第35話 ナーガ②

 ◇

 草薙裕也は己の手を握り、開く――歩きながら、その行為を繰り返していた。

 裕也の脳、体、精神にまでこびりついた拳の所作は大里流独自のものではない。


 拳は小指から順に折っていく。最後に親指でしっかりと止める。個人差はあるが掌から指の第一関節まで四角になる。


 裕也は手の甲を眺める、我ながら正方形に近く、ごつごつしていると思った。今度は指――相手が殴られるとき、どのように見えるのかと見る。長方形のようだった。


 角度を変えると形は変わり、そして意味すること、使い方も違う。

 この形のまま、真っ直ぐ打ち――パンチを繰り出すのが基本だが、掌なら骨を狙える。甲なら軽い力で急所を狙うと効果的。

 真打はそれらに応じた技名、用途がいくつもある。裕也は、先ほどの宮田啓馬の言葉を思い出していた。


『無刀大里流はあなたを弱くさせた。その最大理由はあなたのスタイルとは真逆だから。真打は極めると物体を破壊でき無くなる打ち』

『受け取り方によって玉緒アキラはあなたを成長させたともいえるし、弱くさせたともいえる。百地健三郎も陰陽道の術を使いその手助けをしているとも』

『おそらく二年前の大乱闘、志士徹との喧嘩が発端となりあなたは市内の器物を破損させられない状態にある。しかし健三郎はもう不必要だと思っている、放任主義な父親のように』

『玉緒アキラはまだ、あなたを束縛していたいと願っている、過保護な母親のように』

『二者択一。今日、あなた自身で選ぶこと』

『一つ、今日のこの日のような事なんてザラ、日常茶飯事だと悟ること。玉緒アキラのようになりたければ家に帰って鍛錬あるのみ』

『二つ、大里流武具術を相手に暴れて痛みと勝利を知ること。健三郎のようになりたければ実戦あるのみ』

『カムイ使いよりも前に倒さなければならない相手は、どちらを選んでも、いつでもシンタにいる』


 そう裕也に教えたあと宮田啓馬は、住所を教えて駅の方に一人で歩いて行った。

 それも不可思議だったが裕也はもう

 これらの言葉を反芻して数十分後に一軒の屋敷に着いた。周囲は高級マンションに囲まれ、対比すると眼前の門はやや低く感じられた。

 だが古風と塀は広く、厚い。裕也はその異彩に少しばかり怖気を抱き、息を吸った。

 鼻腔から体内に空気を取り込み、吐く。

 頬を軽く叩いて背筋を伸ばし、裕也は門の表札を確認した。

 真っ白な表札に‶雅〟とあったが、裕也には読めず、その脇にある呼び鈴の使い方もわからなかった。

 ここが大里流武具術の道場かどうかもわからないが、裕也はここだと確信できた。

 それは――


――すんげー鉄臭い。この門の向こう側、獣でも捌いてんのか?

――近所の連中、不審に思わねーのか? だーれもいねー。これならアカネちゃんに通行許可も必要無かったか。

――あ、逆か。アカネちゃんのおかげでいないのか。しかも今日は平日だったっけ。でもって昼前。『リアじゅう』は仕事か引きこもってる時間帯……なおさら、この臭いが異常だぞ。

――アカネちゃんと正美くんには悪いけど、さっそく突入すっか。徹のヤツ、解体バラされてたらもう、洒落にならねーぞ。


 裕也は、たん、と地面を蹴って跳躍した。

 塀を蹴り、瓦を掴んで飛び乗った。

 いっそう強くなる、鉄の匂いに危機感を抱き、裕也は観察する。


 塀を超えた敷地内――庭と呼び難い砂利だけの地が、裕也の乗る塀から奥へ十メートル、左右に三十メートルも広がっていた。


 屋敷は日本家屋だったが、高くも無く低くもない。裕也にとってなじみ深い、百地家と同じ二階建てだった。


 その縁側から男が現れ、庭に刀を置いた。

 鞘に納められた一振りの太刀――裕也の背中に汗が出た。先ほど神社で刃物を持った連中とは一線を画していると知らしめるよう、男の足元に置かれている。

 刀の柄は男の右手側、刃の先を左側に置く所作、礼儀や作法の問題では無い。

 合理的――その一言が裕也の頭に浮かび、そして男の体勢、精神が臨戦状態だと知った。屋敷内で刀を振るい、一段落がついたのだと想像する。


 男は懐から煙草を取り出して一服を始めた。

 さながら戦士の、戦場での余韻に浸る時間。休息するその男と、裕也の視線が合う。


 男の風体は長い黒髪、黒いスーツ。身長は裕也と同じ、170センチ前半。体格も肉付きもほぼ同じ。だが雰囲気が長い修練を積み、二十代後半かと裕也は察する。

 実力を雄弁に語っていたのは男の服。返り血を浴びていたものの、傷や破れは無い。

 男は縁側を親指で指した。まるで『気になったら中に入れ』と言いたげだった。


 裕也が頭を掻いて悩んでいると、地鳴りのような足音がして、家から縁側へ、そして庭に人が集まり始めた。

久島ひさしま! 我らは皇従徒の烏なり!」

「此度、大里流を騙り、皇従徒までも謀った重罪によりこの屋敷を奪還する!」

「残虐なり、シャンハイ・パオペイ! 重刑に処す! そこのガキもメンバーなら捕縛する!」

 一人、二人と数える間も無く、裕也は塀から下りる。


 煙草を吸いながら男は刀を持つ――そして喋った。外見よりも低く、年老いた声だった。

「総家当主をやっとで撒いて、帰宅早々、後腐れ無いよう家の者を皆殺しにして一服中、ナーガの雛に鉢合わせ。雑魚にも囲まれた。困った困った」

 言葉とは違い、無表情な男。


 裕也は黒装束の連中に囲まれたが、鼻を鳴らし、拳を創り、問う。

「一応自己紹介しとく。俺、草薙裕也。ここ、大里流武具術で合ってるか? 徹ってやつ、知ってるか? 黙秘は『当たり』と見なす。それから長髪のオッサン、皆殺しっつーのが間違いねーなら警察行こうぜ……俺とフツーの喧嘩してからな」


 返事は無かった。

 裕也は、

「んであんたらは時代劇ごっこか? 俺の日本史知識はバラリンガーの第47話から55話しかねーぞ……ソーキジュツもカムイも知らねー馬鹿でよければ相手になってやる。長髪のオッサン、そろそろ名乗れ」

 そう言って、軽く跳躍を始めた。


 男は胸の前で刀の鞘を左手に、柄を右手に添えた。

 十字架のような構え――男は言った。

久島ひさしま幸一こういち。たしかに身分を偽り、武具術の連中を斬ったがそれが何の罪になる……無知なお前らに免じて今回カムイを封じてやろう。皇従徒の追手ともども己がわざのみで切り抜けるのみ」


 裕也と久島、そして取り囲む黒装束の連中――三つ巴が幕を開けた。


「チェェストッ!」

 口火を切ったのは黒装束の一人だった。久島の背後から、飛び掛かる。


 久島は逆手に持った刀を振り向きざまに抜き、黒装束を斬りつけると鞘に納めた。

 斬りつけられた黒装束から、血しぶきが上がる。十字に斬られた腹から内臓が飛び出し、地面に血の池を作り倒れた。久島は続けざま裕也に向かって咥えた煙草を、吹矢のように裕也に向かって飛ばした。


 裕也は難なく避ける――避けた先の黒装束の顔を蹴りつけ、よろめかせた。

「おか、え、しっ」と裕也は蹴りながら呟き、黒装束の背後に回り込み、体重の乗せた左半身をぶつけた。

 黒装束はトラックに跳ねられたように吹っ飛ぶが、久島の近くで踏みとどまる。

 そこに容赦なく久島の凶刃が黒装束の腹を突き破った。

「無刀の体術、無尽むじんからの崩葉くずれは」と久島「派手だが人は殺せん」


「久島ぁ――――っ!!!!」と裕也が怒声を上げた。

 声と共に震える地面、黒装束たち。

 久島は表情を緩ませ、笑みを浮かべた。体を裕也に向け、構え直す。左手で鞘を掴み右手を柄に添え、十字架を裕也に向けるように。


「テメーは馬鹿か!! マジで殺すなっ!! だっつってんだろ!! それから忍者コスども!! テメーらが死んだら俺が玉緒さんに叱られる!! 一旦退け!! ぶっ殺されるぞ!!」

 そう言って裕也は靴を脱ぎ、手に持ち、駆けた。


 久島の迎撃距離――刀の届く範囲は狭い。逆手に持っているならなおさら。そう踏んで裕也は、久島との距離を一気に詰めて刀を叩き折るつもりだった。

 だが裕也の足は地に作られた血で失速し、その心地悪さから放たれる右拳に裕也自身不安感を抱く。

 直撃すればという博打の想いを乗せた真打は空しく逸らされた。

 かつ、と右拳から裕也の体内に音が響く。裕也は久島の脇へゆっくりと動いていく。

「げ」

 裕也が声を出す。そして同時に悟った。


――玉緒さんのパターン、しかも武器バージョン!

 後悔を覚える前に、裕也は久島から俊足で逃げた。


 ひゅう、と風が吹く。裕也の足音、久島の抜刀が混じった音だった。

 空振りした久島は、すっ、と刀を鞘に戻す。そしてまた十字を作り裕也に向けた。

 裕也は汗が吹き出した。そして――回避後にぶつかった黒装束にもたれかかり、呟く。

 脳内で先ほどの出来事を理解していく。

 

――血の池の真ん中にどっしり構えて死角なし。

――じっくり見つめ、来た攻撃を鞘で逸らし、同時に抜く。

――んで抜いた瞬間、ばっさり斬る。躱されたり防がれても、瞬時にぶっすり刺す。

――持ち手が逆だから背後に逃げてもそのままぶっすり。左右なら刃と鞘がとんでくる。

――鞘に仕舞うのは俺が逃げても過剰に追い打ちをしないって意志。理詰め、合理主義のくせに‶勝ち〟と‶生死〟を混同してやがる。

――このヤロウ、矛盾を実行できる強さだ。靴で防ごうなんて虫が良すぎた。そりゃ健さんが回避を許すはずだ。


「これ持って日陽神社まで逃げろ。俺が潰す」と裕也は手に持った靴を黒装束に渡した。「そっちの事情なんて知りたくもねーが、俺の命で手打ちにしてくれ」


 受け取った黒装束の男は裕也に声を掛ける。

「おまえ、玉緒アキラの知り合いか? 先代の百地とも? なら危険だ。久島は上位有段者だぞ。百地たちと同レベルと思っても良い」

「あーそー。俺は、二人の弟子なの。だからあんたらより自分を保ってんぜ。久島は多勢に無勢のプロだ。このまま数で攻めても勝機は三割。だがタイマンなら五分まで跳ね上がるぞ」

 裕也はあひるように口を尖らせ、頭を掻き、続けて言った。

「あえて太刀筋を狭め、懐に誘うのが無勢のジョーシキ。波のように押し寄せても返り討ち……拳銃でもあれば別だけど、拳骨なら粘り強い奴が相手するのがベストだろ」


 すると、ひそひそと黒装束の連中が喋り出す――麒麟児の弟子、元当主の教えを受けたなど。

 ただ裕也にとって現状は切羽詰まったものだった。生き死にの領域に入ろうかという時にこれら賛辞じみた風評は雑音となって裕也の心をかき乱す。


 裕也はわかっていた。これが毎日の敗北要素――いつもは玉緒との一対一で観客もいないが、いつも心の中でこのような雑音によって過度な勘違いを引き起こす。


『この年齢であれだけ頑張ったなら良いじゃないか』

『俺は凄いんだ。いけるはず』


 このような耳障りの良い文句による猪突猛進は、裕也にとっての領域だった。だがそれが引き起こしたのは一万という連敗のみ。

 今回に限ってはさらに命がのしかかってる。ここで気持ちを緩ませられるのなら、とっくに玉緒アキラに一撃でも被弾させていると、裕也は自身を追い込む。

 極限からさらに追い込む裕也のストイック性は今日の肉体を作り上げた。

 そして五感を活発化させることに至り、裕也は今朝の境内のように影を追う――幻影を置き、眼前の久島を打ち倒すための有効手段を探る。


 雑音を排除して意味のあるものだけを拾う――久島の構えは逆手さかて十字じゅうじ抜刀ばっとうだと誰かが呟きそれを幻影に投影していく。


――映画のような構え。身を持って受けると鉄壁の守り、一撃必殺のものだとわかった。

――ただしリーチが短い。攻める場合は突進中すれちがいざま斬る、もしくは持ち手を変える。それぐらい使い手の久島も知っているはずだ。


 このような思考から裕也は多くの攻め方を幻影に投影していった。

 無数の影、殺される自分自身を想像していく。

 何故そんなことをするのか、という疑念は捨て去った。


 草薙裕也、十七歳の春。

 男として、喧嘩自慢として初の黒星を勝ち取らんがために全身全霊を注ぐ。


 ◇

 裕也の思考時間は約一分。

 これがボクシングならマイナスされると裕也自身が感じた時。


 裕也は閃き同時に構えを変えた。


 足幅を広げ、左足を前に出し膝を曲げる。膝の上に左手を置く。右足はやや曲げ、右手を己の首の高さに置き掌を久島に向ける。

 黒装束の誰かが呟いた――ナーガを宿したと。


 裕也はそれを意味不明な雑音として処理しようとしたが、できなかった。


 裕也の取った構えは、脱力するために最も適した構え。

 長期戦であれ、短期であれ瞬時にたいを変えられ、受け攻め臨機応変の百地健三郎に教わった構え。

 

 欠点は一つ。

 極めてこそ、その効果を発揮できるということ。


 裕也の狙いはゆっくり迫り、仕留める機会を伺う。

 今日まで裕也が嫌っていた‶待ち〟を実行した。

 勝つために。

 追いつくために。

 久島を糧として、踏み台として上るために。


――一撃でダメなら百発でも当てにいく。

――結果さえ出せば、過程なんてどーでも良い。

――久島、テメーもそうだろうけど、やりすぎだ。もうこんなこと、シカトできん。

――懐に飛び込み、左右連打。意識と得物を横に散らして真ん中へズドン。真打で決める。

――先に斬りかかられると厄介だけど、先走るとばっさり斬られる。要はタイミング。


 久島と裕也の距離はじりじりと詰まっていく。

 先に仕掛けたなら後者は守りに移ってしまう。

 

 破壊力と防御なら帯刀する久島に、速度は素手の裕也に分がある。些細な差でも、行動いかんで未来が激変する。


 拮抗した空気――裕也は知る。


 真剣勝負とは、命の奪い合いでは無い。

 真剣勝負とは、この空間の事だと知る。


 春の陽が眩むほど、そよ風が痛いほど、雑踏が耳をつんざくほどに張り詰めた神経、裕也たちが作り上げ身を委ねる空間が真剣勝負という世界。


 知り合い、他人、友人――そして理由すら邪魔になる、久島との空間。


 この裕也と久島の間に立ち入る者、マイナス要因は全て‶悪〟。

 草薙裕也はこの空間に立ち、歩を進める。


 一センチ、一ミリ単位の前進。これができずに、なにが進歩だ、なにが武だと心で、本能的な鼓舞をし続ける。


 初心者であれ上級者であれ、ここで背を向けることはできない。


 殺しとも喧嘩とも違う領域――真剣勝負。

 裕也が賭したものは未来。

 残り八十年近くの未来を、この数分に、数メートルに賭けた。

 裕也の脳裏に、今朝の玉緒アキラの忠告が過ぎったが無視した。


 ◇

 先手は裕也。刹那に空歩で詰めた。

 それを裕也自身、気付くのに遅れ、どうして動いたのかも理解できなかった。

 

――過剰なまで神経が働き、久島が少し動いただけで焦った――


 そう思うことで焦りは消えたが、取った先手は返上できない。

 久島に向かって駆け、久島の凶刃が煌めく。

 最初に練った左右からの散打を放つプランはここで挫かれ、裕也は変更した。


 久島の抜刀を躱すことに努める。逆手からの切り上げ、斬りおろし、薙ぎ、突き、また鞘の打撃を躱す。

 裕也の視線は久島の全体を見ていた。素人相手に培った経験則からの回避だったが、皮膚を軽く斬られる程度で済む。

 徐々に裕也のリズムが良くなる。自身でもそれを感じ取り、空間を支配していく。

 足踏み、打ちのフェイント、呼吸のずらし、虚と実を混ぜた動きは久島の刃の動きを挟んでしまう。


 黒装束の誰かが呟く。久島が魅入ったと。


 裕也は好機と捉え、跳躍からの連蹴りに入る。

 一枚目の左足はこめかみを狙ったが、久島の鞘に阻まれ、二枚目の右、脳天を目がけた踵落としに至っては刃が裕也の股間を狙って振り上げられていた。


 裕也は二枚目を途中であきらめ、久島の髪を足の指で掴み、膝を曲げた。

 太刀を体全体でくるめ取る――そんな暴論が裕也の心に浮かび、想いはすぐさま肉体に現れていた。


 さすがに無理があったかと、裕也自身が反省しつつも止まらない。

 体勢が定まらない。宙で体勢を立て直す為には蹴りつける――それが大里流の連蹴り、無尽の基本だった。


 幸いにも刃は裕也の思惑から外れ、足を狙って来た。そこで裕也は刃の側面を蹴りつける――空中での三枚蹴り、このときに定まっていた裕也の思考と黒装束の呟きが一体に成る。


「無尽と見せかけた鷲爪わしづめ


 無尽は大里流での連蹴り。そして鷲爪は相手の頭上からの関節取り。この足技の連携は裕也が玉緒アキラから十年前に教えて体得していた。

 

 だが裕也は関節を取らない。

 代わりに取ったのは、髪の毛と刀。

 

 刀は久島の最たる武器で、裕也はそれを弾き飛ばした。髪の毛は最も頭部と密着している、ある意味、急所。

 血の池に着地し裕也は片足で掴んだ久島の髪を地面に向けて降ろす。千切れる音とともに久島は前のめりになった。


 それでも久島は倒れずに、体術の構えを取る――そのころにはもう、裕也は久島の懐に入っていた。

 お互いの顔がぶつかるほどの距離。

 久島のボディを左右から叩き、顎をかち上げる。


 ごう、と風が吹き、裕也はバックステップしてすぐ懐に入った。

 そこから――太鼓のような鈍く、太い音が鳴り続いた。

 全弾真打。連打の速度は速く、五発撃つたびに距離を取る。

 よろめく久島は裕也が下がるたびに、拳を振り回す。

 ステップインからの連打、ステップアウト――それを計六回行い裕也は羽交い絞めにされた。


 靴を手渡した黒装束の一人が裕也を止めた――彼はまるであやすように、裕也に語り掛けていた。


「おまえに殺しなんて無理だ……三極さんきょくの者とは知らずに、止めてやれず、すまん」


 裕也は息を荒げていた。

 汗、よだれ、鼻水も出ていた。

 涙だけは堪えていたが、目が充血していた。

 久島は立ったまま、気絶している。もし、これに気づかず殴り続けていたなら不毛な怪我を増やし、裕也は殺人を犯していただろう。


 なんの自覚も無く、殺人を犯していただろう。


 草薙裕也、初勝利を簡単にもぎ取る。

 強引に、力でねじ伏せ、半べそをかいて――

 

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