39.光の帰還

「あの女……何者? 情報になかったけど……」突然、現れた光を纏った謎の女性を見て、ロキシーは首を傾げる。

 その者はまるで女神の様な出で立ちで光を放ち、まるで眼前のナイトメアソルジャーに立ち向かう様に弓を手に取っていた。

「見たところ光使いね……たったひとりが増えたところで……」と、ロキシーは再度、全軍に前進の合図を送った。

 そんな絶望の中、ヴレイズは身体を震わせながらも目を擦っていた。


「あ、アリシア……アリシアなのかぁ?!?!」


 叫ぶように問いかけ、彼女に触れようと手を伸ばす。

「久しぶりだね、ヴレイズ。3年ぶりくらい?」と、落ち着き払いながらも、以前と変わらない態度で応える。

「あぁ……やっぱりアリシアだ! ……なんだ、その恰好?」と、つい指をさして首を傾げる。

「やっぱりおかしい? 似合ってない? あたしもこんな格好でくるのが嫌だったんだよねぇ……」と、スカートの裾を摘まみ、渋い表情を覗かせる。

「いや、似合っているぞ! ただ、アリシアらしくないかなって……」ヴレイズは久々の再開を噛みしめる様に口にした。

 そんな彼らの背後では、光部隊が目に涙を浮かべながら跪いていた。

「ひ、光の女神さまだ……」

「救いの神が天から……」

「どうか、お救いを……」と、祈る様に手を合わせる。

「でも、アリシア……こんな中でどうやって……」未だ変わらない状況に気が付き、再び顔を青くさせる。

「大丈夫。勝算無くして、ここに立った訳じゃないよ」と、微笑みながら弓を構える。

 その瞳はナイトメアソルジャーの向こう側でほくそ笑むロキシーを映し出し、更にそんな彼女の懐で鼓動を繰り返すあるモノを捉えていた。

 アリシアはゆっくりと矢を番えて弦を引き、じわじわと光魔法を纏わせる。十分にナイトメアソルジャーを引き付け、鼻先まで間合いが近づいた瞬間、矢を放つ。

 次の瞬間、彼女を中心に光の衝撃波が放たれ、前後に迫っていたナイトメアソルジャー達が一斉に崩壊していく。脆くも土塊に戻っていき、その中を放たれた矢が高速でロキシーに向かって飛ぶ。

「凄まじい光魔法……それに矢の腕前ね」と、5メートル手前でロキシーは矢を大地魔法で止め、へし折る。

 すると、矢の中に蓄えられていた光が炸裂し、彼女を覆い尽くす。

「ぐぁ!! 所詮、ただの目晦まし!!」と、忌々しそうに目を押さえ、視力の回復を待つ。

 が、懐である異変に気が付き、表情を更に歪ませる。

 彼女のドレスの内側で光っていた、とあるクリスタルが力なく砕け落ちていた。

「そ、そんな……馬鹿な……っ!」目を剥き、砕け散った破片を握りしめ、血を流す。

 それはナイトメアソルジャーに闇の力を与えていたダーククリスタルであった。コレが無ければ彼女は闇の軍団を作る事は出来なかった。

「おのれ……おのれ小娘がぁ!!」ここに来て初めて殺気に満ちた瞳を剥きだし、両手を広げて魔力を爆発させた。このままこの戦場を大地ごと呑み潰そうと大地を揺るがし、大声を上げる。

 次の瞬間、彼女の肩に別方向から飛来した矢が突き刺さる。

「なにぃ!!?」と、飛んできた方向へ顔を向ける。

 その遥か遠くには、射撃ポイントを変えたディメンズが大型ボウガンのスコープ越しに笑っていた。

「流石に逸れたな……が、作戦はぼちぼち成功だ」

「くぅぅぅぅぅぅ……この矢はディメンズか……仕方ない、ここは退くか……覚えていなさい!」と、ロキシーは踵を返し、殺気に満ちた瞳をアリシアとディメンズへ向けながらバンガルド方面へと退いていった。

「た、助かったのか?」そんな一瞬の出来事をやっと理解したヴレイズは膝を折り、ホッとした様に今迄我慢していた何かをため息と共に吐き出す。

「とりあえず、あの女は退くみたいね……さて、今度はこの子を助けなきゃね!」と、アリシアはキャメロンを淡い光魔法で包み込みながら口にした。



 バンガルド軍陣地へと戻ったロキシーは捕虜を収容する小屋へと立ち寄る。

そこには、ズタズタに引き裂かれ虫の息となったロザリアが厳重に拘束され、吊るされていた。意識は無く、時折傷の痛みに呻くだけであった。

「間違いない……アスカだ……」と、彼女の腰に備わった刀を目にし、確信する。

「……私を知っているのか?」ロキシーの気配に気付き、目を覚ますロザリア。

「やっぱり記憶が無いのね……忘れちゃった? エクリス、ウィリアム、そして私。4人で楽しく旅をしたじゃない」と、鼻先まで近づき、彼女の瞳を覗き込む。

「……旅……」自分の記憶を探る様に眼を瞑り、思い出そうとする。

 今の彼女は、自我崩壊したアスカを、記憶を失った時に生まれたロザリアがエレンの回復魔法でひとつとなり、ひとりの人間として何とか意識を保っていた。

 アスカの記憶はボロボロに砕けており、ロザリアが引き出せる代物ではなかった。

「どうやら、思い出せない様子ね……まぁ、無理もないわ。旅をしている時からなんか『心ここにあらず』って感じだったし……」と、納得する様に口にしながら彼女の身体を舐め回すように眺める。

「……だろうな」

「でも、不思議ね。普通なら私と同じぐらいの年齢の筈なのに……貴女はあの頃のままじゃない? 何故?」と、気安くロザリアの頬を摩る。

「で、私をどうするつもりだ」目を鋭くさせ、殺気を滲ませる。

「そうね……貴方をウィルガルムに引き渡すわ。ここだけの話、彼は旅をしている時からあなたの事が好きだったみたいよ?」

「……なに?」と、ウィルガルムと言う名を思い出そうと試みる。

 しかし、その名前はラスティーから聞いただけで顔は全く出て来なかった。

「故に、彼はヤオガミ列島の攻略に躍起になっていたわ。去年、完全制圧したそうよ」

「なんだと!?」と、ロキシーに詰め寄ろうと身を捩ったが、思うように動けず、傷口から血が滲み出て激痛が奔る。「くぅ!」

「落ち着いて。彼は貴女の為にやったのよ。あの国は魔王様の時代以前は海を隔てた隣のミンファン国に半分以上占領されていたのよ。彼は貴女の家を調べ上げ、貴女の心を破壊した人々、一族を調べ上げ、代理で復讐をしたのよ」

「……なに……?」彼女の言葉を聞き、自分の中のアスカの部分が熱を持ち、蠢き始める。

「そして、貴女がいつ戻って来てもいい様に準備をしているわ。そうね、ウィルガルムの元へ連れて行くよりも、ヤオガミ列島へ連れて行った方が手っ取り早いかしら?」と、踵を返し、そのまま小屋を後にする。

「……故郷……へか……」ロザリアは珍しく眉をハの字に下げ、何かを考え込む様に俯いた。

 ロキシーはバンガルド軍兵士長のいる指令室へと向かい、自分用に用意させたソファに座る。

「あの娘はあのまま厳重に収容しておきなさい。ここを撤収する際、我が軍の者が護送します。私は今日中にこの国を離れさせてもらうわ。仕事も終わった事だし」と、脚を組ながら口にする。

「仕事が終わった? 恐れながら……貴女はまだグレーボン国はおろかトール砦すら……」

「なに? 我ら魔王軍は貴方たちに手を貸すと契約しただけよ。そして、十分助力はしたわ。あの剛腕戦士ロザリアを捉え、炎翼のキャメロンも虫の息。グレーボン軍はともかく、討魔団の半分以上の戦力は削ったと言っていいわ。あとは、そちらへお任せするわ」と、立ち上がる。

「は、はぁ……」

「あとは、我々の提供した兵器を使って砦を攻めるなりなんなりして頂戴な。では」と、ロキシーは指令室から出ようとする。

「あのドラゴンは何なのですか?!」もうひとりの隊長が声を上げる。

「あぁ、あれは我々の感知するところではないわ。何なのかしらね? あれ」と、ワザとらしく鼻で笑いながら指令室を後にした。

「正直、戦争どころではないのだが……」と、いきなり現れたドラゴンに身震いしながらバンガルド兵たちは進軍よりも王都の防衛を優先する様に動き始めた。



 その頃、ディメンズは行方不明となったケビンを探すように地面を注意深く探す。その大地は真っ赤に染まっていた。

「流石の吸血鬼も死んだか?」ディメンズが最後に見た時、ケビンはドラゴンの口の中で咀嚼されており、普通の人間であれば生存は絶望的であった。

 しかし、そんな彼の予想を裏切る様に、ディメンズの背後を気配が叩いた。


「わりぃ、ズボン貸してくれないか?」


 そこにはボロボロになったコート一枚のみを羽織ったケビンが恥ずかしそうに立っていた。ズボンやシャツは破れて血塗れになっていた。

「あんな風にされても無事とは驚いた」

「吸血鬼の呪いだけでなく、不死の呪いもセットなんでね。でも、服までは元に戻らんのよ。で、ズボン貸してくれないか?」

「誰が貸すか」

「そんなぁ……こんな格好でアリシアさんに会いたくないなぁ……」

「そういやあの娘、立派になったなぁ……ナイアとハーヴェイも誇らしいだろうな」

「ナイアって彼女の母親だよな? ハーヴェイって誰だ?」と、何とかコートを腰に巻いてそれらしく見せようと努めるケビン。

「彼女の、育ての親みたいなもんだ。さ、行くぞ。なんだかんだ作戦成功だ」と、ディメンズは大型ボウガンを担ぎながらトール砦へと向かった。

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