86.悪夢にうなされる戦士たち

 その日の朝、ベンジャミンは用意された客間で眼鏡を光らせながら書類を睨んでいた。彼は到着から眠っておらず、用意されていたファイルの内容を全て頭に入れ、自分なりに整理して纏めていた。

 そこへ同じく休み知らずのゼオが現れ、一礼する。

「休んでいない様子で……」彼の顔色を伺い、目を細める。

「時間が足りないくらいだ。ここの連中は新型クラス4エンジンを取り付けた兵器の扱いを知らなさ過ぎる。どいつもこいつも3流仕事ばかりで、立派なのは装備だけか」ベンジャミンは12歳らしくない意見を言い放ち、鼻でため息を吐く。

「明日にはオロチの起動実験なのだが、間に合いますか?」

「間に合わせる為にここへ来たんだ。君らこそ、僕の乗って来た飛空艇の整備は怠らないでくれよ?」

「は……で、あのお方は元気ですか?」

「父さん? あぁ……肉体は至って健康だが、デストロイヤーゴーレムの立ち合いで眠れていないよ。ま、長年の夢を叶える為だと張り切っているけどね」ゼオには目を一切向けず、書類に集中し続けるベンジャミン。

「私もオロチの完成の為、全力で取り組んでいます。我らが父の為……」と、言いかけた瞬間、ベンジャミンがギロリと目を向ける。

「父?」

「……失礼します」ゼオは彼が何を言いたいのかを察し、一礼して部屋を出て行く。

 ゼオの気配が完全に消えるのを確認し、ベンジャミンは鼻で笑いながらココアを口に付けた。

「……スペアボディが、父だと? フンっ!」



 太陽が頭上へ登る頃まで、エレンは目を閉じて集中し、ウォルターの治療に専念し続けた。髪を乱して大汗を掻き、息を上げるがそれでも彼女は止めず、彼の頭に魔力を集中し続けた。

「あれ、ずっと何やっているんですかね?」リクトは昼食を食べながらケンジに問う。

「俺に聞くなよ。わからん……が、アスカの事もああやって治療するんだろうな」

 しばらくすると、エレンはゆっくりと目を開け、椅子から崩れ落ちそうになる。それを慌ててケンジが支え、タオルを手渡す。

「「どうです?」」2人は同時に問う。

「やっと……落ち着きました。炎による幻覚、暗示で心を焼き尽くされ、更にトラウマも掘り起こされていました。それ以前に、彼は心に余裕が無く、今迄ギリギリでやってきたみたいでした。その無理が祟った様子ですね」と、渡されたタオルで額を拭き、胸元のボタンを外して一息吐く。

「大丈夫なのか? 本当に……」リクトはウォルターの表情を覗き込み、首を傾げる。

「いつ目覚めるのか分かりませんが……私の治療はひと段落しました」と、ヒールウォーターで濡らしたタオルを目の上に置き、力の抜けた声を漏らす。

 彼女はまず、焼け焦げた彼の心を優しく回復魔法で包み込み、岩の様に押し黙った彼の声を聞くため、辛抱強く語り掛けた。その間に彼の水分から過去を読み取り、優しい言葉を選んで慰めた。

 そこから彼女はウォルターがどんな情報を吐いてしまったのかを知り、それら全てを記憶に止めた。幸い、エンジャの尋問術は1流ではなかったため、そして必要以上にウォルターの心を痛めつけた為、ロクな情報を引きだせていなかった事を知り、安堵した。

 それから数時間かけて彼女は精神世界で彼を抱きしめ続けた。ウォルターは今迄、彼女からカウンセリングを一度も受けた事が無く、己の内に溜まった物を吐き出したことが無かったため、その反動であらゆる泣き言をぶちまけ、やっと落ち着いていた。

 その為、やっと彼は数年ぶりに安眠する事が出来ていた。

「みんな溜め込み過ぎですよ……」と、ケンジが淹れた茶を手に取り、一口飲む。上手くなさそうに表情を固め、指先からヒールウォーターの雫を垂らして多少マシに味付けする。

「ウォルターは何を吐き出したんだ?」リクトは興味津々で問う。

「……色々と。貴方には関係ないでしょう?」濡れタオルを退かし、うんざりした様な目で睨み付ける。

「関係あるね。コイツは弟弟子なんだ。俺なりに心配しているし、助けたいと思っている。頼む」と、リクトはいつになく真面目な表情で頭を下げた。

「そうですか……では、」と、エレンはグラスにウォルターの過去を宿した魔法水を注ぎ、手渡した。「飲んでください」

 彼は黙って飲み下し、目を瞑った。数分そのまま立ったまま止まり、深く息を吐いた。

「成る程……面白みのない男になる訳だ。だが、仲間には恵まれた様だな」と、エレンの顔を見る。

「えぇ、最高の仲間です。すいませんが、少し休ませて下さい。次はアスカさんの番ですが……万全で望まなければ」と、部屋の奥で眠る彼女を一目見た後に目を閉じて寝息を立てる。

「大した魔法医さんだ」リクトは頭を掻きながら笑い、診療室を出た。

「これならアスカを助けられる、か……」ケンジも安心した様に頷き、アスカの隣に腰を下ろし、彼女の頭を撫でた。



 真っ暗闇の中、スカーレットはガムシャラに腕を振るい、蹴りを放っていた。誰と戦っているのか、何を相手にしているのかわからぬままに殺気を立上らせ、虚空へ向かって吠える。

 すると巨大な手に頭を掴まれ、成す統べなく滅多打ちにされる。身に付けていた防具を砕かれ、自慢のガントレットとブーツを取られ、血達磨になるまで何者かに殴られる。真っ暗闇の地面に転がされ、踏みつけられる。

 そんな無力な彼女の目の前で、反乱軍リーダーであった父と兄が爆発四散して目の前まで飛び散る。

 彼女は喉が千切れるまで叫んだが、身体は芋虫の様にしか動かなかった。

 そして、今度は討魔団の面々が目の前に現れ、笑顔のまま一人ずつ火に包まれていく。



「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」大声を上げながら起き上り、呼吸を荒げる。ねっとりとした汗でぐっしょりと濡れ、口の周りは血で塗れていた。

「大丈夫かい、あんた? 歯を食いしばり過ぎて口ン中を切ったんじゃないか?」彼女を匿っている家主が濡れた布で顔を拭く。

「……す、すいません……」未だに割れそうに痛む頭を抱え、涙を拭く。

「あんた、また連中と戦うのか? こんなに傷ついて」スカーレットの身体を見た家主は呆れた様に口にした。彼女の古傷の上に更に古傷が重なっており、女性とは思えない身体をしていた。まさに戦士の身体であった。

「私は、戦えるのか……皆の役に立てるのか……? もう、守れないのか……」頭に浮かぶ負の声をポロポロと涙ながらに口にする。彼女は身体だけでなく心も疲れ果てていた。

「こりゃあ、長居しそうだな」家主はため息交じりに口にした。



 その頃、機甲団本部の会議室に再びケンジらが招集されていた。エンジャはウォルターから引き出した討魔団の内情を纏めた書類を提出し、自慢げに笑った。その内容は団の主要メンバーの名前と操る属性、兵隊の数、扱っている仕事内容などだけであり、重要な内容はなにひとつなかった為、他のメンバーは内心呆れながらため息を吐いていた。

 ドンオウは集めた部下の装備や明日の作戦内容を伝えた。彼は残り少ない反乱軍にトドメを刺すのが楽しみそうに語った。

 ヨーコはケンジと共にオロチの起動実験のガードを任され、スケジュールを事細かに読み上げた。

 最後にゼオは今回の起動実験にベンジャミンが立ち会うと告げ、会議を終えた。

「あの子が来ているんだ……」ヨーコは興味ありげに口にした。彼女の両手足の義手を作ったのは彼であった。

「俺の義手も診てもらわなきゃな。そろそろガタがきているからな」ケンジも義手を鳴らしながら参った様にため息を吐いた。

「さて、反乱軍はどう動くのか……楽しみだ」ドンオウは腕を組みながら口にし、身体を大きく揺らしながら笑う。

 ケンジが部屋を出て行こうとすると、彼の肩をエンジャが掴む。

「なんだ?」

「トウマダンノマホウイ、エレン・ライトテイルガキテイルンダッテナ?」興味津々の声を漏らし、兜から炎を漏らした。

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