愛に罪なし恋せよ乙女
鳴海
第1話 幼き記憶
初めて告白されたのは、小学校に上がったばかりの頃だった。
その相手が同級生だったのなら、言うことなしの出来事だったのだが、現実はそう甘くない。もちろん上級生に告白されたわけでもないと付け加えておく。
俺に告白したのは、妹だった。
告白というよりは、プロポーズ。
「私、将来、お兄ちゃんと結婚する」
そんなことを言われた。驚きはしたものの、内心ではどう返答していいものかと考えていた。小学校に上がったばかりとはいえ、兄妹で結婚することはできないと知っていたからだ。「禁断の愛」なんて、本屋とかレンタルビデオ屋に行けば、嫌でも目にする言葉はまだ知らなかったけれど。
結婚できないと妹に説明してもよかったのだが、「どうして?」と純粋な質問を返された場合、俺には「家族だから」としか逃げられなかった。本を読む子供でなかったから、語彙力なんてない。知識もない。目の前にいる妹を納得させることなんてできなかった。
だから俺は「いいよ」と答えた。
妹は喜んだ。「本当に?」と何度も訊き返してくるほどに、妹にとってその答えは嬉しいものだったのだろう。妹が生まれてから一緒に過ごしてきたが、妹が一番喜んだのは、たぶんこのときだと思う。あくまで主観的な判断で、実際は違うかもしれない。だけど、少なくとも俺にはそう思わせた。
俺としては、いずれ知られてしまう事実を隠してしまったことがよかったことなのかわからなかったが、そのときの妹の喜ぶ姿を見ていたら、どうでもよくなった。泣く姿を見るより、こっちの方がいいに決まっている。
妹が喜ぶと、俺も嬉しかった。
妹の笑顔が好きだった。
妹が笑顔だと、家族が幸せだと実感できるから。
それから十年。とあることをきっかけにそのことを思い出し、愉快な友人たちに妹に告白されたことがあるかと訊ねてみると、意外なことにそんなことはなかったらしい。俺の中では「お父さんと結婚する」の次くらいに位置する家族間の他愛のない約束だと思っていたが、それは高校二年生になってようやく瓦解した。それまでの人生で妹に告白されたことを誰かに吹聴したことはなかったし、年月を重ねるごとに記憶の海の底にそのことが沈んでしまったことが原因だろう。
どんなに楽しかった思い出も、どんなに嬉しかった思い出も、どんなに悲しかった思い出も、いつかはそうやって記憶の海の底へと沈んでいくのだ。そして忘れていく。忘却の彼方へと追いやってしまう。
だから、俺が偶然話した相手が、子供の頃に出会った子だったとしても、記憶になくて不思議ではなかった。何年も前に別れてしまい、それから電話の一つもしなかったのだから、そうなってしまうのは仕方のないことだ。
だけどこうも考えられる。
忘れたいから、忘れてしまったのだと。
いま考えれば分岐点だったのかもしれない。その出会いをきっかけに、俺の周りには致命的な「ずれ」を持った人が集まるようになった。
家族愛、友情、兄妹愛、恋心……。素晴らしく綺麗な言葉だ。
けれど、それは少しでも歪んでしまえば、大きな「ずれ」となる。純粋な好意も強大な負荷となる。限度を超え、常識から外れる。
俺は身を持ってそれを知ることになるが、不思議なことに彼女らを嫌いになることはなかった。
それはやはり、純粋な好意というものが、いかに綺麗なのかを知っているからだ。
たとえそれが歪んでいたとしても。
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