第225話 統治系管理人格

 ヤナギサワはツバキとの取引を何とか無事に済ませた。そして管理区画の外まで送ってもらうと、そこでツバキに上機嫌な様子で尋ねる。

「帰る前に念のためもう一度聞いておきたいんだけど、カツヤは本当に始末しなくて良いのか? あいつのローカルネットワーク構築速度は少し異常だ。早すぎる。あれは恐らく、いや、ほぼ確実に他の管理人格の手が入っている。そういう者がツバキさんの管理区画の近くを彷徨うろついていると、区画の管理に差し障ると思うぞ? 言ってくれれば俺の方で始末する。その方がツバキさんが始末するより、他の管理人格との面倒事も減ると思うぞ?」

 ヤナギサワはツバキとの取引で、自身のかなり都合の良い要望を飲んでもらうために様々な交換条件を提示した。その中でもカツヤの情報の提供とその始末は最も効果的なものだと考えていたのだが、ツバキはそれを受けなかった。

「少なくとも、貴方あなたにそれを頼む必要はありません」

「それを俺に頼んだ時点で、他の管理人格絡みの何らかの規約に触れるからか?」

「答える義理はありません」

 ツバキは素知らぬ顔で簡素に答えた。ヤナギサワは少し不思議に思ったが、下手に追及してツバキの機嫌を損ねるつもりもないので疑問を棚上げした。

「そうか。まあいいや。追加の要望とかがあったら俺に連絡してくれ。出来る限り応えるつもりだ」

「その前に、取引を、約束を守る努力を御願い致します」

勿論もちろんだ。任せてくれ。俺は約束を守る男だ。安心してくれ。それ以前に、遺跡の管理人格との約束を破るような真似まねはしないよ。後が怖いからな」

 ヤナギサワはいつものようにわざと軽薄な態度を取っていた。それでもうそいている様子は全く無かった。

 ツバキが少し意味深な微笑ほほえみを浮かべる。

「では、貴方あなたが約束を破らない確認のために、1つ聞きたいことがあります」

「何でも聞いてくれ。取引するのやっぱりやーめた、なんて言ってほしくないからな。洗いざらしゃべっちゃうぞ?」

 おどけたような態度を取るヤナギサワに、ツバキが愛想良く微笑ほほえみながら、何でもないことを軽く聞くような気軽さで尋ねる。

「ではお言葉に甘えて遠慮無く。その管理人格との約束を破った理由を聞かせてください。貴方あなたはあれらとの約束を破ったのです。私との約束を破らないとは言い切れません。是非、理由を聞きたいですね」

 ヤナギサワの笑顔が僅かに硬くなる。

「……言っている意味が、ちょっと分かんないかな?」

「以前にもあれらと一緒に私と会っていますよね? その時はヤナギサワとは名乗っていませんでしたが」

 ヤナギサワの表情が一気に非常に険しくなる。

「……何で分かった? 痕跡は完全に消したはずだ。遺跡の本人認証も通らなかった。別人と認識されているはずだ!」

「本人認証の手段は様々です。例えば、旧領域接続者は旧領域への接続時に個人識別も実施しています。その接続に障害が出ると個人認証処理が正常に機能せず、暫定的に一時識別が割り当てられ、別人扱いになります」

 ツバキが笑みを深める。

貴方あなたもそれを知っているから、わざと治療をしていないのでしょう?」

 ヤナギサワが険しい苦笑いを浮かべる。かなり正確に図星を指されていた。

貴方あなたを識別した根拠ですが、旧領域に接続できなくとも私の施設とつながれば本人認証には十分だからです。過去の来訪者のデータはローカルにも残してありますので照合は可能です。交渉場所を私の管理区画の中にしたのは、そのためですよ」

 ヤナギサワは軽く頭を抱えてめ息を吐いた。そして表情を軽く開き直ったようなものに変える。

「そうか。では今更だが、久しぶりだな、と言い直しておこうか」

「ではこちらも。お久しぶりですね。それで、先ほどの質問に答えてほしいのですが?」

 ツバキの愛想の良い微笑ほほえみは、ヤナギサワの命を欠片かけらも保証していない。対応を間違えると死ぬ。それを分かった上で、ヤナギサワが口を開く。

「不特定多数の人間の幸福、救済の実現とその継続だ。その手段の1つとして、あれを手にする必要があったからだ。付け加えれば、確かに俺は連中から遺跡の攻略を請け負ったが、その約束を破ったつもりはない。遺跡の攻略とは具体的に何を指すのか。その認識の詳細に著しい齟齬そごが生じていたのは認めるが、それは事前に詳しい説明をしなかった向こうの落ち度だろう。違うかな?」

「なるほど。では、私との取引の詳細について貴方あなたと再度内容を調整するのも面倒ですので、警告しておきます。約束を破ったと私が判断した時点で、貴方あなたの情報をあれらに全て引き渡します。よろしいですか?」

「了解した」

 ヤナギサワはそう真面目な態度で答えた後に、態度を普段のものに戻して軽く笑いながら続ける。

「そんなに脅さなくてもちゃんと守るって。信用無いな。この取引を破棄しても俺に利益なんか無いだろう?」

「それは破棄した場合の利益が上回っていれば破るということです。つまりその場合にこちらで損害を与える必要が生じます。約束を守らせるための労力が必要になる時点で、信用などありませんよ」

「手厳しいねー。そんなに俺達が嫌い?」

 苦笑を浮かべるヤナギサワに向けて、ツバキが笑顔で言い切る。

「はい。大嫌いです」

 ヤナギサワが少し大袈裟おおげさに頭を抱える。

「どうしてこう、統治系の管理人格は頭が固いっていうか、融通が利かないのかね。企業系の管理人格はもうちょっと話が分かるっていうのに」

「真っ当な客がいなくなったからと、盗賊を相手に商売を始める世才など、私達には不要ですので」

「それでも、もうちょっと、分かり合う切っ掛けとか、何かあっても良いんじゃないか?」

 ヤナギサワは扱いの難しい頑固者に向ける苦笑を少し大袈裟に浮かべていた。半分は演技と冗談だが、残りは本心だった。すると、ツバキがどこか上機嫌に笑って続ける。

「ありますよ? 対象が貴方あなたではないだけです。例えば、非常に義理堅い人物などですね。そのような者とは私も是非縁を紡いでおきたいと思っています」

 ヤナギサワは内心でツバキの態度をかなり意外に思いながら、表面のおちゃらけた態度に合わせて続ける。

「そういうのが好み? それなら頑張って探して紹介しようか?」

「遠慮しておきます」

 素っ気ない態度を取るツバキに、ヤナギサワがまたわざとらしくめ息を吐く。

「あっそ。それじゃあ、俺は帰る。ああ、そうそう、約束を守る努力をするためにいろいろ連絡を取らないといけないんだ。だからこの通信障害を解除してほしいんだけど」

「分かりました。その内に解除します。では、失礼します」

 ツバキがきびすを返して帰っていく。そして途中で迷彩機能を有効にして完全に姿を消した。

 しばらくして、ヤナギサワはツバキが十分に離れたと判断すると、笑顔を崩して冷や汗をきながら大きな安堵あんどの息を吐いた。

(……危なかった。だが想定の範囲内だ。ツバキは連中を嫌っている。だから俺の存在に気付いても連中には引き渡さない。そして俺に約束を守らせる手段を得たことで取引に前向きになる。……そうだ。想定通りだ。問題は無い。……カツヤのことは想定外だったが、まあ、それは別に良いだろう)

 情報端末に通話要求が届く。通信妨害が解除されたのだ。ヤナギサワが笑ってそれに出ると、仮設基地の職員のけたたましい声が響く。

「ヤナギサワ主任! 今どこに!? すぐに帰還して指揮に戻ってください! 大規模遺跡探索の部隊が壊滅して……」

「知ってるよ。その件は解決済みだ」

「はぁ!? それはどういう意味で……」

「長期戦略部を通してこちらから指示を出す。以降はその指示に従ってくれ」

「ちょっと待ってください! 説明を……」

 ヤナギサワは通話を切った。そしてクガマヤマ都市の方へつなぎ直す。

「俺だ。至急幹部会の開催を申請しろ。今すぐにだ。……ああ、分かっている。そのクズスハラ街遺跡の騒ぎは俺が解決した。指揮権を長期戦略部に集中させて事後対処を開始する。幹部連中の準備が済んだら連絡しろ。急げよ」

 再び通話を切り、別の者につなぎ直そうとすると、イナベからの通話要求が割り込んできた。

「はいはい。こちらはヤナギサワでーす」

「貴様! 今どこにいる! 事態を解決したとはどういう意味だ! お前は何をやったんだ!?」

「長期戦略部を通してちゃんと伝えるって。そう指示を出したけど、あれ、聞いてない?」

「今すぐに答えろ!」

「仕方無いなー。我がままなんだから。お前が怒らせた遺跡の管理人格と、ちょっと交渉してたんだよ」

 イナベの絶句を聞いて、ヤナギサワは楽しげに笑った。


 シカラベ達がエレナ達と分かれてビル内を探索している。非常に面倒そうな表情を浮かべているシカラベを見て、パルガが苦笑を浮かべる。

「そんなに嫌なら放っておけば良いんじゃないか?」

 シカラベがめ息を吐く。

「そうもいかないだろう……。一応俺達もドランカムの所属のハンターで、同じ所属のハンターから救援信号が出てるんだ。無視は出来ない。……信号があいつらのでもだ」

「お前、そういうところは真面目だよな」

「うるせえな。いくぞ」

 エレナ達はアキラの位置をつかんで見付け出した訳ではなかった。アキラの貸出端末は戦闘の余波で破壊されており、その信号を追うのは不可能だった。通信障害が回復した後、シカラベ達にカツヤ達からの救援信号が届き、ネリアからアキラとカツヤが交戦していた話を聞いて発信元に急いだ。そこにアキラがいたというだけだ。

 即時の撤退を提案したエレナ達に対して、シカラベは心情的には同意見なのだが、嫌々ながらビル内の探索を提案した。そして一応部隊の指揮者であるネリアがエレナ達に同調することを期待した。置き去りにされる危険を冒してまで探索する義理はなく、置き去りにされないために仕方なく一緒に帰ることになったのだという内容であれば、ドランカム側への言い訳としても十分だからだ。

 だがネリアは場にとどまることを提案した。既にアキラを助けてエレナ達に引き渡しているので、今は味方の働きとしては十分だと判断し、仮設基地に一々戻るよりもここにとどまって次の指示でも待った方が良いと考えたのだ。

 エレナ達も仮設基地が増援部隊を編制していることは知っており、通信が回復して状況の情報をつかみやすくなったこともあり、少々不満は覚えたものの了承した。だがシカラベ達に付き合って探索するつもりはなかった。アキラの身を案じて場に残った。

 その過程を経て、シカラベは仕方なくパルガ達と一緒にビルの中に降りていった。そしてドランカムのハンターだと考えられる両断された死体を発見した。

「銃の所有者コードは……、カツヤ? こいつ、カツヤか!?」

 シカラベがかなり驚いた後、少し複雑な顔を浮かべる。

「……何だかんだあっても結局は死なないやつ、だと思っていたんだがな。俺の勘もいよいよ当てにならなくなってきたか」

 ヤマノベが苦笑する。

「ハンターなんだ。死ぬ時は死ぬもんだろう。しかしこれは、十字に斬られたのか? モンスターの仕業じゃないな。それに頭が無いが、どこにいった? 吹っ飛ばされて、そこらの肉片に混ざったのか?」

 周囲を見て回っていたパルガが戻ってくる。

「そこら辺に他の連中が倒れていたが、そっちは全員生きてる。全員昏倒こんとうしていて起きる気配がないけどな。他の反応はもっと下に集まってる。1階あたりだな。シカラベ。どうする? 取りえずこいつら運んでそこまでいくか?」

 その時、全員の情報端末に緊急通知が届いた。その音声メッセージを聞いたシカラベ達の顔に困惑が浮かぶ。

「こちらはクガマヤマ都市長期戦略部である! 都市は大規模遺跡探索の該当区域を管理する遺跡の管理人格と休戦を結んだ! 該当区域の全ハンターは長期戦略部の指示に従うこと! 速やかに所在を明らかにし、こちらの指揮下に入ること! ハンター間の戦闘は固く禁止する! 既に遺跡の管理人格配下の防衛機械は撤退を始めている! 襲ってこないモンスターとの戦闘は厳禁だ! 遺跡の管理人格とは無関係なモンスターとの戦闘のみ許可する! 繰り返す! こちらは……」

 シカラベ達は怪訝けげんな表情で顔を見合わせた。


 真っ白な世界で2人のアルファがツバキと対峙たいじしている。別のアルファ、カツヤを失った方がツバキに厳しい視線を向けているが、ツバキは気にした様子もなく平然としている。話は平行線を辿たどっていた。

「しつこいですね。私の立場は変わりませんよ。そちらが勝手に殺し合っただけの話です。責任を求められても困ります。通信妨害も敵部隊全体を混乱させて被害を拡大させるためのもの。別に貴方あなた達への妨害工作ではありません」

「その所為せいでこちらの個体が死亡したのだ。それで済むと思っているのか?」

「知りませんよ。影響範囲内にそちらの個体がいたのはそちらの不手際でしょう。そちらの都合で、私の管理区画の防衛をおろそかにする義理も義務もありません」

 ツバキが嫌気の差していた表情を少し厳しいものに変える。

「前にも言ったが、そちらの都合のために私の管理区画の被害を許容しろというのがそちらの考えならば、そこまでこちらを軽んじているのなら、こちらにも考えがある。必要なら、そちらとも刺し違えよう」

 冷たくにらみ合う別のアルファとツバキを見て、アキラ側のアルファがめ息を吐く。

「分かったわ。それは事故として扱いましょう」

「御理解感謝します」

 ツバキが愛想良く微笑ほほえむ。別のアルファは非常に不満げな様子だったが、仕方無く口を閉ざした。

「それはそれとして、通信障害時のデータを全て渡してほしいのだけど」

「全て渡したはずですよ?」

貴方あなたがアキラと話している部分のデータが無いわ」

 視線を鋭くするアルファに、ツバキが平然と答える。

「それはこちら側の交渉データ。そちらに提供する義理も義務もありませんね。ああ、別に口止めなどしていませんよ。本人に聞いては?」

「そう」

「ええ」

 更に鋭くなったアルファの視線を、ツバキは平然と受け流した。

 ツバキがアキラとの話をアルファに教えない理由は、それで疑念を誘うためだ。命懸けで約束を守ろうとするほどに非常に義理堅い者を、疑う必要のない者を、自身の疑念で延々と疑っていればいい。その意地の悪い考えにるもので、つまりただの嫌がらせだ。

「話が済んだのでしたら、私はこれで。失礼」

 ツバキは最後に意味深な微笑ほほえみをアルファに向けて白い空間から姿を消した。

 アルファ達もツバキの言動が一種の警告であると理解している。要は刺し違える本気度を示したのだ。アキラとカツヤの両方を死なせてしまえばアルファ達も流石さすがに動く。片方でもツバキの手で殺せば同じだ。

 状況の操作はしたが偶然の要素が高く、意図的に死なせたわけではない。そう言い訳できる程度に、自身の本気を示すために、片方を見殺しにした点も含めて、必要な分だけアルファ達と敵対した。それがツバキの本意だ。

「まあ良い。これも試行だ。気を切り替えて対処するとしよう。しかし、気になる点もある。そちらの個体は生き残り、こちらの個体は死亡した。これで我々の予想はまた外れたことになった。予想外とは、制御外でもある。大丈夫なのかね?」

 別のアルファの懸念に対し、アルファは僅かに表情を険しくさせた。

「それは適宜管理して対処するとしか言えないわね。まあ、それは私の試行よ。気にしないで。それよりも、そっちはどうするの? 個体が死んだから試行を終えるなら、その分の演算能力を渡してほしいのだけれど。次の個体の捜索だけなら、現在の処理能力は不要でしょう?」

「いや、基準となる個体を変更して試行自体は続けるつもりだ。その変更に失敗した場合は、試行を終了とする」

「そう? 分かったわ」

 別のアルファが少し不思議そうに顔をゆがめる。

「しかし、なぜ今回の試行に限って、こういろいろ起こるのかね」

「さあね。そのデータ収集も試行の一環よ」

「確かに」

 アルファ達はどこか苦笑のような顔を浮かべた。そして白い世界から姿を消した。


 大規模遺跡探索から数日後、アキラは再び病室で目覚めた。ベッドの上で身を起こそうとして体勢を崩し、片腕が無いことに気付いて苦笑する。

「目が覚めたら病室。またこのパターンか」

『このパターンなら生きているのだから、そこまで悲観しなくても良いと思うわよ?』

 側にいたアルファが優しく微笑ほほえむ。

『おはようアキラ。よく眠れた?』

『おはようアルファ。ああ。体調はバッチリだ。片腕が無いのを除けばな』

『腕は治せば良いわ。ちょっと遅れたけど、改めて、無事で良かったわ。さて、起きたことだし、そろそろ私がいなかった間のことを話してもらうわよ? 暇潰しにもなるしね』

『分かったよ』

 アキラがアルファと話していると担当医がやってきた。担当医はアキラが寝ている間に済ませた治療内容の資料を請求書と一緒に手渡すと、腕の扱いについて尋ねてきた。寝ている間に病院側で勝手に治すことも出来たのだが、高ランクハンターの意思を尊重するために治療は最低限の内容にとどめていた。

 腕を切り落としてまで義手に変える者は少ないが、腕を失った後は治療費とは無関係に義手を選ぶ者もいる。モンスターとの戦闘で四肢を失う者は多い。再び失った時のことを考えて、高額な再生治療を繰り返すよりはと、えて戦闘用の義手を選ぶ者もそれなりにいる。

 アキラが担当医からそれらの説明を聞いていると、アルファが少し楽しげな表情で口を挟んでくる。

『アキラ。ここは義手にするのも良いと思うわよ? 銃とかブレードとか力場装甲フォースフィールドアーマー発生装置とかを内蔵していて、操作がすごく複雑な戦闘用の腕でも、私がサポートすれば問題ないわ』

 アキラは自分の腕に弾倉を突き刺して銃弾を乱射する光景を想像してみた。腕が変形して手首の先から銃口が現れ大量の銃弾を撃ちだした後、再び元の腕の形状に戻っていく。

『……いや、普通の腕が良い』

『あら、どうして?』

『その腕で食事をしたり風呂に入ったりするのは、ちょっとな』

『見た目の問題なら、高価な義手にすれば生身と変わらないと思うわよ?』

『いや、気分の問題だ』

 戦闘中ならば多少は心を揺さぶる光景かもしれないが、その腕で日常生活を送るのには躊躇ためらいが出た。食事中や入浴中に、誤ってうっかり腕からブレードや銃弾を出してしまうかもしれないと思うと、気乗りしなかった。

 担当医がアキラの様子に気付く。

「どうかしましたか?」

「いえ、何でもありません。再生治療でお願いします」

「分かりました。では再生方法を選んでください。大まかに説明しますと、切断面から新たに生やすか、培養した腕をつなげるか、そのどちらかになります」

 担当医からそれぞれの治療期間や費用、長所や短所を聞いた結果、アキラは後者を選んだ。すると担当医は治療用の機材として片腕しかない強化服のような義手をアキラに取り付けた。取り付けが終わると、義手がアキラの強化服から取得したデータを元にして伸縮し、アキラの元々の腕とほとんど同じ形状になった。

 この義手で神経系のデータを取得し、同じ刺激を培養中の腕の神経系に与えることで、新しい腕をつなげた直後でも元の腕と同じように動かすことが出来るようになる。担当医はそう説明して、費用や入院期間の細かい説明を再度済ませると戻っていった。

 アキラが真っ白な義手を興味深そうに見ながら動かしている。動きに違和感は無く、自分の腕のように動かせる。近くのものを触ればしっかりと感触も得られた。

『何かもう、これで良いんじゃないかってぐらいに普通に動くな』

『医療用の義手だから、培養する腕に詳細なデータを送るために、神経系の調整を非常に精密に行っているのでしょうね。アキラ。その腕を前に伸ばしてみて』

 アキラが言われた通りに腕を伸ばす。するとアルファが悪戯いたずらっぽく笑って豊満な胸を義手に近付け、その谷間に滑り込ませた。柔らかな胸が少しだけ形を変えて、その手を手首の近くまで挟み込む。そしてきめ細やかな肌の柔らかさと温かさをアキラに伝えた。

「うぉっ!?」

 驚いたアキラは思わず手を引っ込めた。アルファが少し得意げに微笑ほほえむ。

『アキラの強化服のデータを流用していたから、義手の感覚設定にちょっと割り込んでみたわ。どう? なかなかの感触だったでしょう?』

 返事に困ったアキラが文句でごまかそうとする。

『……驚かせるなよ』

折角せっかくだから、いろいろ触ってみる?』

『……触らない』

『そう? 遠慮しなくて良いのに。気が変わったらいつでも言ってね』

 アキラは僅かに顔を赤くして、へそを曲げたようにアルファから視線をらした。アルファは満足げに笑っていた。

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