52.アリシア救出作戦 前篇

「で……なんで俺たちがそんな事をやらなきゃいけないんだ?」

 むすり、とした濁り顔でヴレイズが口にする。

 彼らは北東に位置する町、グランの宿に招かれていた。

 この町には西に位置する医療協会の病院よりも大きな医療施設があり、そこに数百人もの患者が詰め込まれていた。西の病院同様、謎の病原菌に感染した者ばかりだった。

 だが、数日前にやってきたヴレイズとエレンの活躍で患者達は命を拾い、町全体は彼らを英雄視していた。感謝の印にと、宿を貸し切りにし、宿泊費は無料で、さらに豪勢な食事やルームサービスをご馳走になっていた。

「ここでは話したくないんだが……だから外で……」ラスティーが言うと、エレンが膨れ面を作る。

「嫌ですよ! 貸し切りなんだから隣で聞いている人はいませんよ! もうこの贅沢から離れたくない! って言うのは冗談ですけど」

「……念のため、風のバリアで音を遮断するぞ」

 ラスティーは指を鳴らし、部屋全体に風を巡らせた。

「そこまでやるのか……ってか、訊きたいことが山の様にあるんだが……いいか?」ヴレイズが問うと、ラスティーは煙草を咥える。すると、煙草の先が真っ赤に光り、紫煙が立ち上る。

「サンキュ」


「何でこの国の王を失脚させなきゃいけないんだ?

 その着ぐるみはなんだ? 中身はいったい誰なんだ?

 そして、アリシアはどこだ?」


 ひとつ質問するごとに一歩ずつ詰め寄り、煙の向こうのラスティーを睨む。


「……旅の道中、色々あってな。分かり易く説明すると、この先のバルジャスって国で約7000の兵が俺たちを待っているんだ。そいつらのリーダーになって、魔王軍に立ち向かうって言うのがこの先のシナリオなんだが……俺たちには7000を率いる説得力やカリスマがないだろ? それを得るために魔王の手先たる風の賢者を討つ必要があるんだ。

 で、この着ぐるみはバグジー。中身の事は、今は訊くな」


 ラスティーのセリフに応える様にバグジーはワザとらしく手を挙げてお辞儀をする。


「そういわれると気になるな……ってか、そんな大それた事を4に、いや……5人でやるのか? 無茶だろ?」

「それ以前に俺たちは魔王討伐を目的にしていただろう? なんだ? たったの4人で挑む気だったのか?」

「まぁ……それはそうだが……でも、いきなり賢者って……」

「その前にヴレイズ、お前はどうなんだ? バースマウンテンでお前の目指す強さは手に入ったのか? それとボルコニアの情報は? まさか……なぁ? どうなんだ?!」

 ラスティーは焦る様に冷や汗を掻きながらヴレイズとエレンを交互に顔を向ける。

 すると、エレンが得意げな顔でラスティーに近づき、手を出した。

「直接頭に叩き込みましょうか? それとも紙におこしますか?」

「いま頭に注がれると滅茶苦茶になっちまいそうだ……紙でお願いする」

「りょーかい」

 すると、エレンはインクと紙の束を取り出す。手に魔法を込め、インクをまるで奇術師がワイヤーマジックをする様に巧みに操り、紙に彼女が得た情報をサラサラと書き始める。あっという間に書き上がり、ラスティーの前にドンと音を叩て置く。

「いらない情報もあるでしょうが、これが私が得た全てです。どうぞ、目を通して下さい」嫌味の混じった眼差しでラスティーを見下ろした。

「お、おぅ……で、ヴレイズはどうなんだ?」

「……っていうか、アリシアから何も聞いてないのか?」首を傾げながら質問で返すヴレイズ。ラスティーは何か言いたげな表情を浮かべたが、頭の中で理解したのか、深いため息を吐き、彼の目を見る。

「一言、『大丈夫だ』としか聞いてないな。何をどう尋ねても大丈夫、としか返ってこなかった。ウソを吐いているようにしか見えなかったが……事実はどうだったんだ?」


「……そうか……そうだな! アリシア……ありがとう」


「あ? 意味がわからないんだが?」


「少し長くなるが、全部話すよ」



「なに? どういう意味だ?」大臣から信じられない言葉を耳にし、数年ぶりに狼狽えるブリザルド・ミッドテール。

 大臣は謎の病原菌問題は解決への道を見つけ、患者達は息を吹き返した、と語った。それに対し、ブリザルドは冷や汗を隠しながら喜び、患者達を救った英雄に対して城への招待状を書き認め、大臣に渡した。

「この大きな問題を解決した、我々の救世主だ。手厚く歓迎し、直接礼を言いたい」

「わかりました。いや~よかったよかった……患者の中にウィンガズ殿の娘もいたとか……助かって大層喜んでおり、自分が迎えにあがりたいと……」

「そうか。直ぐに呼んでくれ。もうすぐ、礼を言う間もなくなるかもしれんからな」

「はい!」

 大臣は笑顔でお辞儀をし、王の間から立ち去った。

 ブリザルドも笑顔で見送ったが、ドアが閉まった瞬間、鬼の様な形相を覗かせた。


「おのれ……どこの誰だか知らんが余計な真似を……あと1ヵ月ほど追い詰めて、私が特効薬を見つけ出して支持率を上げる予定だったものを!!」


 胸ポケットに入れた特効薬と思しき薬の瓶を握り潰し、歯茎を剥きだす。


「まぁ、心配せずとも、あの場所には誰も近づくまい……それにしても、魔王軍生物・呪術兵器部門局長の『ヴァイリー・スカイクロウ博士』の作り出した呪術兵器を解くとは……一体なにものだ?」



 ヴレイズの話は夕食時まで続いた。彼らは宿で持て成される最高の夕食をご馳走になり、一服していた。

「つまり、ヴレイズは今、クラス4に負けない力を手にしているわけだ」

「そこまで届くかわからないが、そんな感じだ」

「凄いじゃないか。勝ち目が少し見えてきたな」食後の煙草を満喫する。

「どうだろうな……賢者にはまだまだ届かない気がするな……実際、ガイゼル殿には手も足もでなさそうだったし……」

「そんな事は無いですよ! だってあの生意気な娘の鼻を明かす程の強さなんですから!」少し酒の入ったエレンがヴレイズの背中に飛びつく。

「いや、それでも勝ち目は見えてきた……だが、な……」ラスティーが言い出しにくい事実を口に含み、モゴモゴさせる。

「……? どうしたラスティー……あ、そうだ! アリシアは?! アリシアはどうしたんだよ!!」

「……その、アリシアは……その」

「どうしたんだ?! 何かあったのか?!!」


「その賢者に、捕まった……」


 この事実を聞いたヴレイズは、宿の天井が吹き飛ぶ程の炎を噴きあがらせ、目から熱線を出す勢いでラスティーの胸倉を掴んだ。


「ど・う・い・う・ことだ!!!」


「お、おちつけ、おちつけ……あぢぃ……」

 首が締まり、顔を真っ赤にさせてラスティーが白目を剥く。それを見たバグジーは慌てた様子でヴレイズを止めにかかった。




「…………」

「そろそろ吐いてくれない? こっちの方が辛くなってきたよ」

 ローズは両手にへばり付いた血糊を洗い落としながら口にし、血反吐まみれで宙吊りになるアリシアを見た。彼女の身体には傷ひとつ付いていなかった。だが、彼女の体力はすでに尽き果て、風が吹いただけで魂が飛ぶ程に弱っていた

「……ねぇ、なんでそこまで頑固なの? ふつう、ここまで痛めつけられたら名前くらい吐くよ? っていうか、ここまで耐えるのは初めてよ。普通、アタシの拷問喰らったら、2日も持たずに『殺してくれ!』って言うんだけどな~」

「……ふ……ふふっ」笑うのも辛そうなアリシアだったが、ローズのこの言葉につい笑みが零れる。

「何が可笑しいの?」


「し、死んだら終わりじゃん……だ、誰が死にたいって……言うもんか……」


「へぇ~言うねぇ……でもね、生きているからどうとでもなるかと言えば、そうでもないのよ? それに、少しは諦める事を覚えないと、寿命が縮むよ? 今のあんたみたいにね」

「……あたしがどうなろうとあたしの問題だよ……でも、仲間は裏切らない……」

「……あんた、そこまでバカじゃないから困るわ……」

 アリシアは今迄、散々拷問を受けたが名前の頭文字すら吐かなかった。

 彼女は、名前ひとつで何もかも調べ上げられ、自分の仲間の正体を敵に知られる事を恐れていた。

そして、ローズは相手の名前さえ知る事が出来れば、彼女の全てを調べ上げる事が出来る程の情報網を持っていた。

「仲間は裏切らない、か。バカバカしい。あんたがここで頑張ったからどうなるって言うの? 相手はあの風の賢者だよ? 勝てるわけないじゃん。もしかして、仲間を信じてるの? ねぇ? いままで散々酷い目に遭ったアンタを助けにもこない仲間を?!」

「信じてる……」アリシアは前髪の影に表情を隠しながら答える。

「ふぅん……ま、どうでもいいけど」ローズは踵を返し、机に乗った拷問器具を選び始める。どれもこれも一度使った物ばかりなのか、どれがアリシアに効いたか、思い出しながら品定めをする。


「ふふ、そういうあんたは……仲間を信じてないんだ……? あ、それとも、仲間なんかいない? ねぇ、なんで信じられないの? 裏切られた? それとも、見捨てられた?」


 アリシアはせめてもの仕返しに、と吐き捨て、クスクスと笑った。

 すると、ローズは何も言わず、ドアの向こう側へ姿を消し、数分後に蓋をしたバケツを片手に戻ってくる。

 足元にバケツをドンっと置き、アリシアの鼻先に立ち、人差指に魔力を込める。


「……じゃあ、信じられなくしてあげる……」


 この言葉を合図に、ローズは電熱を帯びた指をアリシアのヘソに突っ込む。根元まで突き刺し、煙が上がるまで焼き、グリグリと内部を掻き回す。

「ぐぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 しばらくして指を抜き、付着した黒くねっとりとした血を舐めとる。

「……いまから始めるのは、シャレにならないわよ? 数瞬が何日に感じるのか、それだけは教えてね?」

 楽し気に語り、バケツの蓋を開けて手を突っ込み、ある物を取りだす。

 それは、棘蛇(ニードル・スネーク)だった。鱗が棘の様に鋭く尖ったそれが、無感情の瞳でアリシアのへそから流れる血を二枚舌で舐める。

 アリシアは何をされるのか悟り、ひっと怯えた声を出す。

 彼女の怯えた顔に満足したのか、ローズは容赦なく蛇の頭をアリシアのヘソの傷へと捻じ込む。あっという間に蛇は体内に入り込み、ちゅるんという音と共に姿を消す。


「あ! あ! あっ! がっ!! ぐが! ぎぃ……ぐびゃあぁぁぁぁぁ!!」


 潤った肉を捏ね、荒く削る音が部屋に響き渡り、しなやかな腹筋の内側で呪いの様なモノが不気味に蠢く。アリシアが身を仰け反らせると、ヘソから血が噴き出し、ローズの顔を汚す。

「良い声ね……じっくりと後悔しなさい。言っておくけど、その蛇は満足するまで出てはこないわよ。アタシでも取り出せないから、精々……狂死しないように頑張って~」

 ローズはにっこりと笑って部屋からでようとスキップし、ドアノブに手を掛けた。すると、アリシアの苦悶の声が途切れる。

「ん?」


「ず・ボ・し・ダっ・た・ん・ダ・♡」


 目玉をひっくり返し、血の泡を吐き散らし、腰がねじ切れんばかりに身を捩りながらもアリシアは嘲笑うように口にし、無理やり笑顔を作って見せた。

 ローズは笑顔のまま彼女へ歩み寄り、バケツからもう1匹取り出して顔に近づけた。


「もう1匹、いかが?」


 ヘソから湧き出る血の滝の中へ、先ほどよりも大きい棘蛇をぶち込み、高笑いをしながらローズは部屋から立ち去った。

 アリシアは腹の中で起こる惨劇を激痛で感じ取りながらも、ヴレイズを始めとする仲間たちの顔を思い浮かべながら正気を保った。

 アリシアの喉が潰れんばかりの悲鳴を聞きながら、ローズは隣の部屋の椅子に腰掛け、酒瓶を手元に置いてグラスに注ぎ、一杯煽る。

「……ふん、バカみたい……」

 テーブルの上にはアリシアの似顔絵の書かれた紙が数枚置かれており、それを小さく筒状に丸め、かごの中にいる雷燕(サンダースパロウ)の足に括り付ける。

 雷燕を手に取り、自分の魔力を注ぎ込むと、天井に空いた穴に向かって手を離す。すると、雷燕は雷光を纏って穴を潜り、やがて隠れ家の外へ出る。そして、行先の方角へくちばしを向けて、稲妻の様に走り去っていった。

「碌な情報が手に入らないだろうけど……ま、やらないよりはマシか……それにしてもあのガキ……」

 ローズはもう一杯酒を啜り、悲鳴が鳴り響く方へ忌々しそうに顔を向けた。

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