87.牙剥く炎者

「貴様! エレンさんを尋問する気か?!」ケンジは血相を変えてエンジャに掴みかかる。

「ナンダ? テキヲジンモンスルノハ、トウゼンダロウ?」目から炎を揺らめかせながら口にし、両腕を広げ、悪戯気に首を揺らす。


「コレハ、ウィルガルムサマカラノメイレイダ」


「な! ウ、ウィルガルム様の……命令……」ケンジは彼を掴んだ手を力なく離し、表情を更に強張らせた。

 ケンジは彼から直々に拾われた身であり、大層な恩義があった。更に彼はヤオガミを裏切り、魔王軍に付いた故、2度と主を裏切らないと誓っていた。故に、彼はウィルガルムからの命令は絶対に従った。

「ワカッタラ、ドケ」エンジャは彼を軽く突き飛ばし、エレンのいる医務室へと向かった。

「エレンさん……すまない……」彼はその場で立ち尽くし、俯いた。

 そんな彼を尻目に、エンジャは肩を僅かに揺らしながら炎を揺らめかせた。

「ギリガタイヤツホド、アツカイヤスイナ。バカメ」



 エレンはアスカの脈を計り、水分情報を読み取り、本格的な治療の準備を進めていた。近場のベッドではウォルターが未だに深い眠りについており、リクトは来るべきオロチ起動実験の護衛任務の調整を行っていた。

「さて、やっと貴女の番ですよ。今度こそ助けて見せます!」と、アスカの頭に両手を優しく添え、集中し始める。エレンは自分の意識を彼女の中へと移し、心の治療が可能であった。

「さ……私も集中して……」エレンは目を閉じ、深く息を吐く。

 すると、医務室の扉が勢いよく開き、無表情な鉄仮面を被ったエンジャが現れる。

「エレン・ライトテイル。イッショニ、キテモラオウカ」炎を揺らめかせながらズカズカと近づき、エレンの背後に立つ。

「今、治療中なのですが……あとにして貰えませんか?」彼女はうんざりした様なため息を殺しながら口にする。

「ダメダ。スグニキテモラウ」と、彼女のポニーテールを掴み、強引に立たせる。

「いたたたた! 乱暴な人ですねぇ! っていうか、ひと……ですか?」エンジャの見た目、そして放たれる独特な魔力を感じ取り、彼がただ者ではないと察知する。

「ヨケイナオセワダ。サッサトコイ!」

「はいはい……わかりました」エレンは深くため息を吐いた。

 


 その頃、ベンジャミン10冊以上あるオロチについてのファイルを読み終わり、眼鏡を外して目を擦っていた。

「デストロイヤーゴーレムには及ばないが、凄まじい兵器だ。だが、性能から察するにこいつは……デストロイヤーゴーレムの為の護衛艦ではないな。海岸、港、はたまた海上要塞を制圧する為の巨大兵器だ」と、手に持ったファイルを机に叩き付ける。彼は自分で持ってきた書類を広げ、オロチファイルと見比べる。

「ゼオの奴……何かを企んでいるな。父さんへの報告データとの誤差が大きすぎる。だからと言って、反乱を起こせる程の性能ではないが……何をする気だ?」今度はメモ帳を取り出し、勢いよくペンを奔らせる。

 彼はオロチに搭載されている兵器や魔力エンジン、更には動力炉に搭載された『あるモノ』を自分なりに噛み砕いて計算し、答えを導き出す。

「成る程……こいつでゼオは、父さんを超えるつもりか……」



 尋問室へ連れて来られたエレンは、椅子に座らされて両手を後ろ手に縛られ、固定されていた。

「月並みな事を言わせて頂きますが、私は何も吐きませんよ」エレンはこの国に来る前から、この様な目に遭う事を覚悟して来ていた。彼女は討魔団の『裏の司令官』と呼ばれる存在である為、実際はラスティーが行かせたくなかった程であった。故に、魔王軍の手に落ちれば、必然的にこの様な目に遭うのは確実であった。

「ミナ、ソウイッテ、ケッキョクハク」と、エンジャは籠手から炎を絞り出し早速、炎の幻術魔法を展開させる。この技は人間の5感の内の4つを支配し、意のままの悪夢を見せる魔術であった。

「んぬ? ぐ……これは?」エレンの目の前には何か人形の様なモノが倒れ、火に包まれていた。近づくと、正体がアリシアだと気付く。彼女はおよそ3年前のウィルガルムとの戦いの後のボロ雑巾の様な姿をしていた。真っ黒に焦げた恨めしそうな顔をエレンに向ける。


「どうして、助けてくれなかったの?」


「あ、アリシア、さん……」エレンは目を震わせながら後退する。後退った先には、血塗れになったヴレイズが立っていた。

「何故、あの時に見捨てた……」

「ヴレイズさん?!」

 更に足元には腰から下を失ったキャメロンが這いつくばり、エレンの脚に纏わり憑こうと手を伸ばしていた。

「あんたの脚を頂戴よぉ~」

「キャメロン、さん……」エレンは声を震わせたが、目を瞑って首を振り、口を開いた。


「なんて陳腐な幻術なのかしら! こんなモノで音を上げると思ったら大間違いですよ!!」


「ふむ、幻術……いや、精神に呪術プロテクトを施している様だな。あの子造の時の様に上手くいかないな……」悪魔の様な姿をしたエンジャが頭を押さえながら唸る。

「鋭いわね。で、貴方にはそれを解呪する腕はなさそうですね」

「その通り。だが、別の方法がある」と、片腕を上げ、炎を揺らめかせる。

 すると、エレンの身体を炎が包み込み、勢いよく彼女の体内へと入り込む。彼女の体内を炎の棘が電流の様に駆け巡る。


「わぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 幻術によるまやかしの様なモノであったが、それでも彼の炎の幻術は痛みを具現化する程強力であった。

 対してエレンは痛みに対する耐性は無かったが、自分自身に激痛を軽減させる水魔法を施していた。しかし、それは肉体的苦痛を軽減させるモノであって、この様な精神に直接働きかける激痛には耐えられなかった。

 が、彼女はもうひとつ『決して仲間たちの情報は吐かない』という暗示をかけており、例え普通に拷問されても、本人が屈したくても情報を吐く事は出来なかった。

「どんなに……私を痛めつけても、無駄です……」ポツリと口にしても、エンジャは籠手から炎を噴き出し、エレンの精神を強火で炙った。その度に彼女は天井を裂く程の悲鳴を上げ、白目を剥いて転がった。

「正直、情報なんかどうでもいいんだ」エンジャは跪き、彼女の顎をしゃくり上げる。

「な……に?」

「俺はなぁ、ただ悲鳴が聞ければ、それでいいんだ!!」と、エレンの腹部に腕を突き入れ、腸を焼くように灼熱を流し込んだ。



 数時間後、満足したエンジャはぐったりとしたエレンの髪を掴んで引き摺り、医務室へ放り投げた。エレンはピクリとも動くことなく床に転がった。

「マダカスカニイキテイル。ヒメイヲアゲラレルテイドニ、カイフクサセテオケ」と、踵を返して医務室を出た。

 医務室の魔法医が彼女に近づこうとすると、突如エレンは這いずり、アスカの眠るベッドへと這い寄った。

「あ……す……か、さ……ん……」弱り果てた身体を無理やり引き摺り、エレンはベッドへと手を掛け、淡く水魔法を纏った。

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