58.狩人アリシアVS雷使いローズ
村を出て、ひたすら馬で駆ける4人。アリシアを残してきた事を後悔しているのか、エレンの表情が曇る。
そんな彼女を尻目に、ラスティーがヴレイズに話しかける。
「なぁ、アリシアは拷問された時、名前ひとつ吐かなかった、と言っていたが……なんであいつは知っているんだ?」
「……俺のせいだ……監禁されている場所に入った時、俺がアリシアの名を呼んで……」悔やむ様に言い、馬に進路を任せながら俯く。
「どうやら、あの女は独自の情報網でアリシアの名前や、俺達の事も調べ上げて、ブリザルドに報告したんだろうぜ。ったく、優秀だな」
「すまない……」
「いや、これでいい」
ラスティーは余裕の表情で口にし、ヴレイズに笑いかける。
「なに?」
「情報を頑なに渡さなければ、相手は得体のしれない敵に十分すぎる程に警戒するもんだ。だが、多少正体を知れば……ましてや俺たちは東大陸で賞金首なだけで、大した実績を積んできているわけじゃない。ただの小物だ。きっと侮る。その間隙を突ければ、勝機はあるさ!」
「本当か?」
「あぁ、それに刺客はあの女だけだった。本気で潰す気なら、裏で傭兵や強盗団を雇うなりして押しつぶすだろう。たぶん、ブリザルドは今回の事を殆ど読んでやがるな。そして、遊ぶつもりだな」
「なんか悔しいな」
「いや、それでいい。本気を出されたら、俺達なんか瞬殺だろうよ」
乾いた笑いを響かせ、馬の脇腹を軽く蹴り、加速させる。
そんな彼らの背後でエレンは、未だに何か引っかかる様な表情のまま、振動に身を委ねていた。
「どうしたんだ、エレン?」馬に乗り慣れたラスティーが余裕で振り向き、語り掛ける。
「……あの女、なのですかね? アリシアさんを拷問したのは……」
「そうだ、と俺は聞いたが?」
「……おかしいですね……私がアリシアさんを治療した時に見えた心のビジョンは、大勢の汚い男、強盗風情の連中が写っていました……」
「あまりアリシアの事ばかり心配していると、これからの作戦に身が入らないぞ! しっかりしてくれよ、先生!」
「はい……」
そんな彼らの背後で、バグジーは着ぐるみの中で何かを覚悟をしているのかブツブツと呟きながら馬を奔らせていた。
「おい! バグジー!」気を利かせたラスティーが声を上げる。
「心配するな! 全部俺たちに任せておけ!!」
頼もしいセリフにバグジーは安堵するように笑い、気合を入れる様に手綱を握り直した。
「よぉし! もうすぐグレイスタン城下町だ! 皆、愛想よく頼むぜ!!」
その頃、村に残ったアリシアはローズから距離を取り、弓とナイフを構えた。
「アリシア・エヴァーブルー。16歳。オレンシア国ピピス村出身……似顔絵と名前だけで結構、掴むことができたよ。あんたの仲間の情報もね」得意げにローズが口にしながら、アリシアの攻撃範囲の外側を、弧を描くように歩いた。
「……それはそれは……」と、ローズの肩を狙い、引き絞った弓から剛矢を放つ。
ローズは上唇を得意げに舐め、瞳を雷光色に光らせる。
すると、矢はローズの雷残像を貫くだけで空を切り裂き、遥か彼方まで飛んでいく。
「言っておくけど、あんたの仲間の情報はぜ~んぶ、ブリザルドに渡っているわよ。そしてあの男はこの国随一の軍師。それ以前に賢者! あんたらにできる策を全て予想し、まるで獲物をいたぶる猫の様に待ち構えているわよ」矢の事には触れず、淡々と言い放つ。
「そう!」アリシアは憎きローズを睨み付け、瞬時に矢を3発放つ。
だが、それを全て華麗に避け、ワザとらしく笑う。
「……あんたら、負けるわよ? 勝つ見込みゼロ。死にに行くようなモノ。そしてあんたも、アタシに殺されようとしている……ね?」
「見縊らないでくれる?」と、指先に魔力を込めて眩い光を放つ。
村に日の出の様な明るさが広がり、遠巻きに見物している村人たちの目を眩ませる。だが、ローズは手で目を覆い、余裕の笑みを覗かせる。
「光使いって事も調べがついているのよ?」と、手を退けると眼前に無数のナイフが飛んできていた。だが、余裕たっぷりに片手を掲げ、電流の壁を作り出して止める。
「比べてアタシはクラス3の雷使い……それもキャリア20年以上のベテランよ。こんなのが通用するとでも?」
だが、アリシアは諦めずにもう一束のナイフを投げた。
ローズは電流壁でそれを防ぐ。鉄製のナイフは全て宙で静止した。
「無駄だと言ったで、ぐぁ!」急にガクンと首を仰け反らせ、血飛沫を上げる。
「無駄、じゃあなかったみたいね」不敵に笑って見せるアリシア。
ローズは片手で顔を抑え、右目でアリシアの笑顔を睨み付ける。
「熱っ……ぃ。潰されたのは10年ぶりかな?」彼女の左目には、深々と骨の投げナイフが突き刺さり、血と透明な液体がドクドクと流れる。
「っち……遊びが過ぎたかな?」目に刺さったナイフを引き抜こうと力を込めるも、熱さと痛みに悶え、息を荒げる。
「あまり侮ると、格下にも遅れをとるよ!」アリシアはクローの爪を伸ばして軽快なステップを踏んだ。
その直後、アリシアの身体が一瞬、宙に浮く。
「がふっ!!」
彼女の腹に、ローズの雷を纏った拳が深々とめり込んでいた。
「アリシアちゃんも、ちょーしに乗らない方がいいよ? ったく……だんだん痛くなってきた」アリシアの眼前で拳を引き抜き、また左目に触れて表情を歪める。
「くっ!」弓を背に収め、ナイフを振り抜くアリシア。だが、雷光を纏い高速で動くローズを捉える事は出来ず、翻弄されて拳を数発喰らう。骨が砕ける音が響き、くぐもった声を吐く。
「もう油断しないわよ、アタシ。言っておくけど、アタシは魔法による遠距離攻撃よりも、近接格闘の方が得意なのよ、ね!」と、アリシアの攻撃を軽々と受け流し、回し蹴りで再び腹を蹴り抜く。
「ブガァ!!」堪らず吐血し、膝を折る。が、前のめりに倒れそうなところを、髪を乱暴に掴まれ無理やり立たされる。
「もう一度訊くけど、勝てると思っているの?」
グレイスタン城下町に入ったヴレイズ達は、堂々と城門へと向かっていた。エレンは途中で別れ、ウィンガズの兵と合流して配置の場所へ向かう。そしてバグジーとも城門前で別れる。
ヴレイズとラスティーは門兵に招待状を見せ、自分たちは客人であると告げる。すると門兵は驚くほどすんなりと彼らを通した。
「……不気味なくらい上手くいっているな……」辺りを見回し、見張りの兵がいない事にまた驚くヴレイズ。
「逆に誘われているって感じだな」装備を確認し、首と手の骨を鳴らすラスティー。
「大丈夫なのか? つまり、俺たちはヤツの手の上って事だろ?」
「そうだな。いいかヴレイズ。奴と対峙したらやる事はひとつだ」
「なんだ?」
「全力で、囮に、徹しろ」
「わかってるよ」
「俺も援護するから心配するな」
「わかってる……」
「上手くいかなかったら、一緒に死んでやるよ」
「それは嫌だ!」
2人は不思議な風に誘われるがままに絨毯敷きの階段を上り、歴代王の肖像画のかけられた通路を歩き、玉座のある大部屋の前で止まった。
「ガヴァッッッ!!」民家の壁を突き破り、箪笥に激突するアリシア。身体は所々が黒く焦げ、殴られた個所は稲妻が小さくのたくっていた。
「ぐ……あっ……くぅ……」ヨロヨロと立ち上がり、ローズが立っていた場所に目をやる。だが、そこにはすでにおらず、アリシアの真横で気配が走る。
「くっ!」そこへ躊躇なくナイフを振るうが、脇腹に馬の後ろ蹴りの様な威力の拳が連続で炸裂し、また壁を突き破る。
「アガァ!!」へし折れた肋骨が内臓に食い込んだのか、額を青くさせて血反吐を吐き散らす。
それを見たローズは返り血を吐き捨て、拳に付いた血を地面に散らしながら歩みを進めた。
「もう立たない方がいいわよ? もっと酷い目に遭いたい?」
「た、立たなきゃ……こいつを倒して、みんなと合流しなきゃ……」民家の壁を背にして無理やり立ち上がり、霞んだ目でローズを忌々しそうに睨み付ける。
だが荒くなった息を整える間もなく、アリシアの脛が真っ二つにへし折れる。
「ギャアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」堪らず倒れ込み、蹴り砕かれた脚を押さえる。
「これでも仲間を追えるかしら?」邪悪な笑顔を張り付けたローズは、アリシアの激痛に歪んだ顔を覗き込み、にんまりと頬を歪める。
それでもアリシアは立ち上がろうと片足で立ち上がり、ローズを睨み付けた。
「睨むだけじゃどうにもなりませんよ? アリシアちゃん?」
「黙れ、負け犬」
血の唾を吐き捨て、アリシアが口にした。
「なんですって? 負け犬に限りなく近いアリシアちゃんが、アタシに向かってなんだって?」
「……あんたの事は知っているよ……巨悪に屈した、負け犬……いい? 負け犬って言葉はね、負けた犬の事を言うんじゃない。戦いもせずに尻尾を巻いた犬の事をいうんだよ! この惨めな負け犬!!」
「アタシの、何を知っているの?」笑顔の消え失せた顔で問う。
「……それは、あたしが勝ったら教えてあげる」傷だらけの身体を晒しても弱味ひとつ見せない顔でニヤリと笑った。
「わかったもういい……もうしゃべらなくていいよ。今ここで殺すからさ」
ローズは額に血管を浮き上がらせ、右腕に魔力を込めて練り上げる。すると、手の中の雷光が稲妻の槍に姿を変える。それを振りかぶり、身動きひとつとれないアリシアに向かって狙いを定めた。
「くたばれ!!」
雷槍は矢よりも速く飛び、一瞬でアリシアの腹部を貫いた。背後の壁を貫いて破壊する。アリシアの身体全身に高圧電流が駆け巡り、黒い煙を上げ、稲妻が蛇の様にうねり狂う。彼女は激しく全身を痙攣させ、尻餅をついた。股の間から黄色い液体が漏れ、白い湯気を立てた。
「……無様にやられ放題なお前が、人を負け犬呼ばわりするんじゃないよ!!」
彼女をいたぶり続け、笑顔を絶やさなかったローズだったが、アリシアの最後のセリフを耳にした途端、我を忘れたのか、髪を掻き毟って取り乱していた。トドメを刺したにも関わらず満足しないのか、爪を噛んで目を血走らせる。
「………………」
白目を剥いてピクリとも動かなくなった筈のアリシアの口からボソボソと声が漏れる。ローズは最初、耳も貸さなかったが、ボソボソ声が徐々に形作られる。だが、聞き取れなかった。
「……まだ生きているの? なに? 断末魔? それとも臨終の喉鳴り?」ローズはしゃがみ込み、アリシアの髪を掴んで顔を耳まで近づける。
「ほら、悔しかったらもっと大声でいってみなよ! 負け犬っていってみなよ!! この負け犬!!」
「……負け犬はあんただよ、ローズ・シェーバー」
「何?!」と、驚き、口にした瞬間、ローズの両太腿が大きく裂けて血が噴き出る。ガクンと態勢が崩れると同時に、右肩に鋭い痛みが滑り込み、骨が切り離される感触が伝わる。激痛が脳天に叩き付けられる頃、左肩が爆ぜる様な痛みが走り、そこでやっと悲鳴が喉から噴き出た。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」一瞬で身体の4カ所が真っ赤に燃える様な激痛が吹き上がり、血で濡れる。
そしてアリシアはクロガネのナイフ片手にローズを退けるように蹴り飛ばし、片脚でよろよろと立ち上がった。
「……最後の一撃は効いたよ……でも、命には届かなかったね」真っ黒に焼け焦げた腹を押さえ、苦しそうに黒い咳をする。
「何で……どういう事?」両手両足が効かず、芋虫の様に地面に這いつくばるローズ。
「狩りの常識。死んだふり、だよ」アリシアは傷の痛みで表情を歪めながらも、自慢げに笑って見せた。
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