27.炎の到着

 東大陸のモモルの港を出発してから10日後、ついにグレーボンの港に辿り着く。 ジェットボートは海賊に襲われたようにボロボロになり果てており、港を担当する者達が心配そうに駆け寄ったが、ニックが頭を掻きながら説明し、呆れた様なため息を大きく響いた。

「ったく、スカーレットには困ったモノだ……フレインが乗ってたら、きっと沈没していただろうぜ」と、ニックは困ったように苦笑する。

「2人ならともかく、3人が揃ったら、俺でも止められないな……」と、ヴレイズも肩を竦める。

 港には迎えの馬車が到着し、それにはエディが乗っていた。

「初めまして。ラスティー討魔団の副司令官を務めるエディ・スモーキンマンです。貴方がヴレイズ・ドゥ・サンサ。そして連れのミシェルさんですね?」と、丁寧にお辞儀をする。

 それを見て、ニックはヴレイズの背を叩いた。

「じゃ、俺の役目はここまでだ。仕事に戻らせて貰うぜ。スカーレット、行くぞ」

「えぇ! 久々に本部へ戻りたいなぁ……」と、馬車に乗ろうと足を掛ける。

「お前のせいでボートが滅茶苦茶なんだよ!! 修理を手伝え!!」と、今度は彼が彼女の耳を引っ張る。

「いでででででぇ!! って事で、ロザリアさんによろしくお願いしますね~!」と、そのまま引っ張られていく。

 その様子を見て、やれやれと首を振りながらも気を取り直すようにネクタイを締め直すエディ。彼もラスティーに倣ってスーツを着用していた。

「ヴレイズさん、さ……時間が押していますので」

「場所さえわかれば、飛んでいくんだがな」と、脚に炎を纏わせるヴレイズ。

「このサンダーホース(雷速馬)はウチのブリーダー(ライリー)が調教し、中々の速度を誇ります。さ、急いで」



 エディの言う通り、雷速馬は凄まじい速度で駆け、あっという間に討魔団本部へ辿り着く。

「凄い揺れだった……」と、表情を青くさせ参った様な顔をするミシェル。

「ここが本部か……まるで、街だな」感心した様に口笛を吹くヴレイズ。

 彼の言う通り、ベルバーンシティを大きく改築したこの本部は大きく発展し、首都にも勝るとも劣らない大都市にまで成長していた。

「都市機能は首都と変わりません。あとは、防備を固めるだけと言った所ですかね……さ、指令がお待ちです」と、エディは自慢げに口にする。この街をここまで大きくしたのは、彼の手腕あってこそでもあった。

「指令、か……大きくなったな、ラスティーは」ヴレイズも誇らしげに口にし、微笑む。

「彼もそんな風でしたね、貴方の事を語る時は……そして、」と、付け加えようとした瞬間、彼の眼前で聞き慣れた声が響く。


「ヴレイズさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


 悲鳴を上げた様なその声の主はエレンであった。涙ながらに腕を広げて突撃し、ヴレイズの胸に遠慮なしに飛び込む。

「うわっと! 久しぶりだな、エレン!」と、左腕で彼女の頭を撫で、懐かしむ様に笑う。

「本当に、お久しぶりで……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ヴレイズさん!! うで、腕がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」と、目を剥いて仰天する。

「あぁ、これ? 氷帝との戦いの時にな……でも、」と、フレイムフィストを生やし、優しく彼女の頬に触れる。「あまり不自由はしてないよ」

「そ、そうなんですか……噂以上に成長した様子で……」と、エレンは冷や汗を掻きながらも彼の頬に触れ、一瞬で彼の記憶に触れる。今の彼女はたったの一振れで人の数年分の情報を読み取る事が出来た。

 すると、エレンはまた瞳を潤ませ、静かに涙する。

「ヴレイズさん……辛かったでしょうね……」

「あぁ……さ、ラスティーに合わせてくれ」と、彼女の涙を優しく拭い、歩きはじめる。

「早く会ってあげてください! では、私はこれで!」と、エレンは診療所へ戻って行った。

「忙しくしているんだな、2人とも……」



 本部にヴレイズが到着すると同時に、隊長たちの髪の毛が逆立つ。本日、彼が到着すると聞き付けてキャメロン達は一同揃い、噂のヴレイズに挨拶しようとしていた。

 最初にヴレイズがただ者ではないと気が付いたのはキャメロンであった。同じ炎使いである為か、一瞬でその凄まじさを感じ取り、冷や汗を流していた。

「成る程……ボスがわざわざ呼んだだけあるね」と、瞳を震わせる。

「噂では、もう魔王軍と一戦を交えた猛者だそうだな。期待できそうだ」ダニエルは冷静に口にし、眼鏡と額を光らせる。

「凄まじさはあるが、動物たちは怯えていないな……どんな魔力だ?」ブリーダーであるライリーは不思議そうに首を傾げる。

「……僕じゃ勝てないな……レベルが違う」腕っぷしが自慢のローレンスでも一瞬で実力差を理解し、縮こまる。

「……穏やかだ……私と似ている」ロザリアは感心する様に唸る。

「ちょっと挨拶したいけど、ボスとの再会を邪魔したくはないから、後日かな……さ、久々に一同介した訳だし、一緒に飯でもどう?」と、キャメロンは指を鳴らし、食堂へ足を向け、3人は彼女の後へ続いた。

 しかし、ロザリアだけはその場に残り、ラスティーのいる司令本部の方へ首を向けた。

「……ヴレイズ……」



 司令本部の扉を潜り、奥の部屋へ歩を進める。エディがノックをすると、ラスティーの「入れ」という声が響く。

 扉を開くと、そこにはレイと相談中のラスティーが椅子に座っていた。

「彼が、ヴレイズ……」レイは目を鋭くさせ、口を塞ぐ。

「ヴ、ヴレイズ……」ラスティーは立ち上がり、机を飛び越えて彼の前に立つ。が、少しバランスを崩して片膝を突きそうになる。

 そんな彼をヴレイズが優しく支える。

「ウィルガルムと戦った時のか?」と、彼の片足に触れる。彼の右脚は神経も筋もボロボロに千切れ、エレンの手腕でも完治は不可能であった。

「……完治は無理だろうな。お前こそ、それは氷帝との戦いのか?」

「あぁ……ま、心配するな……」と、しばらく2人は見つめ合い、言葉を交わさずに沈黙した。その表情は穏やかであり、久々の再開に喜びを隠せない様子であった。

 そこへ割ってレイが入り、書類でラスティーの胸を叩く。

「再開を喜び合うのは後ほど、と言う事で……ヴレイズさんも来たところで丁度いい。彼にも聞いて貰いましょう」と、冷静に淡々と口にする。

「そうだな。この作戦はヴレイズさんの力が無くては成功しえない」と、エディも椅子に座り、沢山の情報が書き殴られた地図を広げる。

「ヴレイズ……急で済まないが、お前にしかできない事をやって貰いたく、遠く東大陸からここへ呼んだ」と、元の席へ戻り、卓を叩いた。

「おう! で? それはなんだ?」


「囮だ」


「やっぱりな……」懐かしい響きに苦笑し、ラスティーも思わず笑い出す。

それを理解できない様に、レイとエディは顔を見合わせた。



 その作戦内容とは、ロキシーの率いるナイトメアソルジャーを相手取り、撤退させる為の策であった。

 まず、キャメロンとロザリア、ヴレイズの軍をグレーボンとバンガルド国境へと向かわせる。国境にあるガルバルオ荒野という足場の悪い地帯へナイトメアソルジャーを誘い出して交戦し、時間を稼ぐ。

 その間に別働隊であるディメンズがロキシーのいる場所を捕捉し、これを叩き、一気にナイトメアソルジャーを無力化するという作戦であった。

 ディメンズは、この策でロキシーを取り逃す可能性の方が高いが、引かせる事に意味があると納得していた。

 ナイトメアソルジャーの力は噂よりも過大評価してかかった方がいいと、軍の最大戦力であるキャメロンとロザリアをぶつけ、残りの主力部隊は後方へ陣を敷かせる予定であった。

 が、この2人でも辛いと見たラスティーはヴレイズを呼ぶことを決意したのだった。



「俺は構わないが、その2人は大丈夫なのか?」少々不安そうにヴレイズが口にする。

「俺が戦闘面で信頼する2人だ。安心していい」ラスティーは煙草を咥えながら口にする。すると、ヴレイズはひと睨みで煙草先に着火させる。「あんがとよ」

「その2人のうち1人はロザリアといったな? どんな人なんだ?」興味の眼差しで問うヴレイズ。

「それは……」と、説明しようと口を開いた瞬間、扉が開く。

 そこには噂のロザリアが腕を組んで立っていた。いつもの深紅の鎧は装着しておらず、普段着だった。

「貴方がヴレイズか……私も気になっていたんだ。この作戦に足る男なのかどうか……」

「雷使いか」ヴレイズは一瞬で彼女の属性とその実力を見抜く。

「この作戦は軍だけではない。この討魔団、ひいてはグレーボン全土を賭けた戦いになる。悪いが、試させて貰うぞ……」と、ロザリアは雷光を瞳に宿し、腕の筋肉を盛り上げた。

「噂通り、いい戦士だな」ヴレイズは静かに笑い、彼女の視線を真正面から受け止めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る