たからもの
愛知川香良洲/えちから
第1話
先輩が、焦っている。
「な──ない。なんで、ないんだ!」
何度も何度も、かばんの中身を確認している。
「何が無くなったんです、先輩?」
「手紙が、大切な手紙がなくなったんだ」
ドキッとした。犯人は──私だ。
理科部の先輩、藤田洸先輩。私が密かに、恋心を寄せている先輩。
今日集まった部員は私と先輩の二人だけだった。しかもふと、先輩はどこかに行ってしまって残ったのは私と、先輩のかばん。そして何の因果か、手紙がかばんから少しだけはみ出しているのが見えたのだ。
それはまるでラブレターみたいな封筒で、つい手を伸ばしてしまった。「藤田くんへ」と、それだけ書かれた洋封筒。開けた形跡はある。何枚も便箋が入っている感触がする。
そこに先輩が帰ってきたのだ。つい、隠してしまった。
「そんなに大切な、ものなんですか?」
私は聞く。
「もちろん。大切な、思い出なんだよ」
私の知らない、思い出。知りたい、という気持ちが勝ってしまったのはやはり恋心が原因か。「落ちてましたよ」とでも誤魔化して返せばよかったのに。
「家に忘れてきた、のかな……。いや、入れっぱなしのはずだったんだけど」
「それなら早く帰って確認したほうがいいじゃないですか? この部屋は私が確認しておきます」
「……じゃあそうするかな。はやいけど、また明日」
「はい、また明日です」
先輩は、帰っていった。さて、この手紙、どうしよう。そのまま明日返すべきか、それとも──中身を読んでしまうか。
天使と悪魔の囁き。勝ったのは、悪魔。
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