70.次の一手は東の列島

 ドラゴン討伐後、バンガルド城下町で準備を進めていたニックのお陰で計画はあれよあれよと進んだ。実際、この悪夢龍は国王の切り札であったが、国民を食い荒らし、村を焼き払った元凶でもあった。

 その為、今回の討伐は国民からは大歓迎され、城下町に運び込まれた骸の周りには人だかりが出来上がり、国全体はお祭りムードとなっていた。

 しかし、ドラゴン討伐の手柄を得たのはリノラースと彼の共に付いた数人のバンガルド兵という事になった。アリシアらは飽くまで影のサポートであり、表立って手柄を得る事は許されなかった。

 城下町へ戻ったアリシア達は宿へ向かい、急いで荷物を纏めてグレーボンの討魔団本部へ帰る準備を進めていた。

「よ、お疲れさん」そこへ一仕事終えたエディが現れる。彼はドラゴン討伐の報を聞いたのちにバンガルド王を追い詰める様に交渉を進めていき、最終的には討魔団に有利な条件で同盟の確約を獲る事に成功した。用意した書類にサインをさせ、更には全く関係の無い兵器買い取りの書類にまで印を押させた。

 その後、ジョルジとの今後の打ち合わせをし、やっと彼はここへ戻ってきたのであった。

「この感じだと、上手く行ったみたいね。流石は副指令」窓の外のお祭り騒ぎを眺めながらアリシアが口にした。

「我儘な連中が多くて骨が折れたが、これでこの大陸での同盟もバッチリだ。まぁ、タイムリミットがあと半日でギリギリだったがな」

「ギリギリ? どういう意味だ?」訝し気にケビンが尋ねる。

「少し賭けだったんだが、もし遅れていたら反乱が起きていたかもな。王を焦らせる為に少し荒かったが、上手く行った。さて、急いで戻ろうぜ。な? フィル」

「うーわ、マジで俺まで連れて行く気だ……こいつらぁ」フィルはうんざりした顔で

その後、アリシアらは急いでバンガルド城下町を後にし、真っ直ぐグレーボン国境へと向かった。



 その頃、討魔団本部では魔王軍の新たな情報を得たラスティーが書類を片手に唸っていた。

「デストロイヤーゴーレムが完成間近か……」煙草を咥え、紫煙を燻らせながらため息を吐く。

 彼の吐いた煙を払いながら、レイが書類を次々と捲っていく。

「問題なのは次だ。デストロイヤーゴーレムの周りに配置する護衛兵器が全て揃いつつある。空は飛空艇のガルムドラグーン。陸は最新型パワードスーツ部隊。そして海はヤオガミ列島で開発中の新型兵器……陸海空を制し、もはや敵無しといいたいのだろう」と、頭を掻くレイ。

「まさかここまで固めるとはな。俺らが持つ無属性爆弾でも正面からじゃ無理だな」

「大人しく正面からやるつもりじゃないんだろ?」

「あぁ、もちろんだ。まず、ヤオガミ列島へ予定通りロザリアさんを送り、新型海洋兵器を破壊して貰う」ラスティーは次々と書類を読み進めながらすらすらと口にする。

「少しずつ敵の陣を崩し、デストロイヤーゴーレムを丸裸にする。攻略はそこから、か。で、ロザリアさんには誰を付ける気だ?」

「ヤオガミ列島で修業をして土地勘のあるウォルター。そして……」と、言いかけた瞬間、指令室のドアが勢いよく開く。


「私も行きます!!」


「ぅえ?! エレンん??」ラスティーは珍しく狼狽し、つい吸いかけの煙草を吹いてしまう。

「エレンさんが? しかし、行くのは……」と、レイは昨夜ラスティーと話し合った内容を思い出す。実際にロザリアに付けるのはウォルターと魔法医のリンの予定であった。

「ロザリアさんの治療が出来るのは私だけです!!」彼女は力強く握り拳を作り訴える。

「いや、でも……今、エレンに離れられるのは」ラスティーはいつになく弱々しい表情を覗かせ、指をクルクル回す。

 彼は今でも彼女のセラピーを頼りにしていた。彼女を頼るのは彼だけではなく、多くの隊員たちが癒しを求めていた。その中に密かにレイも混ざっており、内心彼も冷や汗混じりに焦っていた。

「今やリンさんも私に並ぶ程の魔法医です! 今や殆ど診療所を任せているほどです! そろそろ私も、本部から出てひと働きしたいんです!」

「エレン……言っておくが、危険な任務だぞ? リンは君と違って護身術も体得しているから頼めたが、君は……」

「ロザリアさんの脚は引っ張りませんよ! 大丈夫です! 一緒に旅をして、私が脚を引っ張った事がありますか?!」と、机を拳で叩く。

「確かに……わかった、君にやって貰おう。だが、ロザリアさんには俺が直接、説明させて貰う」と、ラスティーは腰を上げた。



 ロザリアはその頃、診療所の彼女専用ベッドで傷の治療に専念していた。見張りの魔法医は彼女が逃げ出さない様に目を光らせていた。

 彼女の傷の殆どは古傷が呪術によって無理やり引き裂かれている為、見た目は酷かった。が、その殆どが命に届くものではなかったため、出血が酷かっただけでロザリアに取っては重症ではなかった。

 故に、彼女は一刻も早くヤオガミ列島へ渡り、国の事態や己の具体的な過去について知りたくウズウズしていた。

 そこへ、ヤオガミ列島に関する資料を手にしたラスティーが現れる。

「ちょっといいかな?」と、彼女の傍らに立ちながら魔法医に問う。魔法医は会釈と彼女に関する注意を残して部屋を後にした。

「指令……」上体を起こそうと身じろぐが、まだ傷が痛み、顔を顰める。

「そのままでいい。傷が治り次第、ロザリアさんには直ぐ、ヤオガミ列島へ渡って貰う。目的は、魔王軍新兵器の完成前の破壊だ」

「しん……兵器?」

「なんでも、海を制する程の代物らしい。出来れば、ローレンスの部隊と共に渡って欲しいトコロなのだが……」

「いや、今回は私ひとりでやらせて欲しい」ロザリアは目を鋭くさせながらも頭を下げた。

「と、言うと思った。が、誰も付けない訳にもいかない。まず、ヤオガミ列島にいたことがあるウォルターを付ける。そして、ヒーラーとしてエレンも同行させる」

「エレンさんを?!」身体の痛みも忘れて上体を起こし、目を丸くする。この討魔団本部から彼女を連れだす事がどういう事なのか、彼女も知っていた。

「彼女の希望だ。ま、リンと他の魔法医たちでも診療所は回せる。それに、彼女は俺らと修羅場を潜ってきた仲だ。君の足を引く事はないさ」

「そうか……あぁ、わかった」ロザリアは納得した様に枕に頭を預ける。

「とにかく、今は休め。エレンの許しが出次第、グレーボン港から貨物船に乗って向かって貰う。大体、半月くらいで到着する」と、ラスティーはヤオガミ列島に関する資料を彼女の隣に置き、その場を去った。



 司令本部にラスティーが戻ると、レイが資料を片手に待っていた。

「ロザリアさんは?」

「傷が治り次第出発だ。遅れて、ジェットボートで援軍を向かわせるつもりだ。彼女には内緒でな」と、煙草を咥えて火を点け、煙を吐く。

「ロザリアさんも中々に我儘な人だからな。だが、ヤオガミ列島にばかり気を持っていかれるわけにはいかないんだがな」と、今読んでいた資料をラスティーに手渡す。

「……これは?」

「ククリス王のクリスが動くそうだ。なんでも、自分だけの賢者を統率し、北の大陸へ攻め込むそうだ。この動きに、我々がどう動くか……」

「今は機ではない事ぐらい、あの男にも分かっている筈なんだが……様子をみよう。どちらにしろ、ここからでは誰を向かわせても間に合わない」ラスティーは資料をパラパラと捲り、疲れた様にそれを机に置いた。

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