74.宿敵とのランチ

 ヴレイズ達は昼前にタラントシティに着く。この町の西方面は農場になっており、丁度牛や豚などの家畜が餌を食んでいた。東側は畑が広がっており、色とりどりの野菜や果物が育てられていた。

「見た目、いい町だね」複雑そうな顔でフレインが呟く。

「……いるな」ヴレイズはヴェリディクトの気配を感じ取り、身震いする。

「何処にいるかわかる?」

「奥だな。あっちから……」と、遠くの建物を指さすと同時に、何者かがにこやかに現れる。その者は燕尾服を着ており、黒々とした口ひげを蓄えていた。

「ようこそ、タラントシティへ。ヴレイズ・ドゥ・サンサ様と、フレイン・ボルコン様ですね。どうぞ、こちらへ。ヴェリディクト様がお待ちです。私は執事のクロフと申します」

「へ? 何? あいつ、あたしらが来ることを知ってるの?」驚きながら口にするフレイン。

「もちろんです。あのお方は数日前から心待ちにしておられました。特に、ヴレイズ様にお会いするのが楽しみな様子で……」

「そうかい……」と、渋そうな表情を覗かせる。



 2人はしばらくクロフの後ろを歩く。彼は町の歴史や建物の説明をしながら歩いた。

 この町は100年前からヴェリディクトの管理下にあり、それから今迄、盗賊などに襲われる事もなく平穏な日常が続いていた。

「ねぇヴレイズ……気付いた?」フレインは周囲の町民を横目で見ながら口にする。

「あぁ……なんでこんなに義手義足の人が多いんだ……」

 この町の人々の3人に1人の手足のいずれかが無く、精巧な義手義足を付けていた。

「不思議ですか? 彼らは選ばれた者たちです。彼らは誇りに思っています」と、クロフは口髭を弄りながら口にする。

「選ばれた? ヴェリディクトにって事?」

「えぇ。優秀な人生を送った証として。私も右脚を献上しました」と、小気味良く踵を鳴らす。

「どういう意味だ?」ヴレイズは眉を顰め、考えを巡らせる。

 すると、横合いからドレスを着た少女がスキップをしながら現れる。

「クロフ! こんな所にいらしたの? ランチの時間よ! お腹ぺっこぺこ!」無邪気に笑いながらヴレイズ達に向かってお辞儀する。

「今、お客人をヴェリディクト様の元へ案内している所です。その後、ご用意を」

「今日は何? 私はソルティーアップルのソルベが食べたいわ!」

「では、ソルティーアップルとビターオレンジのソルベ盛り合わせにしましょう」

「それがいいわ! お願いね!」と、少女はまたスキップして去って行った。

「失礼いたしました。さ、行きましょう」と、クロフはまた案内を始める。

「……さっきの子……香水かな? なんだか甘い匂いがした……」フレインは不思議そうに呟き、首を傾げた。

「香水じゃない。あの匂いは彼女自身から発せられていた。しかし、何故?」ヴレイズも不思議そうに口にし、表情の皺を更に深める。



 2人は町の奥にあるレストランへと招かれる。クロフは出入り口でお辞儀をして去っていく。貸し切りなのか、店内はガランとしており、パーティー用の部屋から凄まじい魔力が漏れていた。

「間違いない、ここにいる……」唾をゴクリと飲み込むヴレイズ。

「罠があるかも……」彼女もヴェリディクトの格の違う魔力を感じ取り、身震いする。

「それはない。あいつは己の強さに自信を持っている。そういう奴は堂々と構えているもんだ」

「でも、そういう奴は大体、付け入る隙がある」

「いや、あいつは今迄の連中と同レベルだと思わない方がいい」と、2人はしばらく作戦を小声で話し合いながらヴェリディクトのいる部屋のドアを睨み続けた。


「入り給え」


 急にドアの向こう側から声が響き、2人は跳び上がる様に驚く。

「よ、よし……い、行こう」ヴレイズは膝を震わせ、奥歯を鳴らす。1年以上前の出来事が昨日の様に蘇り、吐き気をもよおす程の恐怖がこみ上げる。

 そんな彼の様子を見て、フレインは自分の顔を思い切り叩き、全身から炎を噴き上げる。

「あたしらはあいつを倒しに来たんだ! 怯まないぞ!」と、駆け出して勢いよくドアを蹴破る。

 パーティー用の部屋には長テーブルが置かれ、椅子が3脚置かれていた。テーブルには取り皿と銀食器、グラスが並ぶ。

 近くにある暖炉の傍にはヴェリディクトがワインボトルを大事そうに抱えながら立っていた。

「乱暴に入ってくるのだね、お嬢さん。賢者の娘に恥じない躾けを受けていると聞き及んでいたが……」と、テーブルにワインボトルを置きながら席に着く。

「賢者の娘とか言うな! あたしはフレイン・ボルコンだ!!」

「それは失礼した、ボルコン嬢。ヴレイズ君、久しぶりだね。宿題に予習復習、きちんと出来ているようで何よりだ」相変わらず教師の様な口ぶりをして見せながら手を組みながら笑みを覗かせる。

「……っ……」何か言い返してやりたいと歯を食いしばるが、いざと言う時に何も出て来ず、自分を不甲斐なく思う。最初に出会ったときは復讐心で爆発したが、それが原因で敗北を喫したので、余計に自分から動けなかった。

「席に着き給え。ここの料理はランプルのレストランでも出さない珍しい料理を出すのだ。一緒に楽しもう」

「な……ふざけるな!! 誰がお前なんかと食卓を囲むか!!」フレインは調子を崩さずに声を荒げ、いつでも飛び出せるように脚に魔力を集中させる。

「私は君らを持て成そうと言っているのだ。一先ず、大人しく席に着くのが礼儀だと思わないか?」

「何が礼儀だ!! あたしらはお前を打倒しに来たんだ!! そんな悠長な事を……」

 彼女が前へ一歩出ようとすると、ヴレイズは彼女の肩を掴む。

「フレイン、一先ず落ち着くんだ。まずは相手の出方を見よう……」

「何!? ヴレイズまでそんな……」と、噛みつく様に彼の顔を睨む。

 しかし、彼の表情は彼女を一瞬で黙らせるほどの凄みを見せた。

「う……わかったよ、うん」と、フレインは大人しく横側の席に不服そうに座った。

 ヴレイズはヴェリディクトの正面に座り、相手の表情を伺う。

「流石はヴレイズ君。君の成長が一番うれしいよ。よく、あの氷帝を打倒したね。あのニュースを聞いた時、私は……正しかったと確信したよ」と、眼前の鈴を鳴らし、ウェイターを呼ぶ。すぐさま現れ、風の様に流れる動きでワインボトルを開け、3人のグラスに注ぐ。

「正しかった? 村を焼いたことをか?」静かな怒りを覗かせながら口にする。

「それもあるが……君を選んだ事だ。私は君の兄にも会ったよ。グレイくんにね」と、ワインを一口飲み、美味そうに目を閉じる。

「……俺の兄に?」

「彼は力を渇望していた。その為か、私に弟子入りしたいと言っていたな。欲しいモノは与えたが……」

「何を与えたんだ?!」ヴレイズは身を乗り出し、表情を強張らせる。

「それは会ってみればわかるさ」と、口にすると同時にスープと前菜が運ばれてくる。

「本当に食べるの?」フレインは呆れた様にため息を吐く。

「もちろんだ。これはほうれん草とパセリのスープ。前菜はムーントマトとレッドチーズのサラダだ」と、ヴェリディクトは2人の殺気を全く気にせずに食べ始める。

「……毒は入っていないでしょうね?」警戒するというよりも嫌味のつもりで口にするフレイン。

「それは食べ物に対する冒とくだ。私はそんな事は決してしないよ」

「……頂くか」ヴレイズも警戒しながら一口食べる。もちろん味に集中できなかった。

 


 前菜を食べ終わり、ウェイターが皿を下げに来る。

「次の料理は白嘴雀をワインで溺れさせ、丸ごとローストしたモノだ。ランチだから、そこまで重たくはない筈だ」と、ヴェリディクトは微笑みを絶やさずに口にする。

 すると、フレインはテーブルを蹴り上げ、立ち上がる。

「行儀が悪いな」

「もう沢山……いい加減、こっちの番だよ!!」フレインは爆ぜる様に飛び、殴りかかる。

 すると、ヴェリディクトは手を掲げてフレインを炎の玉の中へ閉じ込める。彼女は自分が囚われていると思っていない様に固まった。

「わかった。食事の続きはボルコン嬢が満足した後までお預けだ。ただ、身体を動かすなら、外でやろう。ヴレイズ君、いいかね?」と、彼の顔色を伺うように口にする。

「う……あぁ……」改めて格の違いを感じ取り、彼は頷く事しか出来なかった。

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