岬
@sss
第1話
竹中幸雄という若者が夜遅く岬に来ていた。そこは景勝地としてだけでなく自殺の名所としても有名な場所であった。
営業を終えた土産屋の並びを通り抜けると、「崖まで50m」と書かれた看板があった。その先は林で街灯などはなかった。
観光者用に舗装された小道を歩いていると崖の方から鳥の鳴き声らしき音が聞こえてくる。風変わりな笑い声のようでもあった。気味が悪かったがこれから死ぬのだからと割り切った。
もうすぐ崖に着くというところで、意外なものを目にした。寿司屋だ。しかも明かりがついていて営業しているようだ。
「さっきの笑い声はここか」
幸雄はほっとして寿司屋に入ってみたくなった。後のことは食べてから考えよう。
意外に大きい、回転寿司の店だった。しかし客も店員も見当たらない。座って店員が来るのを待つことにした。
いひっいひひひっ
奇妙な笑い声が聞こえる。
「いひひっ良いのが入ったねぇ」
裏で寿司を握っている者だろうか。ネタの話をしているらしい。
「すいませーん!」
幸雄は声をあげ、どこにいるともわからない店員に呼びかける。すると奥から着物姿の女性が現れる。目と目が離れていたが全体的に整った顔立ちだ。
「気がつきませんで申し訳ございません」
「いえ、それより客は私だけですか?」
外で聞いた笑い声からして客がいるはずだった。
「ええ。そうですが……どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、少し寂しかったもので」
幸雄は適当にごまかす。聞き違いだったのかもしれない。
いっいっいひっいひひっ
また笑い声が聞こえてくる。
「今なんと?」
「寂しかった、と」
「さびっさびっ!いひひっ」
その瞬間、店中から笑い声が響く。外で聞いたのと同じだ。店内を見回して幸雄は気づいた。笑っていたのは寿司だったのだ。
「さびですね?いひっ」
女性がそういうと、幸雄の体はみるみる変色した。意識が遠のき、目が見えなくなる。幸雄は大きなわさびになってしまった。
岬 @sss
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