73.最悪まで目前

 フレインは火花混じりの色濃い息を吐きながら灼眼でヴレイズを睨み付ける。彼女の視界は真っ赤に染まり、標的の体温と鼓動がクッキリと見えていた。

 全身に纏った炎は漆黒色で容赦の無い温度となり、周囲の草木を灰に変え、地面を黒く染め上げる。

「ちょっとフレイン! なんなんだそれ?!」見覚えのない彼女の気配に仰天したヴレイズは、一度魔力を抑える様に説得する。

 彼女は聞く耳持たず、魔力を更に上げ、炎を夜空へ立上らせた。何も物言わずにフレインはフワリと前進し、いつの間にか彼の間合いに入り込む。

「うわっと!!」狼狽しながらも彼はクラス4の高速移動で後退する。

 しかし、彼女はそんな彼の速さについていき、漆黒の拳を放つ。

 ヴレイズはその攻撃にフレイムフィストで応える。彼のそれは一瞬で練り上げられた高密度の赤熱拳であった。

 互いの拳が衝突すると、黒炎が赤熱拳を侵食していく。

 ヴレイズはその感触を不気味に感じ取り、すぐさまフレイムフィストを解除する。

「な、なんなんだその炎は! ……黒い炎? 聞いた事が無いぞ? どうなってるんだフレイン?!」

 彼の問いには何も答えず、彼女は更に熱を上げて襲い掛かる。

 彼女の手の形は拳ではなく、爪で対象を引き裂くような形を作っていた。その手で大地を抉り、岩すらも斬り裂く。

「ちょ、ちょ、チョ~っとヤメロって!!」堪らずヴレイズは彼女の頭を掴み、大会でやったように彼女の魔力循環を強制停止する。

 するとフレインはそのままぐったりと気を失ってしまう。

「なんだったんだ……一体……」ヴレイズは彼女の頬を叩いて起こそうとしたが、目を覚ます気配はなかった。



 次の日の昼、フレインはヴレイズの背中で目を覚ます。何事かと驚き、急いで彼の背から降り、事情を問う。

「黒いほのお? 何それ?」彼女は身に覚えがないのか、首を傾げる。

 ヴレイズは昨夜目にしたモノを何とか説明し、必死になって彼女に問う。それ程までに昨日の彼女は尋常ではなかった。

「いや、自分ではどうだったんだよ?! あんなに暴れておいて記憶がなかったのか?」

「記憶? いつも通り……っていうかヴレイズの注文通り暴龍宿しをして……制御に失敗したのかな……?」

「失敗して黒くなったのか? いや、失敗で出来るもんじゃないだろ……あの炎は……」

 フレインの黒い炎は普通の炎とは明らかに違った。

 通常、炎は触れた物を温め、炙り焦がして灰にするモノだった。が、黒炎は触れた物を一瞬で灰に変える、全くの別物であった。

「……黒い炎……ん……」フレインは拳を握り、己の炎を滲みだす。いつも通り赤々とした火が揺れ、瞳に映す。

「何か心当たりはあるのか?」

「ない……ないけど……ちょっと気になるから診てくれる?」不安を表情に出し、フレインは彼に向き直る。

「わかった」神妙に頷き、ヴレイズは彼女の頭にそっと触れる。

 今のヴレイズはすっかり炎の回復魔法をある程度使いこなせるようになり、一端の魔法医程になっていた。

 ヴレイズは彼女の中に呪術の類が病原菌の様に住み着いているのかどうか探る。

「……わからないな……いつものフレインと変わらないな……だったら昨日のアレは何なんだ? まさか暴龍宿しの次の段階か何かか?」と、首を傾げる。


「……まさか、黒龍宿し?」


 フレインはポツリと呟き、難しそうに唸る。

「なんだ、その黒龍宿しって……?」

「父さんが昔話の様に語っていたんだけど、黒龍宿しを使う魔人がいて、それを倒すために仕方なく編み出したのが暴龍宿しだって……」

「そうなんだ……って、フレインはなんでその黒龍宿しを?」

「いや、それだって確証は……でも、黒い炎か……」フレインは更に考え込む様に表情を暗くさせる。

「……ヴェリディクトの町に行くの、中止にするか?」

「いや、それはダメ! あたしは行く! なんならこの黒い炎を利用してでもあいつを!!」と、いつもの調子で吠える。

「その弱味に付け込まれるかもしれないぞ? ……やっぱり行くのはやめよう」

 するとフレインは彼の胸倉を掴み、炎を全身から噴き上げる。


「行くの!!!! 何? そんなに負けるのが怖いの?!」


 殺気に満ちた瞳で彼を睨み付け、掴んだ手に力を入れる。

「……俺が怖いのは、あいつに負けるって事よりもフレインを……失うのが怖いんだ」

「何それ……あたしは負けないよ! それに死なない!!」手を離し、鼻息を荒くさせる。

「……俺は目の前で死にゆく仲間を、アリシアを見た事がある。その時の自分がとことん惨めで……二度とこんな思いは御免だって……それで俺は強くなる為に旅をしてきたんだ。今の俺に守る力があるのか……同じことが起きて、今度は助ける事が出来るのか……まだ自信が無いんだ……」

「何言ってるの? ヴレイズは何度あたしを助けたと思ってるの? 3回も4回もあたしの事を助けてるくせに、まだ自信が無いの?」

「え?」

「それにサバティッシュ国を氷漬けの運命から助けてるし、吸血鬼を倒してマーナミーナ国も救ってるよね! そこまでやっておいてまだ自信がないの? どんだけ欲張りなのあんた?!」

「いや、でもどれもフレインやケビン、ニックがいなきゃ……ひとりじゃ無理だった」

「当たり前じゃん! ひとりで一人前になんかなれない! ひとりで一人前になったつもりでいる奴は一人前になる資格はない! これは父さんの言葉だけど、その通りだよ! つまり、もうヴレイズは一人前って事だよ! おめでとう!!」

「なんだよ、そのおめでとうって言い方……」

「だから……ヴレイズはあたしの事を助けてくれるって信じてるよ。例え、ヴェリディクトと戦って、あたしがピンチになっても……絶対に助けてくれる。別に甘えて言ってるわけじゃないからね?」腕を組んでそっぽを向き、頬を膨らませる。次第に頬と耳が赤くなっていく。

「そっか……少し自信がついたよ」

「本当に我儘なヤツだなぁ」

「どっちがだよ」



 タラントシティまであと少しの所まで迫り、最後の野宿をする2人。今夜はフレインが料理を担当する。彼女が得意とする具沢山カレーを山盛りで差し出す。

「明日の昼には着くね」スプーン片手に口にするフレイン。

「そうだな。ここまであっという間だったような、長かったような……ま、最後じゃないが」と、スパイスの効いたルーを啜り、美味しそうに唸る。

「ヤツを倒したらどうするの?」

「そうだな……ラスティー達と合流して、魔王討伐の旅を再開だな」と、懐かしむような目を見せる。「フレインはどうするんだ?」

「そうだなぁ……あたしもヴレイズと一緒に魔王討伐軍に加えて貰おうかな? 父さんたちも応援しているみたいだしね」

「それは嬉しいな。フレインがいれば100人力だろうな」

「その通り! 魔王なんてあっという間に倒しちゃうよ!」

「頼もしいな。よし、食べ終わったら今夜は直ぐに寝よう。明日に向けてな!」

「そうだね」と、食後に直ぐ寝袋を用意し、あっという間に就寝する。



 その頃、タラントシティにある町長の家でヴェリディクトはエプロンを付けて料理を楽しんでいた。牛のもも肉にスパイスと香り付けの葉を添えて折り畳み、手から滲みだす炎で表面をこんがりと焼く。

「今日のディナーは一体なんでしょう?」テーブルについた町長夫人が待ちきれないのかソワソワしながら問う。

「オレンシア産の牛もも肉のローストです。熱々のガーリック入りソイソースをかけ、覇王歴179年産の赤ワインと共にどうぞ」と、ヴェリディクトはウェイターの様に差し出す。

「今日は随分と機嫌がよろしそうですね、ヴェリディクト様」町長がナプキンを首もとにかけ、ナイフとフォークを持ちながら口にする。

「明日、私の知り合いが尋ねてくるのでね……待ちきれない思いが顔に出てしまった」微笑を蓄えながら席に付き、ワイングラスを掲げる。「乾杯」

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