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右京の西京極大路沿い、京の中でも北寄りの位置に、その邸はあった。大内裏から近いのはありがたいが、こんな場所に住めるという事は財産か権力か、もしくはその両方を持っている人物であるという事だろう。
なるほど、たしかに厄介だ。そう思いながら、季風は門をくぐる。どうやら隆善が予め文を送っておいてくれたらしく、邸の中からはすぐに応対の人間が出てきてくれた。
そして、即座に正殿へと通され、ほとんど待たされる事も無く邸の主人である老人がやってくる。本当に、相当待たせたのだろうな、と申し訳なくなるほどの速さだった。
邸の主人は、歳は七十に手が届くか届かないかといったところだろうか。歳の割には元気で、背筋は真っ直ぐに伸びているし、声にも張りがある。血色も肉付きも悪くないし、かといって肥えている印象も受けない。
事前に聞いた話によれば、趣味は蹴鞠で、今でも数日おきに若い公達を招いては、庭で鞠を蹴っているらしい。
こういった体を動かす事を好む人物は、特に素早い行動を好む。そして、何か粗相をしてしまった場合には、素早い謝罪と解決方法の提示を望む傾向がある。……ように思う。
季風は、まずは長らく放っておいた事を侘び、今日にでも詳しい話を聞いて調査に取り掛かる旨を述べた。すると、主人はにこにこと笑いながら手を振って見せる。
「いやいや、そこまで畏まらなくとも。そちらが常に、目が回るほど多忙である事は承知しておるし、誰かに危険が迫っているわけでもない。こうして来てくれただけでも、充分ありがたい事じゃて」
その言葉に、季風はほっと安堵の息を吐いた。これは、随分と仕事がやりやすそうな依頼人だ。
「それで、この邸で起こっている怪異とは、どのような……?」
概要は知っているが、当事者であるこの主人から詳しい話を聞きたい。それに、時が経った事で事情が変わってしまっている可能性もある。
主人は、心得たように頷くと、家の者に水と酒を持ってこさせる。話が長くなるので、飲みながら話そうという事のようだ。
季風が酒を飲まぬかもしれない、という可能性を考慮してか、水も用意してくれた事が嬉しい。飲めないわけではないが、できれば職務中に飲酒は避けたいと思っている季風である。
勧められるままに水を飲み、主人は酒を口にする。そうして唇を湿したところで、主人は口を開いた。
それは、年が明けてすぐの事。梅の花が咲き始めた、春の初めの出来事であった。
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