15.イカサマと恐喝とスレッジハンマー

 エディとウォルターは殺気を帯びた従業員たちに連れられてVIPルームに来ていた。と、言ってもこの部屋は重要なお客様専用の部屋ではなく、イカサマを働いた客へのお仕置き部屋であった。

「……縄抜けできるか?」エディは周囲に聞こえないような小声でウォルターに囁く。

「……」沈黙で返し、周囲に目を配るウォルター。

「出来ないっぽいね、やれやれ」ため息を吐くと同時に、店の表側へは姿を見せない男が現れる。その者はスーツを着崩した強面だった。この男はこのカジノを任されている、とある傭兵団の幹部であった。このカジノは国営ではあったが、裏では傭兵団と取引し、警備を彼らに任せていた。

「お前らか、ウチのカジノでイカサマを働いたふてぇ野郎どもってぇのは」目をギョロつかせ、エディ達を交互に睨む。

「イカサマぁ? 証拠でもあんのかぁ?」エディは自信満々に胸を張って答えた。実際、ウォルターはイカサマらしい小細工はしておらず、強いて言うならダイスゲームの時のテクニックぐらいであった。それ以外はギャンブルに置いてのテクニックだと言い張れた。

「スロットで連続10回以上、ダイスゲームでオールインして大勝し、そのままカード卓でもプロ相手に大勝ちを連発……イカサマ無しでやった証拠を見せて欲しいものだな!」と、強面男はエディの顔に唾を飛ばす勢いで近づく。

「だから証拠を見せろって言ってんだろぉ? 俺達がイカサマをした証拠をよぉ!!」相手の凄みにも負けずに噛みつくエディ。

「証拠か……いいだろう」と、強面男はウォルターのサングラスを奪い、地面に叩き付けて踏みつぶす。「この目が証拠だ! こいつは眼術使いだ! ウチのカジノには『眼術使いお断り』の張り紙がしてあるんだよ!」と、息巻く。

 それに対してウォルターは何も口にせず、黙って彼の顔を観察していた。

「ほぉ……」エディは不敵に笑い、足を組んでニタつく。

「何が可笑しいんだ? これからお前は利き腕を、こいつは目を潰されるって言うのに……」と、背後で部下にスレッジハンマーを用意するように指示する。

「いや、俺たちはどんだけ勝ったんだっけってな……幾ら稼いだっけか?」

 強面男はフロアマネージャーにその額を訊ね、額に血管を浮き上がらせる。

「800万だと? よくもまぁそんだけ稼いだものだなぁ?!」

「そう、800万だ。お前らはそれだけ掠め取られるまで、俺らのイカサマに気付かなかった訳だ。もし、俺たちは500万で満足して退店していたら? 寒気がするんじゃないか? で、そんな額になるまで俺らを放っておいた間抜けは誰なのかな?」

「ぬっ……どういう意味だ?!」眼術使いのギャンブルはただのイカサマとは違い、見抜く事は困難、あるいは不可能であった。強いて言うなら、今回の様な出鱈目な勝ち方をすれば、その者が眼術使いだとわかる程度であった。

「俺達は、とある人物の命令でここを試しに来たんだ。このカジノの警備をな。正直、合格点はやれないなぁ~」と、どこから湧いて来るのか、自身に満ち溢れた笑みを覗かせる。

「その人物とは、誰だ?」強面男はエディの胸倉を掴み、眼前で怒鳴った。

「ラスティー・シャークアイズって知っているか? 最近、この大陸に渡ってきた大物だ」

「ラスティーだと……」聞き覚えがあるのか、強面男は冷や汗を滲ませて胸倉から手を離し、唾を飲み込む。ラスティーの名は表の世界ではまぁまぁだったが、裏の世界では有名だった。

「そう、あのラスティーさんだ。今、あの方はこの都市を訪問し、王と謁見しなさっている。その帰りに、このカジノに寄っていくかもなぁ? で、このカジノを締める裏の顔に挨拶しにくる筈だ。で、どうするかなぁ……? あの西大陸大戦で多大なる戦果を残し、西大陸同盟の裏の立役者。しかも、数々の王や賢者とコネでつながるあのラスティーさんだ。弱小傭兵団なんぞ、ひとたまりもないぞ?」

「……証拠でもあるのか? えぇ? お前らがそのラスティーの使いだってよぉ? ハッタリじゃないのか?」怯みながらも、イカサマ客の世迷いごとの相手をするのは馴れていた。大抵のこう言った客は、何かしらの後ろ盾を振りかざすモノであった。

「証拠ぉ? あるぜ? 俺の隣の男の事を知ってるか? 眼術使いって事は、もう誰だかお察しじゃあないか?」と、ウォルターの方へ余裕の笑みを向ける。

「……ほぉ……誰だか紹介して貰おうじゃないか」

「あのラスティーさんの警護を任される眼術使い、ウォルターだ!」胸を張って紹介するエディ。


「………………?」


 強面男と従業員たちは首を傾げ、ウォルターの名を呟きながら「知っているか?」と、互いに訪ね合った。

「だれだ? それ……」

「えぇ……お前、名は売れてないのかよ?」エディは一気に肝を冷やし、ウォルターに囁いた。

 周りのリアクションの通り、ウォルターは無名であった。ラスティーの討魔団で名が売れているのはレイ、キーラ、キャメロン、ダニエル、オスカー、ロザリアなどの表で活躍した者達の名前のみであった。

「他に証拠はあるのか? 無いなら……利き腕にお別れを言うんだな?」

「ぶち折るだけじゃ済まさないって感じか?」

「あぁ……お前みたいな奴は、ハンマーで切り刻んでやらなきゃな」と、エディの頭をむんずと掴み、後方の部下へと放り投げる。彼はそのまま羽交い絞めにされ、利き腕がピンと伸びる様に引っ張られる。

「ちょっと、ちょっと! 証拠はまだあるぞ!」

「なんだぁ? 言ってみろぉ~」強面男は小指で耳くそを穿りながら、今度はお前だと言わんばかりにウォルターを睨み付ける。

「そのウォルターはラスティーさんの警護担当だっていったよなぁ?」

「警護担当が何でこんな所にいるんだ? 余計に説得力が無いな」

「ボスの警護担当だぞ? そいつを怒らせたらどんだけ怖いか知らないのかぁ?!」苦し紛れに口にしながらもがくエディ。彼の眼前には鋭く光るスレッジハンマーが天井高く振り翳されていた。

「ほぉ~ どんだけ怖いか俺が知りたいくらいだなぁ~ もし役に立つなら、俺のボディーガードにしてやらぁ! おい、さっきから無口だなお前、なんとか言ってみろ!」と、ウォルターの座る椅子を蹴飛ばして転ばせる。「お粗末なやつだなぁ? 警備がお粗末なら、ボスも相当にお粗末なんだろうなぁ~!」強面男は調子に乗り、彼の顔を踏みつける。

 ウォルターの額に青筋がピクつき、表情が強張る。

「どうした? 目の前で相棒がぶち折られそうになってるぞ? 助けないのか? この役立たずの青二才が!」と、更に踏みにじる。

 するとその瞬間、ウォルターの縛り付けられていた椅子が急に爆ぜ飛び、椅子の木片が強面男の膝に突き刺さる。

「……な!」刹那の出来事に何が出起きているのか理解できず、激痛が頭を叩くと同時に膝で起きた出来事が現実だと知る。

 ウォルターは瞬時にエディを拘束していた従業員たちを打倒してスレッジハンマーを奪い取る。更に周囲の従業員に殺気をぶつけて戦意を奪い取る。

「お前をぶち折るのは俺の仕事だ」と、倒れたエディを引き起こす。

「流石はラスティーさんの警備担当だな。さて、形勢逆転かな?」と、エディはウォルターからハンマーを受け取り、跪く強面男に歩み寄る。

「こ、この強さ……お前の言っている事は真実なのか?」

「真実もなにも、頭の先から足先まで真実だぜ? 嘘偽りもイカサマも無しだ。それをお前、疑うとはいい度胸だなぁ? あ?!」と、強面男の太腿を掠める様にスレッジハンマーを振り下ろす。地響きが轟く代わりに、エディの腕を痺れさせる。「いてぇ……」

「くっ……お、俺達が悪かった……お前らの稼いだコインはくれてやる……だから……」

「今回の事は不問にしてやるってか? なんか虫が良すぎないかぁ~」と、スレッジハンマーに体重を預ける様に寄りかかり、顎を撫でる。

「800万ゼル相当のコインだ! 今回のイカサマの件は許してやる! それ以上を望むなら、俺たちにも考えがあるぞ! 俺らの親玉を誰だと思ってやがる! あのベルバーン様だぞ!」

「ほぉ~ あの有名なねぇ……」ベルバーンとは、この国最大の強盗団のボスの名だった。彼ら傭兵団は、ベルバーンの傘下に入っていた。

「おら! さっさとこいつを持って出て行きやがれ!」と、フロアマネージャーがコインと札一杯の袋を持って現れ、エディに強引に手渡す。

「そこまで言われたら……」これ以上は泥沼と悟り、エディはため息交じりに袋を受け取る。

 が、しかしウォルターがそれを横から奪い、強面男に向かって投げつける。


「たかが800万ぽっちで許して貰おうって言うんじゃないだろうな?」


 ここで彼は殺気でギラついた瞳で彼を睨み付けた。

「へ?」その場にいる者達が皆、首を傾げる。

「お前はウチのボスをお粗末呼ばわりにしたあげく、俺の顔を踏みにじってくれたよなぁ? つまり、ウチの看板にクソを投げ付けたってわけだ……で、800万くれてやるからとっとと失せろだとぉ? 舐めてん゛のかゴラァ!!!!」普段からは考えられないような怒声をVIPルーム中に轟かせ、素人でもわかる程の殺気を吹き上がらせる。

「えぇ?! で、でも、しかし……」強面男は何が何だか理解できず、頭に浮かんだ言葉をポツリとだけ口にする。

「ウチのボスはたった一晩で数億ゼルを稼ぐお方だぞ? そんな御方にはした金投げつけるたぁどういう了見だ? あ? どう落とし前付けてくれるんだ? おら!」と、太腿に突き刺さった木片を踏みつけてグリグリとめり込ませる。

「い、いいいいだいやめでぇ!」強面男の勢いは何処へやら、顔をしわくちゃにして弱々しい声で鳴く。

「やめて欲しいかぁ? だったら、これからやるべき事はわかるよなぁ? なぁ?」ウォルターはあえて強面男に顔を近づけ、彼の目をじっと睨みつける。ウォルターの瞳からは悪鬼が如き殺気が噴き出て、彼の脳を抉る様に目に入り込む。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「そこまでやらんでも……」



 その後、エディとウォルターは何事もなくカジノを退店した。コインの大袋は持っていなかったが、その代わりにカジノの永久優待券を強引に手渡されていた。

「あんなに頑なにコインを受け取らないなんてよぉ、勿体ない……」実際、あれがあればラスティーに返す金は殆ど返したも同然であった。が、ウォルターは頑なにそれを拒んでいた。

「意地の問題だ。あぁいう後ろ盾を簡単に使って泣きを入れるヤツは大嫌いなんだ。お前も簡単にラスティーさんの名前を出すんじゃない」と、エディをギラリと睨み付けてサングラスを付ける。

「へいへい……ま、俺の目的はほぼ達成した様なもんだし、いいか」

「そうか?」

「あんな馬鹿勝ちすれば、イカサマだとバレて裏部屋へ連れて行かれるのは目に見えていたさ。俺の目的は、裏でカジノを牛耳る連中との交渉だ。結果は、お前のお陰で上々だ。おまけにコインも貰えればよかったんだが……ったくぅ……」



 そんな数分後、ラスティー達はカジノの前に来ていた。最初は寄るつもりが無かったが、オスカーが『今後の為に寄っても損はない』と、口にし、ラスティーの心変わりを誘ったのだった。

「確かに、ここを裏から牛耳る事が出来ればオイシイが、ここに唾を付けている奴が簡単に手を引きかどうか……ま、様子見だけならいいが」

「そうこなきゃな! んじゃ、俺たちはお先に!」と、オスカーはコルミを連れて足早にカジノのきらめきの中へと向かっていった。

「しょうがないなぁ、あのオッサン……ん?」と、カジノの奥から目を輝かせたタキシードの男がやって来るのを見て眉を潜ませるダニエル。

「なんだ?」ラスティーも予想もしない異変に気が付き、首を傾げる。

「ラスティー様でお間違いありませんね? 私は当カジノの支配人でございます! ささ、奥のVIPルームへどうぞ!」と、ラスティーたちに対して数十人の従業員が笑顔で取り囲み、奥の扉へと案内した。

「ラスティー! これは罠では?」キーラは身構えながら周囲の笑顔を不気味に思った。

「罠……なのか? 正直、想定外でわからん……取りあえず、動揺するな」ラスティーは、頭の中にある情報を引っ掻き回しながらも態度を崩さず、狼狽を覗かせず、とりあえず案内に従った。

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