「……本当に、全部保管していたんですね……。と言うか、どこに保管していたんですか、こんなに……」

 目の前に積まれた葛籠の山を見て、季風は呆然として呟いた。

 集めた葉は、日ごとに違う葛籠に収められ、蓋には日付を記した紙が剥がれないように糊で貼り付けられている。大量の葛籠を運んできた下人達が、軽くだが季風の事を睨み付けているようにも思える。

「お前がもっと早く来てれば、こんなに溜まらなかったし、掃除せずに済んだし、今こんなに運ばなくても済んだんだよ」と思われていても仕方が無いかもしれない。

 下人達と目を合わせないようにしつつ、季風は積み上げられた葛籠のうち、一番日付が古い物を開けてみる。

 ……流石に、虫食いだらけだ。呪がかかっていない事を確認してから一枚手に取ってみれば、あまりの虫食いの多さに、その穴の並びで文字のように見えるまでになっている。今季風が手にしている葉の虫食いは、文字に見立てるのであれば〝翁〟であろうか。

 他の葉はどうだろうか。少しだけ興が乗り、季風は他の葉も改め始めた。

 すると、ある。それも、一枚や、二枚ではない。

 文字のような虫食いは無いかと意識して探してみると、文字に見える虫食いのある葉がどんどん出てくる。むしろ、文字に見える虫食いのある葉しか無いかもしれない。

 文字は、同じ物もあれば、違う物もある。〝讃〟〝山〟〝は〟〝筋〟〝竹〟〝け〟……数えだすと、きりが無い。だが、ざっと見た限り、この葛籠に収められている葉には全て文字のような虫食いがあると思って良さそうだ。

「しかし……文字に見える虫食いなんて……」

 まるで讖緯しんいだ、と季風は思う。古くには宋の国で行われていたという予言。図讖としんなどとも呼ばれており、自然の物である石や葉に、人為的な力が加わる事無く言葉が刻まれている物……と思っておけば良いだろうか。それは、今季風が手にしているような、文字に見える虫食いである事もあれば、井戸の底から出てきた石に文字が書かれていた、という物である事もある。

 讖緯と言われて思い出すのが、宋……いや、当時は漢――前漢か。とにかく、千年近く昔のかの国に現れた、王莽という人物だ。王莽は人為的な讖緯を利用し、自らが皇帝になるという予言を世に放ち、遂には前漢の歴史を終わらせて新という国を立ち上げるまでに至ったという。

 宋は宋、日ノ本は日ノ本、と思いたいが、宋の妖がこちらへ渡海してやってきた事がある……という話もある。もし、このもみじの葉の虫食いが、それに関わる物だとしたら?

 この邸の主人か……もしくは、それ以外の誰かが、帝を害し、その座に就こうとしてこの怪異を起こしているのだとしたら?

 これは……季風一人の手には負えないかもしれない。

 そう感じ取った季風は、一刻も早くこの邸を出て隆善に報告しなければ、と判断する。しかし、いきなり慌てて帰ったのでは、怪しまれるかもしれない。

 平静を装いながら、季風は葉を葛籠に戻し、蓋をする。そして、適当に選んだ別の葛籠に手をかけた。いくつかの葛籠を調べる様子を見せたら、上司の判断を仰ぐという口実でこの邸を辞そうという考えからだ。

 慌てないように、冷静に、冷静に。そうして開けた葛籠の中身を見て、季風は目を見開く。

 そこには、やはり虫食いだらけの葉の数々。それらの大部分が、焼け焦げたように黒ずんでいた。

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