第216話 殺し合う

 ザルモはアキラとの戦いでビルの側面から吹き飛ばされた後、何とか着地して油断なく周囲を警戒していた。そして気絶していたアキラを索敵中に発見していた。

 その場でアキラを殺そうとしなかったのは、体の損傷と過度な警戒の所為せいだ。ザルモの体は片腕が取れていた。胴体部の損傷も軽微とは呼べない域に達していた。この状態でも戦闘は可能だが、ビルの側面で見せた攻防は不可能だ。

 本来ならあの程度の銃撃でザルモの義体がここまで損傷を負うことはない。だがアキラの刀を防ぐために、義体の出力を力場装甲フォースフィールドアーマーの盾にほぼ全て割り振った所為せいで、他の部分の防御力が著しく低下していた。

 銃のような遠距離攻撃装備が幅を利かせる東部において、近接装備には遠距離攻撃というその途方もない優位を捨てるに足る性能が求められる。近接武装の間合いならば防御不能。その要求と期待に応えるために、著しくとがった性能の近接武器が数多く製造販売されている。

 ザルモはアキラの刀もその類いの装備だと判断していた。互いに撃ち合える状況でアキラが接近戦を仕掛けてきたからだ。その読みは正しく、義体の出力を限界まで盾に割り振っていなければ両断されていた。

 結果的にアキラは、自分だけ壁を貫通できる銃を持ったザルモを壁のない場所に誘い込んだ上で、急に動きを別人のように変えて一撃で勝負を決めようとしたことになった。その経験がザルモを過剰に疑わせた。気絶して地面に倒れているアキラに疑念を持ってしまった。

 気絶した振りをして油断を誘っているのではないか。情報収集機器で周囲を警戒し、相手の位置をつかんだ上でえて近付かせて、隠し持った近接装備で今度こそ仕留めようとしているのではないか。距離を取って自身を銃撃させ、相手の正確な位置と銃の状態を確認しようとしているのではないか。

 一度疑ってしまえば次々と疑念が湧き起こる。ザルモはそれを振り払えなかった。スラム街の時も、先ほども、勝ちを確信した途端に覆されたのだ。自身の義体が万全ではない状態で三度目の正直を試す気にはなれなかった。そして賭けには出ず、より確実な手段を使用するために、ザルモはその場から離れた。積み重ねた過去がザルモの判断を狂わせ、アキラの命をつないだ。

 そしてザルモは今、人型兵器に乗ってアキラを襲撃している。この機体は本来、友軍信号を出す不明機が都市の人型兵器部隊を襲撃するという騒動を引き起こすために用意されたものだ。それをザルモは上からの叱責を覚悟してアキラ一人を殺すためだけに勝手に使用していた。

 この過剰にも思える戦力投入を招いたものは、ザルモのアキラへの強い警戒心であり、万一の事態への恐れだった。アキラを確実に殺すために、千載一遇を潰し、万が一すら許容しない戦力差を求めた結果だ。そしていまだアキラを殺しきれていない現実が、ある意味でその判断の正しさを示していた。


 アキラは必死に応戦し続けていた。足場にしている車は敵の射線から逃れるためにネリアの転倒手前の絶妙な運転で遺跡を走り続けている。車の揺れは激しく、急激に曲がるたびに投げ出されそうになる。それを強化服の接地力で何とか抑えながら、降り注ぐ巨大な銃弾の威力に顔をしかめながら、敵の機体に向けて銃撃し続ける。

 車両の速度。足場の揺れ。敵との距離。機体の速度。アキラの銃の腕前ではそれらを合わせたものに太刀打ちできず、基本的に敵に命中しているのは誘導徹甲榴弾りゅうだんだけだ。その着弾の爆発で機体の体勢を常に崩し続け、自身と車を敵の射線からずらし続ける。同時に、アンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾を装填した方のSSB複合銃で敵の動きを追い続け、敵の動きが遅くなった瞬間を狙って銃撃する。そうやって敵に高速移動を強制し続け、照準を狂わせ、自身と車が被弾する確率を可能な限り下げ続ける。

 体感時間を操作して精密射撃を行い、アンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾を敵の装甲に命中させ続ける方法もあったが、アキラはそれを選ばなかった。それで敵を倒しきれる保証はない。そして恐らく自分の脳が持たない。敵を撃破する前に負荷で気絶する。何となくだがそうなる。そう理解して、体感時間操作の使用を制限していた。

 主にビルの陰などで敵の射線が大きく塞がれた僅かな時間にだけ使用し、ゆっくりと流れる時の中で、可能な限り素早く車内に戻る。そして銃の再装填と、銃と強化服と防御コートのエネルギーパックの交換を可能な限り短時間で済ませて、素早く車の屋根に戻る。それを繰り返していた。

 予備の弾薬は車内の揺れの所為せいで宙を飛んでいた。体感時間操作の中、空中をゆっくりと浮かんでいるような弾倉をつかみ、まだ弾が残っている弾倉を銃から排出して新品を再装填する。弾切れになったら車内に戻るなどという贅沢ぜいたくは出来ない。エネルギーパックも同様だ。短時間で可能な限り消耗無しの状態を維持しなければならない。

 アキラが車外に戻る前に敵の射線が戻ってしまえば、車は即座に無数の銃撃を真面まともに食らって廃車となる。アルファの支援を受けられない間は、消耗品の物量がアキラの生命線だ。それを積んだ車を失えば、アキラの命もすぐに尽きる。

 降り注ぐ銃弾と、駆け上がる銃弾。その威力の差は歴然だ。人型兵器は強力な力場装甲フォースフィールドアーマーのおかげで、無数の銃弾を浴びても傍目はためには体勢を崩す程度の被害しか受けていない。力場装甲フォースフィールドアーマー維持のために着弾のたびにエネルギーを消費しているのは分かるが、その消耗具合を確認する方法はアキラにはない。

 車は高性能な装甲タイルのおかげで多少の被弾は耐えられる。だがアキラはそうはいかない。数少ない大容量高出力のエネルギーパックを使用して、強化服と防御コートの力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を全開にして、辛うじて1発耐えられる。それが限界だ。2発食らえば死ぬ。エネルギーパックの残量次第では即死は免れる可能性はあるが、確実に戦闘不能になる。場合によっては1発で死ぬ。アキラはその状況で辛うじて生き延びていた。

 全力を尽くしても勝機はなく、敗北までの時間を限りなく延ばすのが限界。敵が敵の事情で戦闘を止めるまで生き続けられるかどうかの戦い。その規模に差はあっても、アルファと出会う前に何度もあった戦いのように、アキラは死力を振り絞って生き延びていた。


 ザルモが機体の中で顔をゆがめている。そこには困惑にも近い険しい表情が貼り付いていた。

 アキラから絶え間なく撃ち続けられている誘導徹甲榴弾りゅうだんは通常の弾丸の弾速に比べればかなり遅い。それでも高速で動く機体よりは大分速く、空中で弾道を曲げて機体に的確に命中し続けている。着弾の爆発が機体の姿勢を崩して照準を狂わせ続けている。その所為せいで巨大な銃から撃ち出される銃弾の命中率はかなり低下していた。

 しっかり狙おうと機体の出力を姿勢制御に回して空中で静止状態を保とうとすると、アキラの方からもしっかり狙われて、今度はアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾を連続して被弾する。アンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾であっても、この機体の性能ならば多少食らった程度なら支障はない。だが拡張弾倉の中身を一気に放出する発射速度で撃ち出される数の暴力から生み出される威力は、機体の力場装甲フォースフィールドアーマーでも無視できないほどに高く、ザルモは機体の維持のために命中率を捨てざるを得なかった。

 機体そのものは無傷だ。残存エネルギーにも余裕がある。間違いなくザルモが優勢だ。だがザルモの表情にその優勢を示すものはどこにもない。

「……ふざけるな。何なんだこいつは。この機体は都市防衛隊の次期主力機候補なんだぞ? なぜ殺せない!」

 ザルモの中に焦りが募る中、機体の制御装置が通知を出す。それは機体の残存エネルギーが半分を切ったことと、急速なエネルギー消費が続いていることを知らせるものだった。

 この状態でも戦闘は続行できる。だがザルモは表情を一段と険しくした後に離脱を選択した。

 アキラを殺しきれない状況がずるずると続いている中で、機体の状態をこれ以上悪化させたくない。再びアキラが何かを仕掛けてきた時に、機体の出力低下の所為せいで十分な力場装甲フォースフィールドアーマーを発生できなくなるのは不味まずい。一度引いてエネルギーを補給して、ついでに武装も対人にも適したものに切り替えれば、より優位な状態で戦える。それらの理由がザルモの判断を後押しした。

 ザルモの機体がアキラから離れていく。するとアキラからの銃撃もすぐにんだ。それでザルモは相手の弾切れを想像し、選択を誤ったかとも思ったが、険しい顔で首を横に振った。

「幾ら大規模遺跡探索とはいえ、あの弾薬量も、あの車両の防御力も、単なる遺物収集への備えにしては大袈裟おおげさだ。探索の前線付近にいたのならまだ分かる。だがあいつは外れにいた。あの武装、下手をすると初めから対人型兵器戦を想定していた可能性がある。……もしかして、今回の騒ぎを初めから想定していたのか? いや、まさか……」

 ザルモは自身の判断を肯定する理由をつぶやき、それで更なる疑問を覚えながら、一帯から急速に離脱した。


 アキラが去っていくザルモの機体を見ながら、少し信じられないというような表情を浮かべている。

「逃げた……のか?」

 ネリアからの通信が届く。

「アキラ。生きてる?」

「何とかな」

「あらすごい。アキラを殺したから帰った訳じゃなかったのね。やるじゃない」

 ネリアは少し意外そうな声を出した後に、楽しげなうれしそうな声でそう続けた。アキラが苦笑して少しよろよろと車内に戻りながら答える。

「勝手に殺すな。それで、今はどの辺だ? もう大分戻ったか?」

「残念だけど、むしろ遠ざかったわ」

「何でだよ」

 アキラが不満げに聞き返すと、ネリアも少しむくれた声を返してくる。

「敵の射線から逃れるために何度も道を変更したからよ。それに一帯の戦闘の余波で道が瓦礫がれきで埋まった場所もあって、当初の経路が使用できないの。こっちも敵から逃げつつも袋小路に追い込まれないようにルートを注意したり、進路を塞ぐモンスターを機銃で撃破したりと忙しかったの。アキラも大変だったでしょうけど、私も頑張っていたのよ?」

「そうか。助かった」

「どう致しまして」

 アキラが素直に礼を言うと、ネリアも機嫌の良い声を返した。

「悪いがそのまま運転を頼む。俺は少し休む」

「分かったわ。ところで、大丈夫なの?」

「さあな。駄目だと言ったら何とかしてくれるのか?」

「ん? 私の行動方針を切り替えるだけよ。アキラは死んだってことにして、いろいろとね」

「大丈夫だ」

「それは良かったわ」

 アキラは少し楽しげな苦笑を浮かべて休憩に入った。

 弾倉とエネルギーパックを交換し、回復薬を山ほど飲み、備え付けの簡易ベッドに座る。そこでぼんやりと何となく車内を見渡し、消耗品をたっぷり詰め込んでいたはずの車内が少し広々としていることに今更気付き、その消耗度合いに顔をゆがめた。

 以前の品より高額高威力の、割引価格で1発1000オーラムもするアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾。それより高価な誘導徹甲榴弾りゅうだん。1箱1000万オーラムの回復薬。並の装備より高価なエネルギーパック。アキラがその総額を、アルファのサポート無しで生き残るための必要経費を想像して頭を抱える。だが軽く首を横に振ってその思考をすぐに頭から追い出した。

 余計なことを考えて無駄に疲れる余裕などない。そしてその程度の経費で済むのなら、自分は結構強くなっている。アキラは状況をそう肯定的に捉えて、劣悪な状況を嘲笑あざわらうように軽く笑った。

 車は激しく揺れている。機銃の掃射音も断続的に響いている。落ち着いた状況ではないが、それでもアキラにとっては貴重な休憩時間だ。ベッドから転げ落ちないように注意しながら、深呼吸を繰り返して心身の疲労を癒やしていく。

 だがそれも10分持たなかった。

「アキラ。何か近付いてくるわ。やや後方。機銃の範囲外からよ。かなり速いわ」

「分かってる」

 アキラも車載の索敵機器と連動している情報収集機器からの情報でその反応に気付いていた。後部の扉を開けて慎重に様子をうかがう。その途端、予想外の事態にアキラの顔が大きく変わる。後方から若手ハンターの少女が2人、アキラの車内に投げ込まれるように高速で飛ばされていたのだ。

 撃ち落とす。はじき飛ばす。受け止める。敵かどうかも分からない相手に浮かんだ選択肢に対して、反射的に動けなかった時点で手遅れだった。少女達はそのまま車内に到達し、固定の緩い弾薬等を派手に飛び散らせて転がった。

 アキラが反射的に少女達に銃を向ける。だがすぐに少女達の状態に気付いてその無意味さを理解する。片方は首が折れており、もう片方は胸に大穴が開いていた。

「死体!? どうなってるんだ!?」

 状況を理解できない困惑を更なる反応が切り上げさせた。アキラが即座に銃口を車外に戻して引き金を引く。アキラに死体を投げ付けた人物はその弾幕を驚異的な身体能力で跳躍して回避すると、そのまま車の屋根に着地した。

 アキラは車外に飛び降りながら反転し、着地と同時に車の屋根に銃口を向ける。強化服で強引に体勢を維持した反動で地面に亀裂が走るが、銃口はぶれずに正確に屋根の上を狙っていた。

 だが一瞬遅かった。アキラは濃密な体感時間の中で強引に回避行動を取る。それで辛うじて屋根にいた男の跳び蹴りを回避した。その蹴りは地面に大穴を穿うがった。

 体勢を大きく崩した両者が互いに先手を取ろうと体勢を立て直す。警戒が、牽制けんせいが、すきの探り合いが、両者の動きを誘導する。その結果、アキラ達は対峙たいじして動きを止めた

 ようやく相手の顔をしっかりと見たアキラが顔を険しくゆがめる。

「お前は……」

 ティオルが楽しげに、どこか狂気をにじませて笑う。

「待たせたな! 殺しに来たぞ! お前も、あいつもだ!」

 そこでアキラはティオルの格好が今の自分と非常に似通っていることにようやく気付いた。それは目視ならば至近距離まで近付かなければ識別できないほどだった。

「あいつって誰だ!」

 アキラのその問いに答えるように更なる反応が現れる。新たな車両が後方から急接近していた。乗車しながら攻撃しやすいように屋根の一部が開閉可能な車種で、大きく開けられた部分からカツヤが身を乗り出していた。

 ティオルがアキラに投げ付けたのはカツヤの仲間達だった。カツヤの部隊を襲い、殺し、致命傷を負った者をつかんで離脱し、カツヤが自分を見失わない程度の距離を維持しながらアキラを探し出し、運んできた死体を投げ付けたのだ。

 強化服と連動した通信装置は着用者の位置と状態を仲間に送り続けていた。まだ生きているなら助けられる。カツヤはそう思って後を追った。そして送られてくる状態が死亡に変わってからは、かたきを取ると激怒しながら後を追った。ティオルが意図的に距離を調整して自身を追わせていたことに気付くことなど出来なかった。

 再びティオルを発見したカツヤが激情に身を任せて叫ぶ。

「見付けたぞ! 皆のかたきだ! 殺してやる! 絶対にだ!」

 カツヤにはアキラとティオルの見分けなどついていない。だがカツヤには既にどうでも良いことだった。見分けなどつかなくとも、もう片方もティオルの仲間だと確信し、両方殺すと決めていた。

 アキラはようやく状況を理解してティオルをにらみ付ける。

「てめえ……」

 ティオルはアキラの威圧にも欠片かけらもたじろがず、どこか狂気じみた笑顔を浮かべている。

「殺してやる! 潰し合え! お前とあいつも、どっちも死にやがれ!」

 アキラ達がアキラの車両の方へ同時に走り出す。一瞬遅れて、カツヤが車上から乱射したてき弾が一帯に降り注ぐ。殺意にあふれた無数の爆発が場を包み込んだ。

 爆炎の中からアキラとティオルが飛び出してくる。アキラは爆発の衝撃を防御コートで防いだおかげで体に支障はない。そしてティオルはモンスター並みに頑丈な肉体の生命力で問題なく生き延びた。

 アキラ達はそのまま前方に走り続けながら互いに相手に銃を向けた。申し合わせたように同時に乱射し、同じく回避行動を取る。人間離れした身体能力で左右に飛びながら、襲い来る弾丸から逃れようと素早く駆けながら、相手へ足止めを狙って乱射を続ける。先に足を止めた者が、相手とカツヤに挟まれて大幅に不利になるのは分かりきっている。どちらも多少の被弾を覚悟して、弾丸の回避よりも移動速度を優先させていた。

 そしてアキラはティオルに先を越されてしまった。アキラの前に出たティオルが振り向きもせずに腕を後ろに回してアキラを銃撃しようとする。走りながら目標を見もせずにの銃撃だが、その照準の精度が十分に高いことを、アキラはその銃口と目が合ったことで十分に理解した。

 後ろからはカツヤ達が迫っており、今も後方から銃撃し続けている。ここで銃撃の回避に専念して前方への移動をおろそかにしてしまえば、ティオルとカツヤ達による前後からの弾幕に押し潰されて死ぬ。それを理解しているアキラは、死を回避するために、自分から死地に更に深く踏み込んだ。頭痛の警告を無視して集中する。体感時間を圧縮し、意識上の現実操作を再度実施した。

 アキラの世界が再びゆがむ。再び世界の精度が可変となった意識の中で、アキラは身体への負担を無視した動きでティオルの銃口の方へ加速した。出力を大幅に上げた強化服の負荷がアキラの体を壊し、事前に大量に服用しておいた回復薬がり潰された体を治療していく。

 高額な回復薬は高い治療効果を保ちながら体に長時間とどまり、多少負傷しても即座に負傷部位を治療してくれる。だが体を頑丈にする訳ではない。過負荷が続く状態での、回復薬の治療速度に頼った強引な行動は、細胞単位での破壊と再生の繰り返しと引き換えだ。治療効果が切れた途端に、あるいは余りの負荷に治療が追い付かなくなった途端に即死する。

 アキラは自分がどの程度死にかけているかも分からない状態で、ティオルの射線を完全に見切って最小の動きで射線から逃れながら前へ加速した。顔をかすめた銃弾が皮膚を剥ぎ取り肉をぎ取る。だがその程度の負傷など致命傷にはほど遠い。アキラの戦意をぐにはまるで足りていない。わらいながらティオルとの距離を詰めると、強化服の身体能力を十全に生かして刀を勢い良く抜き放った。

 ティオルは回避行動を取ったが完全には間に合わなかった。輝く刀身がティオルの片腕を肩口近くから切断した。

 ゆっくりとした世界の中で、切り離されたティオルの片腕が宙を舞う。アキラはそれを見て、これで優位に立ったと思ってしまう。追撃して止めを刺す。そう決めて行動に移そうとした途端、アキラは同じくそれを見て、驚愕きょうがくしながら全力で回避行動に移った。銃を握ったまま宙を舞うティオルの腕が、肘と手首を曲げてアキラに照準を付け直そうとしていたのだ。

 つながっていない腕が引き金を引く。撃ち出された弾丸がアキラをかすめていく。その後は銃撃の反動で回転しながら弾丸を無茶苦茶むちゃくちゃ散蒔ばらまき続ける。ティオルは走りながら反動で飛んできた腕を残った腕でつかむと、緑色の血液のような液体を流す腕の切断面を密着させた。するとすぐに腕がつながった。

 回避行動後に大きく距離を取って走り続けていたアキラが、その光景に顔を驚きでゆがめていた。ティオルの腕がつながったことにも驚いていたが、それ以上にティオルから流れ出た血の色に驚いていた。

(緑色の血……、まさか……!?)

 アキラの脳裏には巨人との戦闘が浮かんでいた。ティオルはアキラの視線の先で、そうだと言わんばかりにわらっていた。

(あの巨人はお前だったってのか!? 殺せていなかったのか? 生き返ったのか? そうかよ! なら、何度でも殺してやる!)

(そうだよ! 俺だよ! 今度は俺が勝つ! 殺してやる!)

 道の両端を左右に分かれて走り続けているアキラ達は、わらいながら言葉も介さずに奇妙な意思疎通を済ませていた。余りの驚きのために、負傷の治療のために、その僅かな間だけ銃撃を止めていたが、互いへの殺意が銃撃を再開させようとしていた。

 そこで前方から車がすごい勢いで走ってくる。ネリアが戻ってきたのだ。通信機越しに声が響く。

「アキラ! 突っ切るから飛び乗って!」

 ネリアも状況の把握など出来ていない。だが悠長に速度を落としたりまったりする余裕がないのは即座に理解していた。前に誰かいたとしてもき殺す勢いで車を加速させている。

 車はアキラとティオルの間を通り抜けようとしている。アキラが素早く駆けて車の側面に貼り付く。そしてティオルも逆側に貼り付いた。

 車の前方からはカツヤ達が銃撃を続けている。車載の機銃などからも、乗員のハンター達からも、激しい砲火が放たれている。だが車を急停止させようともしていた。ネリアが車をめる気配など全く見せないからだ。

 ネリアは車の機銃を撃ち続けながら車を限界まで加速させ続けている。アキラも片手で車体をつかんで側面に貼り付きながら、進路を塞ぐものに誘導徹甲榴弾りゅうだんを連続で撃ち続けている。ティオルも逆側からカツヤ達を銃撃している。

 アキラ達の銃撃には微妙な差異があった。アキラとネリアは進路を塞ぐ障害物の除去を目的にしていたが、ティオルはカツヤ達の殺害を目的にしていた。その結果、障害物の隙間が微妙にアキラ側に偏る。そしてネリアがその隙間に車体を滑らせようと進行方向を変えたために、ティオル側の側面が少し前面に出る。

 そのおかげでアキラは車体が遮蔽物となって敵の弾幕の影響を軽減できた。逆にティオルは敵の弾幕をより多く浴びる羽目になった。

 そしてアキラの車が敵の包囲の僅かな隙間をじ開けるように高速で突入する。アキラの大型車両に比べれば比較的小型の車と衝突する。小型車は衝突の勢いに耐えきれず変形しながら宙を飛び、アキラの頭上を越えていった。

 アキラは激突の反動で振り落とされそうになったが強化服の身体能力で何とか耐えた。だがティオルは敵の砲火を浴びた影響で動きが鈍っており、勢いのままに吹き飛ばされた。アキラの車は衝突で装甲タイルを剥がし、勢いを落としながらも、高出力の大型車両の重量に加わった加速の勢いのままに包囲を突破した。

 アキラが息も絶え絶えの状態で車の屋根にい上がる。そしてまずは回復薬を頬張るように服用してからネリアと連絡を取る。

「……ネリア。助かった。でも、もうちょっと何とかならなかったのか?」

 通信機越しにネリアが少し楽しげな声で答える。

「ならなかったわ。態々わざわざ戻ってきただけでも感謝してほしいぐらいよ」

「ありがとう御座います」

「どう致しまして。今のところは味方だからね。まあ、これぐらいはね」

「そりゃどうも」

 アキラは苦笑しながら一息こうとする。そこにネリアの警告が飛ぶ。

「反応2! 上よ!」

 アキラは即座に迎撃行動を取ろうとしたが間に合わず、屋根の上でその場から飛び退いた。次の瞬間、その反応が屋根の上に同時に勢い良く降りてくる。ティオルとカツヤが追ってきたのだ。着地の衝撃で装甲タイルがゆがんでいた。

 ティオルは楽しげにわらっている。無数の被弾の所為せいで緑色の血まみれだが、既に傷は治り始めていた。

「逃がさねえよ」

 カツヤは憎悪で顔をゆがめている。その憎悪がアキラ達を逃がさないために無謀とも思える行動を促し、移動中の車に飛び乗るという驚異的な行動を実現させた。

「逃がさねえ! お前らは必ず殺す!」

 アキラは嫌気で顔をゆがめている。本当に嫌そうな顔を浮かべている。

「しつこいな。カツヤ、だっけ? お前のかたきは俺じゃない。そっちだ」

 アキラがそう言って顎でティオルを指した。だがカツヤは憎々しげにアキラ達を見たままだ。

「ふざけるな! お前らだ! 仲間のかたきは必ず取る!」

「誤解されているのは分かってるけど、一応言っておくと、俺はそいつの仲間じゃない」

「信じられるか!」

「じゃあ、こうしよう。そいつを殺すまで一時的に手を組まないか? 俺と殺し合うのはその後にしよう」

「ふざけるな! お前と手なんか組むか!」

 駄目で元々、多分無理、そう分かっていたが、やはり断られたことにアキラの嫌気が増した。すると今度はティオルが口を出す。

「じゃあアキラ。俺と組まないか?」

「死ね」

 ティオルがわらいながらカツヤに視線を移す。

「そっちは?」

「殺してやる!」

 嫌気が差している者。わらう者。憎む者。誰も手は組めないという全員の予想通りの結果を確認した後、全員が同じ望みをかなえるために動き出す。

「分かったよ。じゃあ、お前らが死ね!」

「殺し合え! 潰し合えよ! どっちも死んじまえ!」

「殺してやる!」

 狭い屋根の上で、自分以外の死を実現させるために、再び殺し合いが始まった。

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