奴隷少女を拾いました。

lest

拾いました。

「こ、これは………………」

「…………ッ!」


 雨の降りしきる中、路地裏で俺が見かけたものとは。

 ────ずばり、少女だった。それも、将来は絶世の美女と謳われること間違いなしの、金髪碧眼の可憐な美少女。……ただし、身体中汚れていて、髪も長いこと手入れされていないようだった。服も……と言うか。……これはもはや、服と言えるのだろうか?

 彼女の身につけている「布」は、広げると、真ん中に頭を通す用の穴があり、左右に系六箇所紐が付いているだけの一枚の文字通りただの布であることを、俺はこの異常たる状況下にて冷静沈着に判断した。


「……幼児虐待?」

「フーッ!」


 まるで小動物が威嚇した時のような鳴き声を口にした彼女は、発声と同時にこちらを警戒する表情と合わせて耳をピクピクと震わせた。

 ────────耳?


「なんだこれ……?」


 ピクピクと細かく震える彼女の耳は、横に長く伸びていて、どこか見覚えがある。……そう、あれは確か────なんて思い返すまでもない。完全にエルフの耳だよこれ。


「ああ、駄目だダメだ……」


 彼女からは、現代風ラノベみたいな背景を感じる……!やめろ、これ以上妄想の世界と現実を混同しては、どこまでも深い沼へと堕ちていってしまう……!

 傘を持ちながら悶え苦しむ俺は、だが、必死の形相でこちらを睨みつける美少女エルフ(仮)を見て、「もしも、俺の予想もとい妄想が、少なからず当たっていたとしたら……」と不意に考えてしまう。


「……………………」


 ああ、駄目だよ、やっぱり。

 俺は、たまらず座り込んでいる彼女の元へと歩み寄り、俺も姿勢を低くして目線の高さを合わせる。

 持っていた傘を、彼女の上へと掲げる。すると、不思議そうに彼女は上を見上げ傘を凝視した。少しして、少女は傘から一定の興味を削がれたように顔を上から前に向ける。


「……食う?」


 たまたま先程立ち寄ったコンビニのパンを差し出す。いかにも日本語が通じなさそうな(どころかどんな言葉を使おうとも通じなさそうな)少女は、言葉の意味が通じずとも、袋から取り出したパンから漂うバターと砂糖の甘い香りから、それが食べ物であると認識したらしく、しかし、何かを警戒するようにしきりに匂いを嗅ぐばかりで手を付ける様子は無い。


「……もしかして、毒でも警戒してんのか?」


 じゃあ……と俺がした行動は、至極単純。

 毒味だ。先に俺が一口食べて、それを再び少女に差し出す。すると、少女は俺の目をしばらく見つめてくる。その際に、照れて視線を逸らしたりすると、変に警戒させてしまう恐れがあるから、俺は平然を装いまっすぐ目を見つめ返し続けた。……もちろん、口に含んだパンはしっかり咀嚼している。

 やがて、俺がごくりと咀嚼したパンを飲み込むと、彼女はおずおずとだが、口を開き、パンを己の口内へと迎え入れた。


「……むぐむぐ」


 やがて自然と表情の綻ぶ少女を眺め、俺まで自然と笑みが零れた。パンを手渡し、まるまる一個食べ終わるまで見届けた俺は、再び目の前の少女について思考と観察眼を巡らせた。


 所持品は特に無し。目立った外傷は無いようだが、全体的に浅い切り傷や痣なんかが多い。恐らく、相当劣悪な環境で長い期間過ごしてきたのだろう……、足裏なんかは見れば見るほど痛々しい。何度も石や木の破片等で切った事で、皮が固く厚くなっていっている。……それだけならば、まだいいのだけど……。

 不意に、俺は少女の頭に手を乗せていた。頭を撫でていると、少女は身を捩らせ、気持ちの良さそうな声を漏らした。


「うんん……」


 少女は、もうすっかり警戒心を解いたようで、目を瞑ってされるがままになっている。

 ……なんか、愛玩動物を愛でているような陶酔感に襲われてきそうだな。まあ、さすがのペット用動物も、ここまで容易に懐く事も無いのだが。

 ともかく、このまま彼女を放っておくわけにもいかないだろう。こんなナリで、まさかお散歩中でしたなんて訳も有り得ないし。……ともかくまずは、警察かな?────いや、やめておこう。

 思わずして、悪い記憶が蘇った。


「………………」


 少女は、依然として俺を、キラキラとした純粋な瞳で見つめてくる。

 恐らく、彼女は救われたと思っているのだろう。誰一人として己の味方では無かった過酷な環境から一転、目の前には俺という「希望」が存在するのだから。「ああ、これでもう、安心だ」────ってか?


「はっ、くだらない……!」


 嗜虐的な渇いた笑いと共にそう吐き捨てた。……まるで、俺を神様かなんかかとでも思っている目の前の少女に、何故だか猛烈に、腹が立ったのだ。「調子の良い考えに逃げてんじゃねーよ」……と。「お前は知っているんだろう、この世界が、そんなに生易しいものじゃないってことを?」……と。

 しかし、俺がそんな事を考えているとは思ってもみないだろうエルフ(っぽい)少女は、────────どうやら、俺が思っていたよりも早く気づいてしまったようだ。


「…………!」


 俺が立ち上がる。それだけで、体をビクッと震わせる。俺を不安そうに見上げながらも、自身も立とうとはせず、右手は胸元にあてられ、左手は中途半端に前へと伸ばされていた。

 その左手が、前に出され、すぐに後ろに下がる。その動作の度に、彼女の心の逡巡が垣間見得る。

 ────ここで、置いていってしまっても、誰も責めはしないだろうな。

 それはそうだろう。……そもそも、こんな所に幼い少女が汚れた姿で捨てられていることなど誰も知る由はない。必然的に、責める相手もいない。

 ────しかし、この少女はまだあまりに幼い。

 ああ。見たところ、まだ小学校に入って折り返し地点くらいだろう。……そんな少女に、世界の厳しさを説くのは、些か早計というか……ぶっちゃけこんな幼い子供にガチで厳しく当たる俺の方こそガキと言うか……。


「……よし。俺も今年で二十歳になったんだし、ここは一つ大人らしく……」


 ……手を、差し伸べてやろうじゃないか。


「…………はっ」


 少女は、己に向けられた手の意味を理解した時、それこそ本当に、救われたような、これ以上ないほどの幸福を思わせる表情かおをした。


「……まあ、この先に何が起こるかは分からんけど、何とかなるでしょ…………たぶん」


 正直なところ不安で仕方が無いけれど、同時にえも言われぬ暖かい気持ちに包まれている。



 ────この気持ちは、一体何なのだろうか。


「……それは、おいおい理解していけばいいことか。人生まだまだ長いんだし、気長に行くとしよう」


 なんだか、この歳で既に老爺の精神を心なしか会得してしまったような気がしてならなかった。



 ってわけで、今日、梅雨の象徴たる恵の雨が降りしきる中、俺と彼女は会合相見える事となった。

 ……恥ずかしくて回りくどい言い回しになっているがどうか勘弁してやってくれ。












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