第2話 深宇宙探査船「かがやき」

 「かがやき」の多目的体育館は、バーチャルスタジオ仕様になっていた。体育館と首相官邸のホールは、中継回線でつながり、細野たち乗組員たちは、官邸のホールにいる感じになっていた。出発式典が行われ、首相やメディアの記者たちは、首相官邸にいて、細野たちはバーチャルにそこに存在していた。型通りの式辞が述べられ、型通りの記者によるインタビューが行われていた。インタビューは、ハイパーエリートで船長の城之内、エリート通常人の土屋と江本がほとんど受け答えし、細野、川田、藤原の通常人は、たまにふられるだけであった。細野は、飽きてきたので、バーチャルスタジオに投影される映像の切れ目がないかどうか、探していた。 

「細野さん、細野さん、今回のメンバーとは、お知り合いのようですが」

記者の一人が突然、細野に質問してきた。細野は、少し間を置いてから質問されていることに気が付いた。

「はっはい。2ヶ月ほど前に、カタパルトに特務員の調査団が来たので、その時に案内したのが私です。初対面ではありませんが、知り合いと言うほどでもないです」

「これも何かの縁でしょうか。とにかく知り合いばかりで楽しい旅になりそうですね」

記者は、原稿の余白を埋める時に、使うネタを集めているようだった。

「縁ですかね、でも川田さん、藤原さん、土屋さんの3人だけですけど」

「えっ、カタパルトの調査団は3人だけですか」

記者の目が鋭くなった。

「いえ、まだ…」

細野が言いかけると、城之内がバーチャルスタジオのスイッチをオフにする。一瞬にして「かがやき」の体育館に戻った。

「あの記者は、神崎のことをあなたから聞き出そうとしているのよ。引っかからないようにね」

城之内は、そう言って少し間をおいてから、スイッチをオンにした。

「太陽風の影響かしら、ちょっと回線のつながりが悪くなりましたが、すぐに復旧させました」

城之内が、開口一番言う。

「さすがにハイパーエリートの城之内さんだ。数秒以内で、復旧させられるなんて」

記者は褒めたたえていたが、目は笑っていなかった。

 その後、インタビューがいくつかあり、予定の時間が来た。 

「それでは、皆さんのご健闘を祈ります。行ってらっしゃい」

中林首相が締めくくった。官邸の細野たちのバーチャル映像は、SF映画のような演出で消えた。


 細野たちは、重力がある居住区画の総合コントロール室に集まっていた。護衛艦で言えばブリッジのようなものだが、ここは操船の他にブリーフィングルームのような役割も担っていた。総合コントロール室には、主スクリーンを囲むように馬蹄形のテーブルがあり、そこに各自の専用席が設けられていた。乗組員は、それぞれ担当する複数の通常任務があった。細野は農場区画と船体メンテナンスを担当していた。通常人は、たいていの場合、2つ兼務していた。しかし、ハイパーエリートの城之内は、船長、探査隊長、操船、エンジンのメンテナンス、低温核融合炉の監理が通常任務になっていた。能力に応じて負担が分けられていた。

 「みんな、座ったかしら。特にシートベルトの着用はないけれど、出発します」

城之内は、主スクリーンの正面の席から、左右の乗組員たちに声をかける。藤原は、城之内の声を受けて、自分の席の前にあるタブレット端末のエンターキーを軽く押す。藤原も操船を担当していた。主スクリーンには、船外カメラの映像が8分割画面で表示されていた。エンジンを近くのカメラが、ロケットの噴射を音もなく映す。僅かに船体に振動が伝わるが、宇宙船が進み出した感はあまりなかった。あっけなく、

「かがやき」は航宙し始めた。


 出発2日目。自室で映画を見ていた細野のスマホに着信がある。『かがやき』の船内LANは乗組員各自が持っているスマホが使えるようになっていた。KAI(『かがやき』搭載の人工知能)から連絡で、船体補修ロボットの1-Cに不具合があり、捕獲するようにとのことだった。スマホで1-Cの現在位置を確認すると中央船体のハッチ付近で点検作業をしていた。細野は、三層構造の第一居住区画から、中央船体に向かった。まだ新品のはずなのに、もう不具合があるとなると、この先思いやられる気がしていた。通路を伝わって中央船体に近づくにしたがって、人工重力なくなっていく。

 細野は、中央船体内の通路を浮遊してハッチの所までたどり着いた。スマホで1-Cに緊急リターンコマンドを送信した。すぐにハッチの外扉の所に1-Cが戻ってきて、外扉が閉められ、内扉が開いた。1-Cは、関節触手を巧みに操り、細野の前まで漂ってきた。細野は1-Cの電源を切って、裏ぶたを開けて、スキャナーをかざした。しかし、どこにも不具合などなかった。

「細野様、不定期訓練、お疲れ様です」

細野のスマホからKAIの男性の声がした。

「なんだ。抜き打ちの訓練か。KAIは、これからもこんなことをするわけか」

「はい。単調な船内生活では、気がたるむことがあるので、必要なプロトコルです」

「それにしても、まだ2日目だぜ。他の乗組員にもやっているのか」

「はい」

「それじゃ、俺は自室に戻るから」

「どうぞ自由な時間をお過ごしください」


 『かがやき』は、人工重力がある第一居住区画、第二居住区画、第一農場区画、第二農場区画、無重力の中央船体で構成されていた。細野の居室は第一居住区画の二層目、一般的には二階にあった。第一居住区画は私的空間、総合コトンロール室や多目的体育館がある第二居住区画は、公的空間の意味合いが強かった。船内は日本時間が採用され、部屋の疑似窓などには昼と夜の景色が投影されていた。各区画の六面の壁面は、厚さ3mほどあり、宇宙線や微小隕石などを防いでいた。しかし中央船体は、人が長く滞在しないので、壁面の厚さは2mほどになっていた。「かがやき」は、居住区画などを先端につけた支柱を回転させながら、宇宙空間を進んでいく。小惑星帯にある跳躍点を通過する時以外は、常に回転させ遠心力による人工重力を生み出していた。


 細野は、跳躍点のつながりを模式的に表した3D映像を眺めていた。sol-6、sol-10、sol-18、sol-29、sol-57と記された5ヶ所が点滅していた。太陽系から出るには、このどれかを通過する必要があった。

 「細野様、農場区画の見回りのお時間です。特に牛に対するスキンシップをお願いいたします」

「わかった。スキンシップは管理ロボットでは無理だからな。おいしい牛乳が搾れるように撫でてくるよ」

細野は、自室を出て、農場区画に向かった。

 居住区画の3階の階段を上り、農場区画に入った。ここも3層構造で、一層目が畜産層、二層目が穀物層、三層目が野菜工場になっていた。照明は全てLEDで、各層の高さは12mほどあり、畜産層は、その中でさらに二層になり、畜舎と草の生えた放牧場に分かれたり、養鶏施設もあった。

 細野は、牛の畜舎に行く。そこには、この日、担当になっているもう一人の乗組員の土屋がいた。

「牛の具合はどうです」

細野は、元気そうに啼いている牛たちを見ていた。

「奥から3番目の牛が食欲がないみたいね」

「運動不足かもしれない。放牧しましょう」

「簡単に言うけど、この7頭を連れ出すのは、大変よ。細野さんは牧畜の経験があるの」

「やり方は、KAIに教わったから、大丈夫だと思うけど。放牧は今日が始めてなんだ」

「まぁ、こうやって新しいことを覚えていくのも、宇宙船心理学では、精神衛生上、意味のあることらしいけど、なんかねぇ」

「つべこべ言わずに、やってみましょうか」

細野は、畜舎の扉を開けていた。

 「牧羊犬は使わないのですか」

KAIの声が細野のスマホを通して聞こえてきた。

「えっ、そんなものいるの」

「そうそう、牧羊犬のこともマニュアルに書いてあったわ。KAI、牧羊犬を呼んで」

土屋が言うと、畜産層のどこからともなく、犬が2匹走ってきた。

「なんだ、よく読んでいなかったよ」

細野が言うと、土屋はただの通常人は、これだからしょうがないというような顔をしていた。土屋は、調査団の時は、人当たりが良さそうに見えたが、いざ、一緒に閉鎖さされた空間で暮らすようになると、だんだん本性が見え隠れし出した。

 牛たちは、犬によって放牧場に誘導され、草を食んでいた。

「なんだか、この景色だけ見ていると、宇宙船の中にいるとは思えませんね」

細野は、放牧場の石に腰を下ろしていた。

「細野さん、休んでないで、上の穀物層もチェックしに行かないと」

土屋は、任務で頭がいっぱいのようだった。エリート通常人とは言え、やはり通常人の一種であった。ハイパーエリートのような、完璧さの中にある余裕と言うものがないようだった。ハイパーエリートは、エリート通常人と通常人を見下し、エリート通常人は、ただの通常人を見下すという、人間関係は、いつの間にか暗に構築されていた。法的には平等となっているが、3つの階層があり、階層間の結婚は稀になっていた。国境の厳格化や国際不協調、階層社会、地球全体の都市化が21世紀後半の地球の特徴であった。


 城之内は、多目的体育館でKAI相手にバーチャル卓球をしていた。彼女はアクロバット的な動きで相手の玉を次々と打ち返す。ラリーは既に15分間続いていた。KAIは、男性の映像を投影し、巧みに玉を繰り出してくる。KAIがひときわ強くスマッシュしてくる。玉はネットをかすめて台のコーナーに当たって高く跳ね上がった。通

常人の運動神経なら、絶対に取れない玉だが、城之内は、敏捷に動き、大きくジャンプして玉を打ち返した。玉はKAI側の台のコーナーギリギリに入り、相手は取れなかった。城之内に点が入りゲームセットとなった。

「さすがにお強い。城之内様、この次は、レベルを最上級にしてお相手いたします」

KAIは、感情のない声で言う。

「KAI、今のが最高レベルじゃないわけ、なんだ、もう一段上があったの」

「はい。通常人モードでは、最上レベルですが、まだ上があります」 

「とりあえず、良い汗がかけたわ」

城之内は、額の汗を軽くぬぐっていた。

「城之内様、地球からビデオメールが入りました。どちらで見ますか」

KAIの声は城之内のスマホから聞こえてきた。

「バーチャルスタジオに転送して」

城之内が言うと、卓球台が消えて、宇宙省大臣室の映像になった。

「やぁ、城之内船長、元気にやっているかね。地球を離れるに従って、タイムラグが大きくなってきたので、ビデオメールにしたよ」

宇宙大臣室長の寺脇が執務デスクに座っていたが、ゆっくりと立ち上がり、デスク近くのモニターの前に立った。

「防衛省筋と、我が特務員の報告によると、中国とアメリカも新たな系外居住域を増やそうと、極秘裏に武装した探検船を送り出していることがわかった。未知の星系で競合する可能性が高まるので、注意してもらいたい。『かがやき』には、隕石除けの小型加速砲しか搭載していないので、無理な戦闘は極力避けて欲しい」

寺脇は、再び席に座座り、そこで映像は停止した。

「室長、よくわかりました。とにかく発見した惑星などは、第一発見者であることを克明に記録しておきます。これがどれだけ効力があるかわかりませんが、宇宙サミットで占有権を主張する根拠になりますから、以上」

城之内は、手短に答えていた。この返信は、4分程後に地球に届くはずであった。


 総合コントロール室の主スクリーンに映る火星は、画面の半分近くを占めていた。この時間帯は、城之内が非番のなので、副船長の江本がいた。

「川田君、加速砲の出力を小荷物射出用に落としたか」

江本は、加速砲発射室にカメラを切り替えていた。

「はい、弾丸レベルで新鮮な牛乳とか野菜の種を飛ばしたら、燃え尽きてぐちゃぐちゃになりますから」

川田は、胸ポケットのスマホに話しかけていた。

「そろそろだな。準備はいいか」

「はい。KAIによる自動射出でなく、手動となると緊張します」

「いつも自動でできるとは限らないから、良い訓練になるだろう」

江本は、総合コントロール室の時計を見ていた。

「射出!」

江本は、時計の表示が20:05を表示すると叫んだ。川田は、冷静に目の前の時計を見て加速砲のスイッチを押した。

 『かがやき』の中央船体から、小包カプセルが射出され、火星の方向に吸い込まれるように飛んで行った。

「火星のタルシス基地で搾りたての牛乳が飲めるなんて、思ってもみなかったでしょうね」

川田は、緊張がほぐれて、気楽そうにしていた。

「牧場がある宇宙船は、そうそうないからな」

「しかし、なんで7頭も牛がいるんですか」

「良い入植地が見つかったら、証拠として放すためなんだ」

「今回の探査で、放せる惑星や衛星が見つかりますかね」

「いや、絶対に見つけないとな」

 小包カプセルは、火星の薄い大気圏内に入り、パラシュートを開くが、地球のようには行かず、落下速度がある程度落ちるだけであった。そのまま行けば、火星表面に激突してしまうが、表面近くで爆発が起き、カプセルはエアバッグに包まれる。白い丸い球体は、弾んで転がり、弾んで転がりを繰り返し、しばらくすると止まった。タルシス基地から来ていた回収ロボットローバーが、5キロ程離れた所から、着地地点に向かい始めた。


この日夜勤の細野が、総合コントロール室に向かう緩いカーブ描いている通路を漂っていると、加速砲発射室から総合コントロール室に戻る川田と一緒になった。

「今日のメイン・ミッションの牛乳配達は成功したかい」

細野は、中央船体のハッチ付近にいた川田に声をかける。

「バッチリですよ。先ほど、タルシス基地の田中隊長からお礼の通信が入りました」

「それは良かった。しかし、火星もいつまで、国際協力の場でいられるか時間の問題だな」

「さっきの通信では既に中国とアメリカの領有権争いが始まっているようでした」

「そうなのか。思った以上に早かったな」

「今の世の中、火星間宇宙船や系外宇宙船が持てないと、話しになりませんよ」

「火星に基地を持っているのは、日本、アメリカ、中国、ロシア、イギリス、インド、ドイツとフランスを主体とした旧EUだけだから他の国は、文句すら言えないだろうな」

細野は、通路の手すりをつかみ進み始めた。


 「かがやき」が火星を後にして5日後、総合コントロール室に乗組員全員が集まっていた。

「私がKAIと検討した結果、出した結論がこれです」

立っている城之内は、ホワイトボード・スクリーンに映し出られている跳躍点図を指さす。

「太陽系の跳躍点sol-6でオシリス星系に入り、36日かけて跳躍点osi-2に行き、そこからタルト星系に入り、42日かけて未踏の跳躍点tar-9に行き、そこから新しい星系に向かおうと考えています」

城之内は、自席に座る。

「アメリカのアトラス星系につながっているtar-1は、何日でたどり着くんでしたっけ」

藤原は、タルト星系内で一番近い跳躍点を見ていた。

「tar-1は、行程25日目の所にあるけど、基本的に行くつもりはないわ」

「他の跳躍点sol-10、sol-18、sol-29、sol-57はどこに通じているのですか」

細野は、太陽系の跳躍点を見つめていた。

「sol-10以外は、火星から遠い所にあるので、無人探査機が1回通過を確認しただけで、どこに通じているかは、ハッキリと特定されていないのよ」

「それではsol-10は、どこに通じているのですか」

土屋は細野が言う前に質問した。

「中国が盛んに利用しているけど、成果は出ていなみたいね」

「後発の日本は、いずれにしても未確認や未踏の跳躍点ということになりますか」

江本も太陽系の跳躍点を見つめていた。

「副船長と細野さんは、太陽系の跳躍点から探査したいようね。それも検討したけど、tar-9経由の方が、不測の事態があった時、アメリカのアトラス星系に行けるので、危険度は軽減されると判断したの」

「そりゃ、中国の星系に行くよりは、いいや」

川田は、ようやく発言の機会があった。

「sol-6は、3日後に到着だから、気を引き締めて行きましょう」

城之内は、締めくくっていた。

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