悪く首の骨が折れてしまったようだと、後で聞かされました。
こんなこと喜んで良い訳はないのだけれど、その時、遺族の方とは面会せずに済みました。
その方の名前も聞かずのままで、でも、次の日に私が誕生日を迎えると同い年、奥さんや子供さんもいるということでした。
今まで生きてきた中で、一番残念な出会いです。
毎年、2月25日が来ると必ず思い出す、悲しいというよりは衝撃的な出来事です。
今まで生きてきた中で、一番残念な出会い。 かとも @katomomomo
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