73.お出迎え

 イモホップ港を出て8日目。ついにヤオガミ列島が眼前まで迫っていた。ロザリアの覗き込む双眼鏡にはうっすらと列島の影が映り、その周辺には無数のヤオガミ海軍の船が海域を警戒していた。

「港に着いたら、どう潜入する?」ロザリアはエレンに問いかけた。

「ラスティーさんが言うには……」エレンは彼から聞いた情報を元に頭を捻る。

このヤオガミではロザリアは本名であるフミヅキ・アスカとして20年以上前から指名手配されていた。更に、魔王軍はスカーレットもチョスコ国ボディヴァ家の生き残りとして手配されていた。

「その為、潜入中、2人には変装して貰います」と、エレンは荷物からラスティーから渡された変装道具を取り出し、2人に渡す。「サイズはあっている筈ですよ?」

「……こんなのを着るのは初めてだな」と、ロザリアは目を丸くしながら男物のスーツを眺める。

「これ、男物でしょ? いや、一応サイズは合って、って! いつ計ったんだ?!」スカーレットも驚きながらまじまじと眺める。

「変装するならスーツって、いつもお決まりですね。あ、ウォルターさんは別の部屋で待っていてくださいね!」エレンは既に耳と頬を真っ赤にしたウォルターの背中を押して部屋から追い出した。

 数分後、黒スーツに身を包んだロザリアとスカーレットが甲板に立つ。目深に帽子を被った2人は大きなサングラスをかけ、何故か付け髭をつけていた。

「胸がキツイな……」

「同じく」と、苦しそうに口にしながら咳をする。2人は胸に晒しを撒いていた。

 そんな2人を見てエレンが嬉しそうに拍手しながら跳び上がる。

「お似合いですね!! これならお2人だとバレないですね!」

「まぁ、バレないだろうが……武具はどうすれば?」

「心配無用です! ウォルターさん!」と、指を鳴らす。

 すると、呼ばれた彼が何かを重たそうに引き摺りながら現れる。それは棺であった。

「この中にロザリアさんの武具一式が入っています! あ、スカーレットさんのは鞄で事足りますよね?」と、大きなカバンを手渡す。その中にはガントレットとブーツが収められていた。

「この姿で棺……か」と、ロザリアは自分の体重よりも重い筈の棺を軽々と持ち上げ、肩に担いだ。「まぁ姿は問題ない。それに、」サングラスの向こう側の目を光らせ、ヤオガミ列島の方角を見る。

「バレても問題ない!」スカーレットは拳同士を打ち、自信満々の笑みを覗かせる。

「ダメです! これは潜入作戦ですよ!! 作戦を滞りなく進めるには、お2人の正体がバレないのが一番です!」

「「……そうですねェ」」2人はつまらなさそうに俯き、下唇を出した。



 エレンらが乗った貨物船はその日の夜に到着し、港へ入る。船内の積み荷が運び出され、それに混じってエレンらが埠頭に立つ。

「さて、これから北東へ向かいましょう」彼女らが向かう地にはこの国にいる小規模な反乱軍が潜んでいた。彼らと合流し、東にある首都へと潜入し、新兵器を破壊する算段となっていた。

「ここはサラオ港か。久々だな」ウォルターは胸一杯に港の潮風を吸い、昔を懐かしむ様に眼を瞑る。

「ウォルターさんはこの国で眼術の修行をなさったんですよね? 具体的にはどこで?」

「西のマログ村です。そこに眼術の師がいました」

「仲間も?」

「……あいつらは仲間ではありません」と、ウォルターもサングラスをかけ、エレンから顔をゆっくりと背けた。

「複雑なんですね……ロザリアさんは?」

「……何も思い出す気配はないな……」と、棺を片手に担ぎながら歩き始める。

「ここから歩いていくんですか?」スカーレットもロザリアに続きながら口にした。

「いえ、例の人らが用意した馬車が待っている筈です」『例の人』とは反乱軍の事を差した。ここでは誰が何を聞いているのか分からない為、エレンはボカしながら説明した。

「では、急ぎましょう」と、4人は足早にサラオ港を後にした。



「そういや今夜だったな。連中が来るのは」ウィルガルム機甲団のケンジがサラオ港近郊にある大倉庫の中で頬杖を突いていた。彼の眼前にはバンガルドに現れた16メートル級のドラゴン並に大きい像が座していた。

「で、いきなりコイツをぶつけるのか?」巨大なパワードスーツに身を包んだドンオウがその像をコンコンと叩く。

「起動実験だ。いいデータが取れるといいんだが」と、懐に仕舞った魔石を取り出し、妖しく光らせる。すると、頭をもたげた像が頭をグイッと上げ、目を赤々と光らせた。その形はツルリと滑らかであったが、シルエットだけならドラゴンに見間違えそうな見た目をしていた。

「相手になるのか? 情報では、戦力になるのは実質1人だけだろ?」ドンオウは手に持った書類を目にし、鼻で笑う。そこにはロザリアの名があり、彼女の戦力が細かく書き記されていた。

「……そいつが俺の知るロザリアだったら……こいつでは勝てないな」と、魔石を更に光らせる。すると、機械龍の正面にあるゲートが自動で開く。

「で、お前は自信があるのか?」ドンオウはケンジに歩み寄り、彼の目をバイザー越しに睨み付ける。

「あぁ……あいつは忘れているらしいが、きっと思い出す」と、自信満々の目ギラつかせながら義手を眺め、指先をコキコキと鳴らす。

「久々に『王風』を振るうのか? ケンジ」彼の背に収まる大剣へ視線を動かし、鼻で笑う。彼の大剣はロザリアの腰に収まる魔刀『蒼電』と同じ製法で打たれた風の魔剣であった。

「殺す気はない。お前こそ、作戦はわかっているんだろうな? 首尾は?」

「あぁ。俺の部隊とお前の部隊は配置完了している。上手くいけば、ゼオの言う通り……明け方にはゲリラ共々一網打尽だ」と、ドンオウはフルフェイスマスクの下でニヤリと笑った。

 それと同時に機械龍は夜空へ向かって甲高く咆哮し、勢いよく飛び上がった。



 ロザリアが向かう先には首尾通り、馬車が待っていた。そこにはひとりの男が待ち受けており、彼女らに気が付くと深々と首を垂れた。

「お待ちしておりました。反乱軍リーダーのゴウジと申します」

「あぁ、ラスティーさんから聞いております! お迎えをありがとうございます!」と、エレンもお辞儀をする。

「反乱軍、か……」スカーレットはチョスコで反乱軍に身を投じていた頃を思い出し、複雑そうな表情を帽子の鍔で隠す。

「……早速行きましょう」と、ロザリアは棺を馬車の荷台へ載せる。

「成る程。そうですね、早速向かいましょう」ゴウジは棺の中身を悟り、4人と共に乗り込んだ。

「あの、……サブロウ師匠が反乱軍に参加していると聞きましたが、本当でしょうか?」と、ウォルターがゴウジに問う。

「えぇ。相変わらず博打好きで困ったお方ですがね。そうですか、貴方がウォルターさんですか。皆さんお待ちですよ」

「皆さん、か」

「1人を除いて、ですがね」

「それはどういう意味ですか?」

「リクトというお弟子さんが裏切り、ウィルガルム機甲団へ……残念です」と、目を背ける。

「な?! よりによってリクトが……か」と、ウォルターは複雑そうに表情を歪めながら頭を掻いた。

「ウォルターさん? リクトさん、とは?」エレンが心配そうに問う。

「俺の兄弟子です。あの人は眼術を己の欲望の為に使う最低な人間です。俺が一番、大嫌いな人でした……」

「成る程……」と、会話している間に馬車が出発する。

「で、この国の現状は?」ロザリアは冷静に問い、ゴウジは静かに語ろうと口を開く。

 すると同時に、轟音が鳴り響き大地が激震する。先頭の馬2頭が嘶き、4人が聞いたことの無い不可思議な咆哮が耳を劈く。

「なんだ?!」スカーレットが窓から顔を出す間にロザリアは車外へ出て、既に敵と目を合わせていた。

「ドラゴンが鎧を着ているの、か?」見慣れない姿形をした巨大竜を目の前にして首を傾げる。

「ま、ま、ま、まさかアレが魔王軍の新兵器?!!」エレンは目を回しながら狼狽する。

「いえ、アレはそれの護衛をする20体の内に1体……もう起動したのか?!」ゴウジは仰天しながらも背負った旧式エレメンタルガンを構える。が、彼の前にロザリアがずいっと出る。


「ここは私がやります」


 ロザリアの身体に静かな電流がのたくり、それを合図に棺が開き、深紅の鎧が躍り出る。それらが彼女の身に吸いついていき、最後に大剣がゆっくりと頭上を浮遊し、それを掴み取る。

「さ、やるぞ」彼女が大剣を構えると同時に隣にガントレットとブーツを装備したスカーレットが立つ。

「いきましょう、ロザリアさん!!」

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