89.目覚める……誰?!

 アスカが診療室を去った後、数分後にウォルターがゆっくりと目を覚ます。エレンの治療が身体と精神を行き渡り、完全回復していた。

「俺は……はっ、こうしている場合では! ここは?」と、起き上って周囲を見回す。彼はずっと気絶していた為、状況が上手く飲み込めずにいた。

「起きたか、ウォルター」タイミングよくリクトが現れる。彼はエンジャの兜を指先でクルクルと回し、弄んでいた。彼はウォルターが寝ている間の出来事を適当に伝え、兜を投げてよこす。

「これは……?」憎きエンジャの兜だと気付き、眉を顰める。

「目覚めたアスカが起きぬけにやりやがったんだ。大したもんだよ全く……」自分の仲間が殺されたわりには嬉しそうに語る。

「アスカさん? いや、こんな事が出来るのはロザリアさんか……俺もこうしてはいられない!」診療室を出ようと足を進めるウォルター。そんな彼の前にリクトが立ち塞がる。

「おっと、その前に……」

「倒してから通れ、と?」目を鋭くさせ、額に血管を浮き上がらせる。

「いや。お前が奔ろうとしているのは構わないが……どこへ向かって走ろうとしているのか聞きたいと思ってな」

「俺は……」と、リクトの話から自分が成すべき事を整理する。

 当初の目標は魔王軍新型兵器の破壊であった。その上で反乱軍が兵器破壊の為に進軍を開始していたが、裏切り者がいる事に彼は勘付いた。

その為、この街で反乱軍の裏切り者に関する情報を手に入れようとし、サブロウが裏切り者であると知ったが、代償として捕まり拷問され、ウォルターの持つ情報をエンジャに搾り取られたのであった。その情報は紙に起こされて情報保管室に整理されていた。

「サブロウを見つけ出し、倒す」

「その先生が何処にいるのか知っているのか?」と、懐から何かしらの情報が記された紙きれを取り出し、彼の前でチラつかせる。

「……お前は一体何がしたいんだ? どっちの味方なんだ?」

「俺は……この国の味方だ。ケンジさんと違ってな」



 アスカは患者用ローブを着たまま、素足で基地内を隠れる気も無く歩き回っていた。周囲の隊員たちはアスカの顔を知っており、ケンジのツレだと認知していた。

 が、彼女の背後からエンジャが殺害されたと知った隊員たちが現れ、エレメンタルガンを構える。

「止まれぇ! 例えケンジ隊長のツレでも見過ごせん!」と、5名の隊員たちが安全装置を解除してトリガーに指を掛ける。

「そんな物で私を止められると思っているのか?」アスカは眉を吊り上げ、髪をゆらりと立てながら振り返る。彼女の表情はここへ来た時とは打って変わって自信に満ち溢れていた。

「ハッタリを言うな! このエレメンタルガンはアーマーベアの装甲も貫通できる代物だ! 生身の人間ならひとたまりもないぞ!」と、脅す様に一歩近づく。

 するとアスカはズイズイと間合いを詰め、銃口の前に顔を突き出した。


「撃ってみろ」


「何?」隊員のひとりが鳥肌を立たせ、冷や汗を背筋に垂らす。

「どうした? これが通用すると思うなら、そして私を止めたければ迷わず撃て」

「な……舐めるな!」トリガーを引こうとした瞬間、アスカの目から悍ましい何かが飛び出し、彼の体内へと入り込む。それが背筋から足先まで駆け回り、指先を凍らせた。その殺気は他の隊員にも入り込み、全員その場から身じろぐことも出来ずに固まった。

「殺される覚悟も無く、得物を握るんじゃない」回れ右をした瞬間、駆け付けた隊員たちはその場に倒れ、数名失禁した。見物していた隊員たちはその場から動けなくなり、アスカがこの廊下からいなくなるまで生きた心地はしなかった。

 アスカは遠慮なく基地内を素足で歩き回り、せめてマシな着る者を探した。

 すると、騒ぎを聞いて駆け付けたケンジが目の前に現れる。

「アスカ! 目を覚ましたんだな!!」エンジャ殺害の事は棚に上げ、愛しの妻に近づく。

「ケンジ……」彼の広げる腕に飛び込みたくなる衝動を抑えて一歩我慢し、両拳をギュッと握る。

「流石エレンさんだな! 昔の……あの頃の強いアスカだ!」ケンジは目に涙を溜め、鼻先まで近づく。

「ケンジ、今は貴方の腕に飛び込む訳にはいかない……私にはやるべき事がある」

「なんだ? まさか、あのロザリアってヤツの記憶が?」

「いや、ロザリアも私だ。彼女あっての私なんだ。私は戦わなくてはならない」

「もういいんだ! 誰とも戦わなくていい! これからは俺の隣にいるだけでいい! 安全な場所で、昔みたいに子供たちに剣術を教えてさ……いいだろ?」

「それも悪くない。全てが終わったら、それも……だが、今は戦う事をやめるわけにはいかない。私の装備はどこにある?」

「……ロザリアってヤツの記憶が邪魔しているんだな! またエレンさんに頼んで、そいつを消して貰おう!」

「……ケンジ? 私は昔の私じゃない。今の貴方が昔のケンジでは無いように、私も、」彼女の言葉に反応してケンジが胸倉を掴む。

「俺が昔の俺じゃない? 俺は変わらない! 確かに身体は連中にズタズタにされ、半分は機械に変わっている。だが、心は変わらない!」掴んだ右腕は胸にかけて機械で出来ており、下半身も所々機械に変わっていた。

「国を裏切り、魔王軍に鞍替えしただろう?」

「こんな国、救う価値はない!! いや、魔王軍が救いに来てくれた! 俺も、死にかけていた俺も救ってくれた……」

「そんな魔王軍がこのヤオガミに兵器を作らせ、悪事の片棒を担がせようとしているんだぞ?」

「黙れ! こんな国……取り潰されてバルバロンに飲み込まれた方がましだ! お前も散々味わっただろ? この国は、踏みにじられた国民を助けようとはしない! ただ絞り取り、踏みにじるだけだ!!」

「それでも、私はこの国に生まれ、育まれた。父も母もこの国を愛していた。そんな大地が、憎き魔王軍に侵されている。それを見過ごす事は出来ない!」

「魔王軍を悪く言うな!!」ケンジは反射的に彼女を突き飛ばしたが、アスカは像の様にビクともせず、狼狽する。

「ケンジ。私は貴方とは戦いたくない……どいてくれ」

「断る。大人しく、全てが終わるまで、俺の部屋で待ってろ」ケンジは殺気を帯びた目で彼女を睨み付ける。

「やはり変わったな、ケンジ」アスカは丸腰であったが、全く弱みを見せない表情で睨み返した。



 ウォルターはリクトから情報の書かれた紙片を受け取り、診療室を出ようとする。すると、リクトが彼を引き留め、ベッドを指さす。

「なんだ?」

「散々お世話になった大先生に礼を言ってから行け……」彼の指す先にはエレンが静かに眠っていた。

「なっ……エレンさんに何をしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」気配すら感じない程に弱り果てた彼女を目にし、ついリクトの胸倉を掴んで壁に叩き付ける。

「エンジャに拷問されたんだ。で、最後の力を使ってアスカを治療した、って聞いた」

「な……エレンさん!!」ウォルターは取り乱して彼女の眠るベッドへ駆け寄り、揺り動かす。ウォルターはそこで初めて涙を目に溜め、咽び泣いた。

 彼は今迄何度もエレンに助けられ、治療を受け、返しきれない恩を受けていた。同時に自分の不甲斐なさを奥歯で噛みしめ、天井目掛けて咆哮した。

 すると、エレンがカッと目を覚ましガバッと起き上って彼の顔面を思い切り殴りつけた。

「んがっ!! な? え?」目をパチクリさせ、起き上ったエレンを見る。彼女は今迄と気配がまるで違っていた。


「うるせぇんだよ、バカ!!」


 今までの彼女とは表情の作り方、身のこなしも別人の様に変わっており、ウォルターは混乱した。

「……エレンさん?」リクトも異変に気が付き、首を傾げた。

「『エレン』はお休み中~ アタイはそうねぇ……マリオンとでも呼んで頂戴な」と、マリオンと名乗る者はエレン自慢のポニーテールを解き、自分好みの髪型に変えようと鏡を見る。

「?????」ウォルターとリクトは顔を合わせて首を傾げ、まじまじとマリオンを見た。

「じっと見てる暇があったら動きなよ! やる事があるんじゃないの?」

「「は、はい!!」」と、ウォルターとリクトは揃って診療室を出た。

「さて、アタイはどうしようかな~」と、鏡に映った自分の顔を満足そうに見ながらニタリと笑った。

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