61.賢者の余興

 ブリザルドの余興宣言の後、彼の攻撃は激しさを増した。2人の周りに真空波が舞い、油断をしたなら最後、腕や足、首を綺麗に斬り飛ばす勢いで襲い掛かった。その上、先ほど見せた『圧縮竜巻砲』を鼻歌混じりに連射し、まるで弄ぶように彼らの足元や頭上を狙う。少しでもこの技に当たるどころか、ほんの一触れしただけで巻き込まれ、消し飛ばす勢いであった。

「くそ! 本当に遊んでやがる!!」全身切り傷だらけになりながらラスティーは歯を剥きだして唸る。

「やばい……このまま削られると……」同じくズタズタになったヴレイズは、片膝をつきそうになるが、襲い来る真空波の嵐を避けるため、休む間もなく飛び回る。ヴレイズは少しでも呼吸が乱れると、魔力の体内循環が狂ってしまう為、少しでも呼吸を整えたかった。

「ぐ……おい! ブリザルド!!」ラスティーは賢者の連撃を必死に避けながら声を上げた。

「ん? なんだね?」攻撃を緩めずに返事をする。

「お、お前の風魔法の凄さはよーくわかった! だが、魔法に頼り過ぎているな! ロクに体術ができないんじゃないか? え?」少しでもブリザルドの攻撃の手を緩めるため、知恵を絞って投げかける。

「なんだと?」王の間は台風さながらの激しさだったが、一瞬で風が止む。

「賢者に立候補できる資格の最低条件は、『魔力』『体術』『人格』だろ? だったら、体術の方の実力も見せて欲しいな! ま、人格の方はサイテーだとわかったがな!!」挑発するように口にし、額から流れる血を拭う。

「ほう……」ラスティーの挑発を聞き入れたのか、にんまりと笑い、初めて足を前に出す。

「……乗ってきた……ヴレイズ、今の内に……」虫の鳴くような声で囁く。

「わかっている……」ここでやっと片膝をつき、肩で呼吸をする。

「ジェイソン君。君は体術に自信がある様だな?」目を尖らせ、ラスティーの目を覗き込む。ブリザルドは王代理の為、大臣が着る執務用の服を身に付け、その上から王が羽織る事を許された刺繍入りマントを着用していた。履いている靴からして、体術の得意不得意にかかわらず近接戦闘に向いていない恰好をしていた。

 ラスティーはそこを突いたのだった。

「気安く本名の方で呼ぶな! あぁ、体術は得意だぜ」荒々しい息を整えながら歩を進める。彼は、力はヴレイズに劣るが、戦闘技術は格段に上だった。例え5人の兵に囲まれても、無傷で叩き伏せる程の自信があり、実際に幾度も旅の道中、実力を発揮していた。

「それは困った……私はここ数年、ロクに身体を動かせていなくてね……いやぁ、君には敵わないかもなぁ~」

「そうかい!」馬鹿にしたセリフには耳を貸さず、ラスティーは一歩踏み出しブリザルドの眼前にボウガンを向けた。

「ふん、やはりな」全てを読んでいたブリザルドは、眼前のボウガンを容易く真っ二つに切り裂く。すると、割れたボウガンから破裂音が轟き、爆炎が賢者を襲った。


「へっ、かかったな!」


 笑みを覗かせたラスティーはナイフを数本手にし、煙の向こう側へ投げつける。だが、それらの軌道は賢者をすり抜けて飛んでいく。


「君が得意なのは子供だましか?」


 煙が晴れると、そこには髪の毛一本乱れない余裕顔のブリザルドが現れる。

「知っていたさ」彼の目的はヴレイズのクールダウンである為、自分の攻撃はどうでもよかった。

「言っておくが、そこのヴレイズ君を休ませる為の時間稼ぎだと言う事はわかっているぞ。何故こんなくだらない事に付き合うのか教えてやろうか?」

「……」ラスティーは沈黙で応える。


「次に君が何をするのか知りたくてね。どうやら君はまだ策を隠していると見える。しかも、私を必殺できるかもしれない策をね。それがどんなものか知りたくてね……」


「好奇心は身を滅ぼすぜ?」

「どうかな? それを真正面から踏みつけてやるのが、私の楽しみなのだよ。さ、次の小細工はなんだ? 遠慮なく見せてくれ」両手を後ろに回し、腰を曲げながら顔を近づける。

「ぐっ……後悔すんなよ?」



 彼らが城内で戦いを始めた頃、アリシアは城下町の外れで馬から降り、全力疾走で城の裏手まで向かった。城の見取り図を頭に入れていたお陰で、吸い込まれる様に城内へ侵入する。城内の警備は手薄で、簡単に持ち場近くの王の間の裏まであっという間に辿り着く。

 そこまで来ると、アリシアは思い出したように両膝をガクリと折り、両手を地面について荒々しく呼吸をした。彼女の疲労は凄まじく、汗を滝の様に流しながら、このまま気絶する勢いで地面に頭を打ち付ける。

「ぐっあ……ぁ……寿命が縮むってこういう事なのかな……?」

 彼女は普段なら、数キロの道を走っても息を荒げる事はなかった。

 だが、今の彼女は寿命を限界近くまで削られており、疲弊しきっていた。走るどころか、戦うのもとんでもないくらいのコンディションだった。だが、彼女は身体に鞭を打って戦いに参加した。

 先ほどのローズとの戦いもあってか、今の彼女はもう一歩も歩けないほど疲れ切っていた。

「……う、動けない……よ……か、ラだ……が……」意識がトロけ、強風の様な耳鳴りが頭の中で共鳴する。心臓が破裂せんばかりに荒れ狂い、脳に『もう動くな』と指図する。

「……く……ご……め……ん」瞳が上を向き、糸が切れた様に身体が動かなくなる。


「……シアさ……アリ……アさん! っアリシアさん!!!」


「んぅ……?」数瞬の気絶から引き戻され、目を開く。眼前には見覚えのない男が慌てた表情で彼女を激しく揺り動かしていた。

「アリシアさん! よかった! 追いついたんですね!!」

「だ……れ?」

「僕ですよ! ほら、バグジーです!!」

「ばぐじー……くん? あれ? 君の顔ってもっと……」アリシアの記憶にあるバグジーの素顔は汚らしい髭面だった。

「はは、大切な日なんで整えてみました……」恥ずかしそうな顔を背けながら嬉しそうに笑う。

「ハンサムだね……」

「それよりアリシアさん! 大丈夫ですか? お怪我は??」

「大丈夫……ちょっと……疲れた、だけ」今にも死にそうな声を出し、甘える様にバグジーに体重を預ける。

「エレンさんが言うには……そうですね……あ、疲労を取り除く効果のある丸薬があるのですが飲みますか?」腰に備え付けたポーチから深緑色の玉を取り出す。

「うん……あれ? いつもの着ぐるみは?」バグジーの顔だけでなく、服装にも注目する。まるで貴族の様にあつらえた服を身に付け、マントを着用していた。鼻を効かせると、いつものかび臭い匂いはせず、気品漂う香水の香りが漂っている。

「はは、大切な日なので」また恥ずかしそうに顔を赤く染め、アリシアの口に丸薬を添え、ヒールウォーターで飲ませた。

 その後、近くの部屋からクッションを見つけ出し、彼女の頭の下に滑り込ませた。

「しばらくここで休んでいてください」安心させるようにニコリと笑う。

「う……ん……その、大丈夫なの? 作戦は順調なの?」

「はい、順調です」軽く頷き、立ち上がる。何かを窺うように耳を澄ませ、時折表情を険しくする。

「その、本当に大丈夫なの?」上体を起こそうとすると、バグジーがそれを止める。

「大丈夫です。まだ作戦は第2段階です。アリシアさんの出番は第4段階ですから、第3段階へ移行したら教えます」と、得意げに敬礼して見せる。

「そう……本当に大丈夫なんだね?」

「ラスティーさん達を信じましょう」



「ぐあぁ!!」ラスティーの胴から鮮血が噴き出る。

「そろそろ飽きてきたのだが? そろそろ場を動かそう」ブリザルドは指を怪しく動かし、真空波を巧みに操った。

「ラスティー!!」ヴレイズが声を上げると、ラスティーは彼を制する様に手を付き出した。

「お前は呼吸に集中しろ!!」声を荒げた瞬間、彼の懐で空間が歪み、炸裂する。ラスティーは内部から破裂する様に夥しい血を吐き出し、真っ赤に汚れた絨毯の上を転がった。

「おい!! ラスティィィィィィ!!」我を忘れて駆け寄る。

「グ……あ……」懐から、ウィンガズに用意して貰った即効性ヒールウォーターを取り出し、一気に飲み下す。アリシアが飲まされた寿命を削るヒールウォーターとは違うタイプのモノだった。

「げぁ! げほっ! げほっ!!」破裂した内臓が秒速で治癒し、乱れた心臓の動きが安定する。腹部の切り傷も蒸気と共に治る。

「ほぉ……命のひとつやふたつは差し出す勢いだな」感心するようにラスティーを見下す。


「ヴレイズ!!! 俺の心配をしている暇があるなら!!! とっとと呼吸を整えろ!!!」


 血唾を飛ばしながら血眼でヴレイズを睨み付ける。

「う、わ、わかった……」気迫に押され、体内循環を整える。


「そうだぞ、早くしないと……司令塔がくたばるぞ?」


 ブリザルドが口にした瞬間、ラスティーの周りで複数の空気爆発が起こる。彼はその予兆を読み取り、事前に飛びのいて攻撃範囲から逃れたが、その衝撃波凄まじく壁に叩き付けられる。

「がぁ!!」

「体術は得意か? と、聞いたねジェイソン君」いつの間にかラスティーの鼻先に、ブリザルドが立っていた。

 ラスティーは腕で防御の姿勢を取ったが、その合間を縫うように賢者の拳が彼の腹を捉えた。特別大きくなく、ごく普通の拳だったが、その威力は凄まじく、衝撃がラスティーの腹筋を貫き背後の石壁に皹を入れた。

「ぐばぁ!!」防御姿勢のまま崩れ落ち、膝立ちになる。

「賢者の私を舐めるのは、10年……いや、舐める事は許さんよ」と、腕を掲げるとラスティーの周りを風が拘束し、宙へふわりと飛ばす。無防備になった彼に、ブリザルドは容赦なく拳を叩き込んだ。

「が! ぐぁ! げぇ!!」ブリザルドのパンチは誰がどう見ても未熟なモノであったが、魔力の漲ったその拳は必殺の凶器であった。

「さ、ヴレイズ君。助けるなら今だよ? 早くしなければ死んでしまうよ?」弱り果てたヴレイズの顔を眺め、ラスティーの脇腹を枝の様にへし折る。

「がぁ!!」次の瞬間、ラスティーの懐で何かが砕け散る音が響く。

「んん? 今の手応えは何かな?」ブリザルドが彼の懐を弄り、壊れた何かを取り出す。

 それは風の共鳴器だった。

「はは、やはり持っていたか。これで自分の『風の伝令』を増幅させ、城下へここでの会話を流すつもりだったんだろぅ? これでこの部屋を我が風で妨害しなくても良くなったか」

「く……そ……」無念の声を絞り出すラスティー。

「どうやら、この拙い策しか用意していなかった様子だな? 私の隙を突いて風の伝令を飛ばすつもりだったんだろう? だが、これが壊れたら……貴様程度の魔力では城下に用意した共鳴器までは届かないんだろう? ……終わりだな、ジェイソン君」


「てめぇぇぇぇぇぇ!!!」


 体内循環が万全になったヴレイズが赤熱拳を纏って割って入る。ラスティーはべちゃりと床に倒れ込み、血反吐に塗れながら痙攣を繰り返した。

「さ、そのゴミクズはもう終わりだな。だが、君が万全になる事によってもう一つの策が発動する、かもしれないんだよな? どんな策か見せてくれないか?」


「俺がてめぇをぶん殴るんだよ!!!」


 怒り心頭で我を忘れたヴレイズは、ブリザルドのにっくき顔面目掛けて、魔力を練りに練った赤熱拳を振り抜いた。


「その拳でどうやって『ぶん殴る』のかな?」


 ブリザルドの言葉が終わると、ヴレイズの頭上からヌルリとした液体が降り注ぐ。傍らに何かがボタリと落ちる。

「う、うそだろ……?」

 ヴレイズの肘から向こう側が、そこに転がっていた。

 瞬時に彼の頭に激痛が叩き付けられ、同時に悲鳴が轟く。

「さ、そろそろ余興をお仕舞にしようか……?」

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