108.不死身の化け物

 ケビンらの死闘を眺めながら、ヴェリディクトは楽しそうに微笑んでいた。隣ではフレインが炎の自己治療魔法で傷を癒しながらもアリシアの方へ目を向けていた。

「心臓に剣を突き立てたか……久々に見れるか、アレが」

「なに?」ケビンは決して抜くまいと必死に大剣にしがみ付きながらも、彼の言葉に耳を疑う。

「心停止の危機に力が増すのはお前だけだと思ったか? いや、お前はまだ人を捨てきれていないからその程度なのだ……」と、バハムントは吐血交じりに呟く。彼の心臓は間違いなく破壊されていた。これで絶命する事はなかったが、少なくとも全身から力が抜けるはずであった。

 が、バハムントの鱗で包まれた両腕脚は更に膨張し、太く長く伸びる。着用した衣服を破り、大胸筋が盛り上がる。目は真っ赤に充血し、口は耳まで裂け、化け物が如き牙が伸びる。

「な、なんだとぉ!!」仰天するケビンはそのまま大剣にぶら下がる。

「……貴様の浅知恵ではこの程度だ……消えい!!」バハムントが気合を込めて全身から瘴気混じりの衝撃波を放つ。大剣はあっさりと抜け、それごとケビンは吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。

「ぐはっ!! くそ……」と、睨み返すが、彼の身体は左腕と下半身を失い、とても戦える状態ではなかった。

「このままお前を喰らって、我が体内の呪術の一部としてくれようか……」と、体長を4メートルほど膨張させた悪魔が如き姿で歩み寄るバハムント。頭には槍の様な2本の角が生え、全身の鱗は鎧の様な硬度を秘め、爪は刀剣の様な鋭さを帯びていた。

 そんな化け物の前に、弓を構えたアリシアが立つ。彼女は今迄、ケビンが蹂躙される姿を見てショックを受けていたが、今は冷静さを取り戻していた。

「お前はただの化け物……あたしが狩る!」と、一矢の光速矢を放つ。

 その一撃はバハムントの首へと命中し、閃光と共に爆裂する。

 しかし、鱗が1枚剥げ落ちるだけで、目立ったダメージは無かった。

「小娘が……」

「ふん!!」と、アリシアは間合いを離しながら矢を数発放つ。その全ては命中したが、決定打にはならなかった。

 バハムントは大きな足音を立てながらアリシアに向かって間合いを詰め、腕を振るう。すると、ナイフの様な鱗が無数に飛ぶ。

それらをアリシアは光速で避け、鱗の全ては石壁に突き刺さり、砕けて弾け飛ぶ。

「なんて威力っ! くっ!!」と、アリシアは城外へと素早く逃れ、バハムントの視界から逃れる為に物陰に隠れ、機会を探る。

「久々の外も悪くない」と、城門を潜り、真っ赤な目をギラつかせる。

「今迄の戦いで、色々と見せて貰った……けど、侮っちゃダメだな」と、じっと観察する。姿形が変化した事により、じっくりと分析し弱点を探る。どちらにしろ、不死身の化け物であるのは変わらない為、彼女に勝ち目は薄かった。

「息を殺してジッとしている気か? 無駄だ!」と、口にした瞬間、巨体に似合わない速さで駆け、彼女の隠れる瓦礫を一瞬で破壊する。

 が、既にそこにはおらず、彼女はバハムントの頭上へと跳躍していた。

「甲殻で身を守る獣の弱点は後頭部だけど、貴方はどうかな?」と、光を纏った矢を放つ。その一矢は鱗の隙間を突き破り、岩の様に固い頭蓋骨を貫通する。矢先が脳へと食い込み、閃光爆発する。両眼球から光が飛び出し、バハムントは堪らず昏倒する。

「例え不死身の化け物でも、コレは耐えられないでしょう?」華麗に着地しながらアリシアが口にする。

 しかし、バハムントは脚が抜け、頭が地に付くよりも早く気絶から覚め、彼女の方へ向く。

「今度はお前が油断した様だな」と、息を胸一杯に吸い込み、凄まじい勢いで咆哮する。その声量は凄まじく、爆音の様に鳴り響き、周囲の土埃を巻き上げ、瓦礫を破壊する。

 アリシアは一瞬で光の耐衝撃魔法を展開させたが、光魔法は物理攻撃に弱いため、2割程度しか衝撃を緩和できなかった。

「ぐぁ!!」残りの8割を喰らい、耳と目から血を噴き出させて吹き飛ばされる。身体は反射的に受け身を取ったが、意識は消し飛ばされ、地面に転がる頃には昏倒していた。

「脆いモノだな、狩人は」と、バハムントは勝ち誇る様に堂々と歩を進め、転がるアリシアに近づく。あと一歩で間合いと言うところまで来ると、急に立ち止まる。

「で、次は何を用意しているのかな?」

「っち……」と、アリシアはムクリと起き上り、血唾を吐く。気絶と同時に彼女の回復は完了しており、既に迎撃態勢が整っていた。

「何を考えている。お前独りでは勝てない事はわかっている筈」

「前にもこんな戦いがあったんだよね……勝ち目の戦いでも必死に足掻いて足掻いて……時間を稼いで……で、」と、アリシアが不自然に視線を動かす。

 すると、バハムントの背後から何者かの影が颯爽と現れる。


「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その者は再生を完了させたケビンであった。目を真っ赤にし、殺気に満ちた大剣を振るう。

「その程度の策で我を討ち取れると思ったか?!」と、丸太の様な腕で薙ぎ払う。

が、彼の腕にはいつの間にかロープが巻き付き、近くの枯れ木に絡みついていた。更に、両脚に膝、腰、にも絡みついていた。

「こんなのは如何?」と、アリシアは更にロープに火を点ける。火は一瞬で駆け巡り、バハムントの巨大な身体に燃え広がる。

 ほんの数瞬でアリシアの策は進み、その途中でケビンの大剣がバハムントの大胸筋を鱗の上から真っ二つに斬り裂く。

「貴様らぁ!!」と、怒りに我を忘れたバハムントの全身に矢が命中する。

 冷静に策を遂行するアリシアは素早く光の矢を放ち、バハムントの体内に次々と光を送り込む。その光は彼の体内で暴走する呪術を鎮静化させる効果のあるものであった。

 徐々に肉体の萎んでいくバハムントは、火達磨のまま蹲る。

「ダメ押しだぁぁぁぁぁぁ!!」と、傷口に剣先を押し入れ、胸骨を貫き、再び心臓を貫く。

「更に!!」と、アリシアは彼の握り手に手を触れ、そこに光を流し込む。

 バハムントの貫かれた心臓の内側から更に光が流し込まれ、そこから全身に光魔法が駆け巡る。

「ぐうぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」口内から吐血と共に光を吐き出し、膝が折れる。鋼が如き鱗が剥がれ落ち、肉体がグズグズと溶けていく。

「このまま押し切るぞ!!」と、攻め手を緩めず、更に剣を深々と突き刺す。

「……うん!」少々の躊躇を隠しながら、アリシアも光魔法を強める。彼女自身もケビンが父親を殺す目的を理解はしていたが、親殺しは複雑に思っていた。

 バハムントの肉体は、日光を浴びた吸血鬼の様に青白い炎に包まれ、やがて白い灰が舞い上がっていく。肉体は崩れ去り、骨が覗き、仕舞にはグズグズに崩れ去る。あとに残ったのは真っ白な光のみとなった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」勢いのまま大剣が大地に突き刺さる。

「……終わったの?」光魔法を止め、荒くなった息を整えるアリシア。

「……ここまでやれば……」と、ケビンは宙を舞う塵を見上げながら複雑そうな表情を向けた。



 アリシアらが城内へ戻ると、そこには信じがたい事実が座っていた。

「な、なにぃ?」我が目を疑うケビン。

「……う」少々予想していたのか、そこまで驚かないアリシア。

 彼らの目の前には、何事も無かったようにバハムントが脚を組んで座し、ヴェリディクトと談笑を楽しんでいた。

 まるで時間が巻き戻った様な光景に我が目を疑うケビン。

「戻ったか。コレが我が呪いだ。我はどうしても死ねないのだ」

「し、しかし……今さっき、外で!」

「あたし、なんとなく気が付いていたんだよね……」アリシアはため息交じりに口にする。彼女はバハムントの呪いに触れ、呪術のカラクリに勘付いていた。

 彼の呪いはこのエルデンニアの大地と紐づけされており、例え彼の肉体が滅ぼうとも、この大地が彼を死なせないのであった。

「残念だったな。で、どうする? またやるか?」と、少々飽きた様に口にする。

「やられたい放題やられたくせに」我慢できず、ぼそりと呟くアリシア。

「いや、オヤジは今の今迄本気を出していない。本気なら、剣を使うはずだ」と、父親の玉座の近くの壁にかけられた剣を見る。

「私から一言いいかな?」今迄のやり取りを静観していたヴェリディクトが一歩前に出る。

「何か提案か?」

「いいや。ただアドバイスがしたくてね。アリシア。君は魔王討伐を志していると言ったが、本気で彼を倒す気かね?」と、教師の様な口ぶりをしてみせる。

「もちろん」敵意の眼差しで睨み返し、静かに答える。

「なら、君の力では無理だな。バハムント殿の呪いに気付いたのは大したものだが、これは複雑な呪術とバハムント殿の融合によるものだけだが、あの魔王は違う。彼は本物の闇魔法を駆使した強烈な呪術を使う。君では無理だ」

「あたしひとりで倒そうとは思っていないよ! 仲間と共に……」

「ヴレイズ君と、あと誰かな? 数カ国の軍隊を率いても、現賢者たち全員の実力をもってしても彼は倒せんよ。それだけ魔王は強大だ。この私やバハムント殿よりもね」

「何が言いたいの? 諦めろって?!」

「いいや。その魔王は、私とバハムント殿の手を貸して誕生したと言っても過言ではないだろう。まぁ、彼の素質が凄まじかったのもあるが……で、ここからがアドバイスだ」

「?」


「我々と同じ方法で、勇者を育てるといい」


「……はぁ?」アリシアは自分の耳を疑い、思わず聞き返す。

「以上だ。さ、夕飯の用意をしよう。君たちも、一緒に食べて行くかね?」と、ヴェリディクトは上品な笑みを覗かせる。

「お断りだ!!」と、アリシアは勢いよく吠えたが、これ以上一歩も進むことが出来ずに奥歯を噛みしめた。

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