ゴッドレス・ワールズ・ファンタジア 

眞三

第1章 光の狩人と愉快な仲間たち

0.ピピス村の狩人

 ここは東の大陸、アズマッタ大陸の更に東に位置する国オレンシア。魔王出現より15年、この地は他の大陸の国々と比べ、平和な時が過ぎていた。

 そんな国の片隅にある、森で囲まれたピピス村。狩りの盛んなこの村では、今日も何も変わらぬ日常が流れていた。燦々と降り注ぐ太陽の下、男は薪を割り、女は洗濯片手に昼ごはんの準備をし、子供たちは村の狩人から毒草の見分け方を教わっていた。

 昼めし時を告げるベルが鳴り、外にいた者達が家に帰ろうとすると、森の奥から見張り役の男が慌てた顔で村の門を潜る。

「ま、魔王軍の旗がこ、こちらに向かってきていままます!」身体を恐怖で震わせ、縮こまる。

「何? 魔王は自分から侵略するような真似はしないと聞いたが?」村長の息子が見張り役の身体を支える。

「お前のいつもの見間違えだろ?」

「あの黒い旗は間違いないかと……先頭に漆黒の鎧を身に付けた鉄仮面が!」周りにいた村人たちの表情が固まり、不安の色が滲み出る。

「まさか噂の少数精鋭と名高い『黒勇隊』か? なぜこの村に?」

「慌てるな」騒ぎを聞きつけて村長が現れる。「この国の北の3分の2はすでに魔王の支配下にある。ここまで領土を広げに来ても不思議ではない。だが噂によると魔王は無益な破壊は好まないと聞いた。手荒なマネはしてこないと思うが……」

 村人たちの動揺を鎮めようと村長が口にした矢先、一本の金属矢が村人の身体を貫き、民家の壁に大穴を開けた。血飛沫と女性の悲鳴を合図に火矢が上空から雨の様に降り注ぐ。

「何が破壊は好まないだ!! 皆、逃げろ!」村長の息子が声を上げると、狩人たちは応戦しようと得物を構え、他の村人たちは一斉に村の反対側へと向かった。

だが、その先には黒勇隊に雇われた傭兵団が待ち伏せし、下卑た笑いと共に槍を突き立て剣を振るった。

 前方からは火矢とバリスタ、後方からは剣戟。狩人たちは荒れ狂う炎の手によって反撃の余裕も与えられず、成すすべもなく蹂躙された。

 穏やかだったピピス村は一瞬で、悲鳴と血煙香る煉獄と化した。



「魔王様のご命令だ。本日よりこの村は地図から消える。バリスタ構え」黒勇隊4番隊副隊長のラトが前方へ手を振る「放て!」の合図と共に携帯バリスタ『ワイルド・ホーネット』から金属矢が放たれ、民家を枯れ葉の様に吹き飛ばす。

「火の魔導士、風の魔導士、やれ」合図と共に魔導士が手をかざす。すると村で燃え盛る炎が更に勢いを増し、傷つき逃げ惑う村人に向かって、魔物の様に襲い掛かった。

「ゲスタル傭兵団に伝えろ。略奪をしている暇があったら生き残りを殺せ、とな」ラトが口にすると、その言葉を風の魔導士が地獄の中で暴れる傭兵団の耳へと風で運んだ。

「ラト、手筈通りに進んでいるか?」馬上から黒勇隊4番隊隊長のゼルヴァルトが声をかける。

「順調です。しかし、村ひとつ消すのに攻城兵器を使うのはどうかと……」

「手早く済ませたい。こんな魔王様の気まぐれに長々と付き合っていたくないからな……」

「えぇ……しかしまだ終わらないのか? 傭兵団め、ちゃんと働いているのか?」

「金を渋ってあんな傭兵崩れの盗賊を雇うからこうなる」



「だいたい終わりか? チョロい仕事だったな。このまま魔王に召し抱えて貰うってのもありか?」ゲスタル傭兵団のひとりがニタニタと笑いながら村人の骸からポーチを剥ぎ取りひっくり返す。動物の毛皮や骨でできたお守りが出てくるが、それを握りつぶす。「シケた村だ」

「自給自足で服や道具、ぜ~んぶ毛皮とか骨だぜ。貧乏くせぇ」

「次はオレンシア城でも攻めるのかな? 付き合っちゃうぜぇ俺」

「いいや、これで引上げだそうだ。なんでも、魔王様の気まぐれなんだとさ」

「気まぐれで村を消すのか……? 俺たちと変わらないな」

「おら、息のある女を馬車に積むぞ。帰りの道中、おもちゃがないと寂しいからな」

「あいつらの命令は皆殺しだろ?」

「バレなきゃいいんだよ」

 下卑た笑い声が炎の焼ける音に混じって響く。

 次の瞬間、傭兵のひとりの肩の肉が弾け、骨と血が塊となって飛び散る。飛んできた矢が鉄製のショルダーを貫通し、肩の関節を破壊したのだった。

笑い声は一瞬で苦悶の叫びに変わり、傭兵団の顔から笑顔が消える。

「なんだよクソ! まだ生き残りがいるのか?」剣を構えるのと同時に片膝が逆に折れ曲がる。

 傭兵団からの悲鳴がひとつふたつと増え、やがて30名の内、半数が肩か膝を無残に破壊され悲鳴とうめき声の大合唱を奏でていた。

「なんて威力なんだ! まさか黒勇隊の仕業じゃねぇよな!」と、ゼルヴァルトのいる方角へ弓を構えるが、伸ばした腕が目の前で弾け飛び、鉄臭いの塊が顔に叩き付けられる。

「なんなんだよ! 畜生!」



 異変に気付き、ゼルヴァルトとラトは燃え盛るピピス村へ向かっていた。

「言っただろ。金を出し惜しみしたらいい仕事はできない」ラトに説教しながら焼け焦げた村の門を潜る。眼前には残り8名となったゲスタル傭兵団が身を低くしながら剣を振り回していた。

「おい! あんなのきいてねぇぞ!」団長のゲスタルが声を荒げる。

「何を聞いてない、だって? ここは狩人の村だ。矢で反撃してくるのは当たり前だろう?」

「あれは矢じゃねぇ!」と、口にした瞬間ゼルヴァルトの肩目掛けて矢が飛んだ。

 が、気付いた頃には真っ二つになった矢が彼の後方へ向かって飛び去っていた。

「鉄製弦の合成弓か。中々の使い手がいるようだな。姿を見せろ! この私は矢では討ち取れんぞ!」剣を掲げ、高らかに声を上げる。

「飛んできた方向に火を放ちますか?」ラトが腕を掲げるとゼルヴァルトがそれを征する。

「森まで焼かなくていい」馬から降り、鉄仮面越しに瞳をギラつかせる。「私は黒勇隊4番隊隊長ゼルヴァルト! この私を討ち取れれば皆、引き上げよう!」

 名乗りを合図に1人の狩人が森から姿を現し、隊長の10メートル程先にふわりと着地し、凛とした表情を向けた。

「ほぅ……女だったとは意外だ」ゼルヴァルトは剣を構え直し、相手の目を見た。

 狩人は弓を投げ捨て、左手にナイフ、右腕にカギ爪を装着し、熱の籠った瞳をゼルヴァルトへ向ける。ただならぬ殺気を放つ彼女だったが、表情は冷静なままだった。



 双方構えてから数分。どちらも微動だにしないまま睨み合いが続いた。木々は風で揺れ、小鳥の声が響く。村の外はいつもと変わらぬ日常が通り過ぎていく。

「どうした? 怖気づいたか?」ゼルヴァルトが誘う。

 それを合図に業を煮やした狩人が地面の瓦礫を蹴り上げ、同時にナイフを投げる。

気配を殺したまま跳躍し、狙いを定めたクローを鉄仮面目掛けて振るう。

「見事だ」狩人の放つ牽制を見切り、一瞬で狩人の間合いへと跳んで剣の柄で腹を突く。彼女の勢いを利用したその一撃は身体深く響き、一瞬で昏倒させた。

 地面に不時着し、強かに身体を打つ狩人。その隣に着地し、見下ろすゼルヴァルト。

「お見事ですね」ラトが駆け寄ると、ゼルヴァルトは首を振った。

「……彼女は何を思って私に挑んだと思う? かけがえのない生活、人々、思い出。それらを全て私に蹂躙されたんだ。放たれた殺気からは凄まじい負のオーラを感じた。だが、今の攻撃は……復讐心で曇ったモノではなかった」

「隊長……」

「この村を地図から消さねばならぬとは……実に心苦しい」

「で、この娘はどうします? とどめを?」

「あぁ……目を覚ましたところでここに転がっているのは絶望と復讐心。それに魔王様の命令は『皆殺し』だからな」と、首に狙いを定める。

「ちょっと待ってくれ!」団長のゲスタルが駆け寄る。

「なんだ?」顔は向けずに不愉快そうに返事をするゼルヴァルト。

「この女は仲間を半分以上やりやがった! みんな生きちゃあいるがもう第一線に戻れないような奴が殆どだ!」

「何が言いたい? 肩や膝の傷ぐらい、魔法医に診せればいいではないか」

「『ぐらい』とはなんだ! オタクらの間抜けな作戦のせいで俺たちはこんなに傷ついたんだぞ! 追加報酬ぐらいよこせ!」自分達のミスを、まるで黒勇隊の責任だと言わんばかりに力強く訴えるゲスタル。

「貴様、無礼だぞ!」ラトが前へ出ようとするがゼルヴァルトが止める。

「何がお望みだ? 金か?」

 するとゲスタルは村人を蹂躙した時と同じ、下卑た笑みを覗かせた。

「この女が欲しい! 近くで見るといい体してるしよぉ! 茶髪のショートが俺の好みなんだよぉ! なぁいいだろう隊長様よぉ? 俺たち可哀想だろぉ? あんなはした金の為にあんな大怪我してよぉ!」

「……この娘じゃなきゃダメなのか?」憐れみの籠った声で問う。

「この娘じゃなきゃだめだ! 他の女は大やけどして使い物にならねぇ! こいつはまだ、元気だろう? なぁ?」

 ゲスタルの笑みから目を背けながらゼルヴァルトは足元で倒れる娘を見た。気絶しながらも彼女は何かと戦っているかのように苦しげな表情をしながら小さく呻く。

「なぁ~頼むよ……でなきゃオタクらにずっと付いて行ってもいいんだぜ?」

「……わかった。連れていけ」うんざりしたような声を出し、剣を納める。

 このセリフを聞いた途端、ゲスタルはさっそく娘を抱え上げ、ひひひと笑いながら馬車を停めてある方角へ向かった。

「いいんですか?」

「あの男の眼……一歩も退かない眼だった。それに、これ以上あの男とは関わりたくない。いったいどこからあんな傭兵団のできそこないを連れてきた?」

「この大陸のニーロウという国で見つけました。安く雇えて人数もある程度揃っていたのでつい……」

「ラトよ、もう2度と経費をケチるな」

 こうしてオレンシアの片隅にあるピピス村は地図から消された。

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