90.戦いの始まり

 しばらく嵐の様な殺気をぶつけ合いながら、睨み合いを続けるアスカとケンジ。

 ケンジは背負った大剣には手を掛けていないが、今にも彼女を両断しかねない殺意の気を放ち続けていたが、同時に冷や汗を掻いていた。彼の脳裏にはアスカに真っ二つにされる自分の影が映し出されていた。それ程に彼女の殺気は強く、彼を大きく上回っていた。

「……本気か……アスカ……」残念そうに口にしながら、つい大剣の柄に手を伸ばしそうになるケンジ。それ程に今の彼には余裕が無かった。

「あぁ……本気だ」色々な意味合いの『本気』を伝え、鋭い眼光で彼の目を射抜く。

「わかった……」ケンジは折れた様に彼女から目を背け、道を譲る。それを見た周囲の隊員は我慢していたため息を大きく吐き、数人腰を抜かす様に壁にもたれ掛った。

 アスカは彼には目もくれず、真っ直ぐな視線で歩き始めた。

そんな彼女の背に向かってケンジが口を開く。


「いいか! 今だけだ! 次に会った時、容赦はしない! 覚悟しておけ!」


 そんな言葉には何も返さず、アスカは基地の出口へと向かった。

基地の外には、ドンオウ率いる部隊が待ち構えていた。

「直ぐに引き返すなら良し。もし、このまま進むなら、ケンジには悪いが……叩き潰す!」

「出来るならな……」アスカは指骨を鳴らした。



 その頃、反乱軍はウォルターの帰りを今か今かと待っていた。今回の作戦を決行するか中止するかは、彼の持ち帰る裏切り者の情報にかかっていた。

 リーダーのゴウジは痺れを切らしながらテントを出る。

「ウォルターは何をしている! このままでは機を逃す! 新兵器が起動したら、我々に勝ち目は無くなる! くそ、どうすれば!!」

 そんな彼の目の前にサブロウが現れる。

「ワシも独自に調べたが、裏切り者の兼については取り越し苦労だったようだ。機甲団の情報網が優れているといった所だ」

「そうか……で、ウォルターは?」

「先に現場で待っているそうだ。ワシの調べによれば、このまま進軍しても問題は無い。多少の迎撃はあるだろうが、この軍なら耐える事が出来るだろう」

「そうか! では、そろそろ行こう!」と、彼が腕を掲げると、皆が張り切って準備をし、馬に乗って声を上げる。

 そんな彼らを見て、サブロウは誰も見られない角度で不気味に微笑んでいた。



 スカーレットは布団の上で座禅を組み、ヴレイズから教わった瞑想を行っていた。何をどうすれば結果が出るのか、彼女自身には理解できていなかったが、多少の手応えを感じていた。身体には静かな電流が奔っており、萎んでいた筋肉が戦闘準備を進める様に膨らんでいた。

「よっ、元気になったみたいね」そこへヨーコが現れる。気付いていたのか、スカーレットは落ち着いた様子で彼女の方へ向き直る。

「お陰様で。いい村だね、ここ」

「私の生まれた村だからね」因みに彼女を助ける様に裏から手を回したのはヨーコであった。

「で、何しに来たの? 私と決着をつけに来たの?」

「それは明日で。今日は話をしにきたのよ」と、ヨーコは彼女の目の前に座った。すると、彼女を知っているのか家主が自然にお茶を彼女の膝元に置いた。「ども」

「……あんた、なんで機甲団に……魔王軍に入ったの?」差し出された茶を啜りながら、スカーレットが問う。

 ヨーコはしばらく黙った後、ゆっくりと口を開いた。

「……ゴミの中で拾われたからよ。最初はこの国の為、戦い続けていたけど……結局、役立たずと罵られ、罰だとか言って手足を切断され……」と、茶を一口啜る。

「国の為、か……私も母国の為に戦ったけど、いつの間にか国家反逆罪をかけられて、罪人として追われの身となったわ」

「似ているわね、私達」ヨーコが照れくさそうに笑い、スカーレットも微笑み返す。

「馴れ合う気はないけどね」釘を刺す様に口にする。

「ま、敵同士だしね。協力する気はないけど、一方的な戦いは好きじゃないの」と、ヨーコは立ち上がりながら一枚の書類を取り出し、渡す。

「これは?」

「明日の作戦司令書、よ。私やケンジ、ドンオウの持ち場が書かれているわ。ま、それだけだけど。今から1日でどこまで出来るか……私に見せてみな」と、ヨーコは踵を返して家から姿を消す。

「……面白いじゃん」スカーレットは全身に稲光を蓄え、体内の戦闘準備を整えた。



 エレンことマリオンは堂々と基地内を歩き回り、書庫で書物を読み漁っていた。その殆どは医療書物ではなく、格闘術などの戦闘技術の載った書物であった。

「人間の治し方、壊し方の知識は十分だけど、こういう知識は見たり聞いたりするだけで、本腰を入れて勉強したことがないからなぁ~」と、どこからか手に入れた煎餅を齧りながら書物を捲る。

 すると、彼女を見つけた隊員が警棒片手に駆け寄る。

「貴様、ここで何をしている!! 診療室へ戻れ!!」

「いやだ、と言ったら?」顔も目も向けずに口にするマリオン。

「捕虜の癖に生意気な!!」と、警棒を一振りした瞬間、彼の手首、肘、肩が明後日の方向へ曲がり、三節昆のようにダランとなる。何が起きたのか理解できず、悲鳴を上げる。

「ふむ、関節は簡単に外せるし、タイミングも呼吸も読める。これが猛者に通用するかどうか……」と、もう一冊の体術書を開き、目を落とす。

「てかお前、魔法医だろうが!! なんてことをしやがる!!」

「魔法医は休業中なんだな~ 今のアタイは、いわば守護者かな? あんたみたいな小物相手なら楽なんだけど、ね!!」と、一瞬で彼の背後へ回り込み、首の下を打って気絶させる。「ちょろいやつだ」

 マリオンはそのまま書庫を立ち去ろうとするが、それを引き留める様に足がピタリと止まる。

「……はいはい、わかったよ! 治せばいいんだろ!」と、隊員の外れた関節を一瞬で元に戻し、炎症を回復魔法で癒す。「さて、大体身を守れるようになったし、逃げるかな」



 アスカは4人のパワードスーツ装備の隊員に囲まれていた。彼らの手にはサンダーロッドやエレメンタルガンが握られ、彼女に向けていた。

「さて、どうする?」ドンオウは腕を組みながら得意げに笑う。

「……近づき過ぎだ」アスカがポツリと口にした瞬間、隊員たちはガラガラと倒れた。

「?!? 何の冗談だ?!」目を丸くし、倒れた隊員を見る。彼らは皆、白目を剥いて昏倒していた。

「分厚い装甲の上から上手く衝撃を与えた。どれ」と、アスカは足元に落ちたサンダーロッドを拾い上げ、軽く振る。「打撃武器としてギリギリだな」

「この俺とやる気か? 面白い!」ドンオウは他の隊員を下がらせ、一歩前に出る。

「図体の大きいヤツとは幾度も無く戦ってきたが、ただのデクノボウと戦うのは初めてだ」アスカは珍しく挑発するようなセリフを吐き、ニヤリと笑った。

「貴様、後悔させてやろう!!」ドンオウは間合いを詰め、勢いよく掴みかかる。

 アスカは不敵に微笑んだまま微動だにせず、ドンオウにそのまま頭を掴まれる。

「このまま頭蓋骨を砕いてやろう!!」と、スカーレットにやったグランドクローを容赦なく放つ。全力で打ったのか、いきなりバキンと言う音が鳴り響く。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ドンオウはアスカを掴んでいた手を離し、痛みに悶絶しながら後退した。彼の手は粉々に砕け、ガントレットの間から血が滴っていた。

「リノラース殿の足元にも……いや、比べるのは失礼だな。その程度の大地魔法……一度大地使いと交戦すれば対策はいくらでも打てる」と、悶絶するドンオウを見下ろし、鼻で笑う。

「貴様……舐めるなぁ!!!」と、ドンオウは着こんだパワードスーツをガラガラと脱ぎ捨てる。彼は熊の様な野性的な筋肉を露出させ、腕を広げた。

 彼のパワードスーツは身体能力を向上させるものであったが、同時に肉体を改造して鍛え上げ、スーツ無しでも超人的な力を発揮できるようになっていた。いわば超人製造用スーツであった。

「どうだ!! 今や俺はスーツ無しの方が力を発揮できるのだ!! 貴様程度の小娘、一瞬で揉み潰してy」と、向上を垂れている間にアスカは彼の脇腹に肘を入れ、一発で気絶させた。「オゴォ!!」

「……武器を使うまでもなかったか……さて、私の装備は何処かな?」と、サンダーロッドを捨て、武器庫を探す様に周囲を見回した。

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