第225話 統治系管理人格
ヤナギサワはツバキとの取引を何とか無事に済ませた。そして管理区画の外まで送ってもらうと、そこでツバキに上機嫌な様子で尋ねる。
「帰る前に念の
ヤナギサワはツバキとの取引で、自身のかなり都合の良い要望を飲んでもらう
「少なくとも、
「それを俺に頼んだ時点で、他の管理人格絡みの何らかの規約に触れるからか?」
「答える義理はありません」
ツバキは素知らぬ顔で簡素に答えた。ヤナギサワは少し不思議に思ったが、下手に追及してツバキの機嫌を損ねるつもりもないので疑問を棚上げした。
「そうか。まあいいや。追加の要望とかがあったら俺に連絡してくれ。出来る限り応えるつもりだ」
「その前に、取引を、約束を守る努力を御願い致します」
「
ヤナギサワはいつものように
ツバキが少し意味深な
「では、
「何でも聞いてくれ。取引するのやっぱりやーめた、なんて言ってほしくないからな。洗い
「ではお言葉に甘えて遠慮無く。その管理人格との約束を破った理由を聞かせてください。
ヤナギサワの笑顔が僅かに硬くなる。
「……言っている意味が、ちょっと分かんないかな?」
「以前にもあれらと一緒に私と会っていますよね? その時はヤナギサワとは名乗っていませんでしたが」
ヤナギサワの表情が一気に非常に険しくなる。
「……何で分かった? 痕跡は完全に消したはずだ。遺跡の本人認証も通らなかった。別人と認識されているはずだ!」
「本人認証の手段は様々です。例えば、旧領域接続者は旧領域への接続時に個人識別も実施しています。その接続に障害が出ると個人認証処理が正常に機能せず、暫定的に一時識別が割り当てられ、別人扱いになります」
ツバキが笑みを深める。
「
ヤナギサワが険しい苦笑いを浮かべる。かなり正確に図星を指されていた。
「
ヤナギサワは軽く頭を抱えて
「そうか。では今更だが、久しぶりだな、と言い直しておこうか」
「ではこちらも。お久しぶりですね。それで、先ほどの質問に答えてほしいのですが?」
ツバキの愛想の良い
「不特定多数の人間の幸福、救済の実現とその継続だ。その手段の1つとして、あれを手にする必要があったからだ。付け加えれば、確かに俺は連中から遺跡の攻略を請け負ったが、その約束を破ったつもりはない。遺跡の攻略とは具体的に何を指すのか。その認識の詳細に著しい
「なるほど。では、私との取引の詳細について
「了解した」
ヤナギサワはそう真面目な態度で答えた後に、態度を普段のものに戻して軽く笑いながら続ける。
「そんなに脅さなくてもちゃんと守るって。信用無いな。この取引を破棄しても俺に利益なんか無いだろう?」
「それは破棄した場合の利益が上回っていれば破るということです。つまりその場合にこちらで損害を与える必要が生じます。約束を守らせる
「手厳しいねー。そんなに俺達が嫌い?」
苦笑を浮かべるヤナギサワに向けて、ツバキが笑顔で言い切る。
「はい。大嫌いです」
ヤナギサワが少し
「どうしてこう、統治系の管理人格は頭が固いっていうか、融通が利かないのかね。企業系の管理人格はもうちょっと話が分かるっていうのに」
「真っ当な客がいなくなったからと、盗賊を相手に商売を始める世才など、私達には不要ですので」
「それでも、もうちょっと、分かり合う切っ掛けとか、何かあっても良いんじゃないか?」
ヤナギサワは扱いの難しい頑固者に向ける苦笑を少し大袈裟に浮かべていた。半分は演技と冗談だが、残りは本心だった。すると、ツバキがどこか上機嫌に笑って続ける。
「ありますよ? 対象が
ヤナギサワは内心でツバキの態度をかなり意外に思いながら、表面のおちゃらけた態度に合わせて続ける。
「そういうのが好み? それなら頑張って探して紹介しようか?」
「遠慮しておきます」
素っ気ない態度を取るツバキに、ヤナギサワがまた
「あっそ。それじゃあ、俺は帰る。ああ、そうそう、約束を守る努力をする
「分かりました。その内に解除します。では、失礼します」
ツバキが
(……危なかった。だが想定の範囲内だ。ツバキは連中を嫌っている。だから俺の存在に気付いても連中には引き渡さない。そして俺に約束を守らせる手段を得たことで取引に前向きになる。……そうだ。想定通りだ。問題は無い。……カツヤのことは想定外だったが、まあ、それは別に良いだろう)
情報端末に通話要求が届く。通信妨害が解除されたのだ。ヤナギサワが笑ってそれに出ると、仮設基地の職員のけたたましい声が響く。
「ヤナギサワ主任! 今どこに!? すぐに帰還して指揮に戻ってください! 大規模遺跡探索の部隊が壊滅して……」
「知ってるよ。その件は解決済みだ」
「はぁ!? それはどういう意味で……」
「長期戦略部を通してこちらから指示を出す。以降はその指示に従ってくれ」
「ちょっと待ってください! 説明を……」
ヤナギサワは通話を切った。そしてクガマヤマ都市の方へ
「俺だ。至急幹部会の開催を申請しろ。今すぐにだ。……ああ、分かっている。そのクズスハラ街遺跡の騒ぎは俺が解決した。指揮権を長期戦略部に集中させて事後対処を開始する。幹部連中の準備が済んだら連絡しろ。急げよ」
再び通話を切り、別の者に
「はいはい。こちらはヤナギサワでーす」
「貴様! 今どこにいる! 事態を解決したとはどういう意味だ! お前は何をやったんだ!?」
「長期戦略部を通してちゃんと伝えるって。そう指示を出したけど、あれ、聞いてない?」
「今すぐに答えろ!」
「仕方無いなー。我が
イナベの絶句を聞いて、ヤナギサワは楽しげに笑った。
シカラベ達がエレナ達と分かれてビル内を探索している。非常に面倒そうな表情を浮かべているシカラベを見て、パルガが苦笑を浮かべる。
「そんなに嫌なら放っておけば良いんじゃないか?」
シカラベが
「そうもいかないだろう……。一応俺達もドランカムの所属のハンターで、同じ所属のハンターから救援信号が出てるんだ。無視は出来ない。……信号があいつらのでもだ」
「お前、そういうところは真面目だよな」
「うるせえな。いくぞ」
エレナ達はアキラの位置を
即時の撤退を提案したエレナ達に対して、シカラベは心情的には同意見なのだが、嫌々ながらビル内の探索を提案した。そして一応部隊の指揮者であるネリアがエレナ達に同調することを期待した。置き去りにされる危険を冒してまで探索する義理はなく、置き去りにされない
だがネリアは場に
エレナ達も仮設基地が増援部隊を編制していることは知っており、通信が回復して状況の情報を
その過程を経て、シカラベは仕方なくパルガ達と一緒にビルの中に降りていった。そしてドランカムのハンターだと考えられる両断された死体を発見した。
「銃の所有者コードは……、カツヤ? こいつ、カツヤか!?」
シカラベがかなり驚いた後、少し複雑な顔を浮かべる。
「……何だかんだあっても結局は死なないやつ、だと思っていたんだがな。俺の勘もいよいよ当てにならなくなってきたか」
ヤマノベが苦笑する。
「ハンターなんだ。死ぬ時は死ぬもんだろう。しかしこれは、十字に斬られたのか? モンスターの仕業じゃないな。それに頭が無いが、どこにいった? 吹っ飛ばされて、そこらの肉片に混ざったのか?」
周囲を見て回っていたパルガが戻ってくる。
「そこら辺に他の連中が倒れていたが、そっちは全員生きてる。全員
その時、全員の情報端末に緊急通知が届いた。その音声メッセージを聞いたシカラベ達の顔に困惑が浮かぶ。
「こちらはクガマヤマ都市長期戦略部である! 都市は大規模遺跡探索の該当区域を管理する遺跡の管理人格と休戦を結んだ! 該当区域の全ハンターは長期戦略部の指示に従うこと! 速やかに所在を明らかにし、こちらの指揮下に入ること! ハンター間の戦闘は固く禁止する! 既に遺跡の管理人格配下の防衛機械は撤退を始めている! 襲ってこないモンスターとの戦闘は厳禁だ! 遺跡の管理人格とは無関係なモンスターとの戦闘のみ許可する! 繰り返す! こちらは……」
シカラベ達は
真っ白な世界で2人のアルファがツバキと
「しつこいですね。私の立場は変わりませんよ。そちらが勝手に殺し合っただけの話です。責任を求められても困ります。通信妨害も敵部隊全体を混乱させて被害を拡大させる
「その
「知りませんよ。影響範囲内にそちらの個体がいたのはそちらの不手際でしょう。そちらの都合で、私の管理区画の防衛を
ツバキが嫌気の差していた表情を少し厳しいものに変える。
「前にも言ったが、そちらの都合の
冷たく
「分かったわ。それは事故として扱いましょう」
「御理解感謝します」
ツバキが愛想良く
「それはそれとして、通信障害時のデータを全て渡してほしいのだけど」
「全て渡したはずですよ?」
「
視線を鋭くするアルファに、ツバキが平然と答える。
「それはこちら側の交渉データ。そちらに提供する義理も義務もありませんね。ああ、別に口止めなどしていませんよ。本人に聞いては?」
「そう」
「ええ」
更に鋭くなったアルファの視線を、ツバキは平然と受け流した。
ツバキがアキラとの話をアルファに教えない理由は、それで疑念を誘う
「話が済んだのでしたら、私はこれで。失礼」
ツバキは最後に意味深な
アルファ達もツバキの言動が一種の警告であると理解している。要は刺し違える本気度を示したのだ。アキラとカツヤの両方を死なせてしまえばアルファ達も
状況の操作はしたが偶然の要素が高く、意図的に死なせたわけではない。そう言い訳できる程度に、自身の本気を示す
「まあ良い。これも試行だ。気を切り替えて対処するとしよう。しかし、気になる点もある。そちらの個体は生き残り、こちらの個体は死亡した。これで我々の予想はまた外れたことになった。予想外とは、制御外でもある。大丈夫なのかね?」
別のアルファの懸念に対し、アルファは僅かに表情を険しくさせた。
「それは適宜管理して対処するとしか言えないわね。まあ、それは私の試行よ。気にしないで。それよりも、そっちはどうするの? 個体が死んだから試行を終えるなら、その分の演算能力を渡してほしいのだけれど。次の個体の捜索だけなら、現在の処理能力は不要でしょう?」
「いや、基準となる個体を変更して試行自体は続けるつもりだ。その変更に失敗した場合は、試行を終了とする」
「そう? 分かったわ」
別のアルファが少し不思議そうに顔を
「しかし、なぜ今回の試行に限って、こういろいろ起こるのかね」
「さあね。そのデータ収集も試行の一環よ」
「確かに」
アルファ達はどこか苦笑のような顔を浮かべた。そして白い世界から姿を消した。
大規模遺跡探索から数日後、アキラは再び病室で目覚めた。ベッドの上で身を起こそうとして体勢を崩し、片腕が無いことに気付いて苦笑する。
「目が覚めたら病室。またこのパターンか」
『このパターンなら生きているのだから、そこまで悲観しなくても良いと思うわよ?』
側にいたアルファが優しく
『おはようアキラ。よく眠れた?』
『おはようアルファ。ああ。体調はバッチリだ。片腕が無いのを除けばな』
『腕は治せば良いわ。ちょっと遅れたけど、改めて、無事で良かったわ。さて、起きたことだし、そろそろ私がいなかった間のことを話してもらうわよ? 暇潰しにもなるしね』
『分かったよ』
アキラがアルファと話していると担当医がやってきた。担当医はアキラが寝ている間に済ませた治療内容の資料を請求書と一緒に手渡すと、腕の扱いについて尋ねてきた。寝ている間に病院側で勝手に治すことも出来たのだが、高ランクハンターの意思を尊重する
腕を切り落としてまで義手に変える者は少ないが、腕を失った後は治療費とは無関係に義手を選ぶ者もいる。モンスターとの戦闘で四肢を失う者は多い。再び失った時のことを考えて、高額な再生治療を繰り返すよりはと、
アキラが担当医からそれらの説明を聞いていると、アルファが少し楽しげな表情で口を挟んでくる。
『アキラ。ここは義手にするのも良いと思うわよ? 銃とかブレードとか
アキラは自分の腕に弾倉を突き刺して銃弾を乱射する光景を想像してみた。腕が変形して手首の先から銃口が現れ大量の銃弾を撃ちだした後、再び元の腕の形状に戻っていく。
『……いや、普通の腕が良い』
『あら、どうして?』
『その腕で食事をしたり風呂に入ったりするのは、ちょっとな』
『見た目の問題なら、高価な義手にすれば生身と変わらないと思うわよ?』
『いや、気分の問題だ』
戦闘中ならば多少は心を揺さぶる光景かもしれないが、その腕で日常生活を送るのには
担当医がアキラの様子に気付く。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。再生治療でお願いします」
「分かりました。では再生方法を選んでください。大まかに説明しますと、切断面から新たに生やすか、培養した腕を
担当医からそれぞれの治療期間や費用、長所や短所を聞いた結果、アキラは後者を選んだ。すると担当医は治療用の機材として片腕しかない強化服のような義手をアキラに取り付けた。取り付けが終わると、義手がアキラの強化服から取得したデータを元にして伸縮し、アキラの元々の腕と
この義手で神経系のデータを取得し、同じ刺激を培養中の腕の神経系に与えることで、新しい腕を
アキラが真っ白な義手を興味深そうに見ながら動かしている。動きに違和感は無く、自分の腕のように動かせる。近くのものを触ればしっかりと感触も得られた。
『何かもう、これで良いんじゃないかってぐらいに普通に動くな』
『医療用の義手だから、培養する腕に詳細なデータを送る
アキラが言われた通りに腕を伸ばす。するとアルファが
「うぉっ!?」
驚いたアキラは思わず手を引っ込めた。アルファが少し得意げに
『アキラの強化服のデータを流用していたから、義手の感覚設定にちょっと割り込んでみたわ。どう? なかなかの感触だったでしょう?』
返事に困ったアキラが文句でごまかそうとする。
『……驚かせるなよ』
『
『……触らない』
『そう? 遠慮しなくて良いのに。気が変わったらいつでも言ってね』
アキラは僅かに顔を赤くして、
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