第215話 混戦
地面に倒れて気絶していたアキラが目を覚ます。何とか起き上がろうと鈍い動きで身を起こし、吐血する。そして近くの壁で体を支えながら立ち上がろうとした。だが激痛に耐えきれず転倒する。既に意識上の現実操作は切れている。脳は
アキラは辛うじて残っている力を振り絞り、回復薬を何とか取り出した。そして口内に残っていた
(……どれだけ気絶していたんだ? 数秒? 数分? 数時間? 死なずに済んだってことは、あいつは倒せたのか? 着地した記憶がない。強化服と防御コートの
アキラが苦笑を浮かべる。
(アルファとの接続は戻っていない。俺の運じゃそこまでは期待できないか)
体の痛みは引いたが頭痛は残っている。
(意識上の現実の解像度を意図的に変更できるようになった。もう一度出来るかどうかは微妙だけど、一度出来たんだ。何とかなるだろう。……でも負荷が
アキラは慎重に車まで戻っていく。ビルの近くに
後部扉から車内に入ったアキラが扉を閉めて大きな
車載の通信機器でも通信途絶の状態は変わっていない。アキラはそれを残念に思いながら自動運転で仮設基地に向かうように車の制御装置を設定する。突然の不具合などなく、普通に動き出したことに
装備品のエネルギーパックと銃の弾倉を、経費を無視した高性能な高級品に交換する。ふと、初めからこっちにしておけば良かった、という考えが頭を
装備を調え直し、追加の回復薬もたっぷり服用して、取りあえず戦闘可能な状態にまで態勢を立て直した後は、そのまま車内の壁に寄りかかって休憩する。そのまま車載の索敵機器の情報を情報収集機器と連動させて見ていると、自動運転の車が速度を落としてアキラに指示を求めてきた。
アキラが顔を
「どうなってるんだ? またモンスターの襲撃か? 勘弁してくれ……」
戦闘を避けて道を変えるのか。
アキラは悩んだ末に待機を選んだ。ザルモとの戦闘による負荷から完全に回復していない状態で連戦は避けたい。後方連絡線を使用せずに仮設基地まで戻るには、大型車両では通行できない道を
最悪の選択をしたかもしれないという不安も確かにアキラの中にあった。だがどの選択も最悪の可能性はあるのだ。ならば戦闘能力を可能な限り回復して、その最悪に
待機状態だった車の制御装置が敵の攻撃を察知して自動的に急発進する。アキラがその慣性でベッドから落とされる。すぐに応戦の準備をしながら愚痴を吐く。
「早いぞ畜生!」
どの選択であれ、速やかに選択していればアキラの休憩時間はもう少し延びていた。そういう意味で、アキラの選択は最悪だった。
車の制御装置が損傷を受けた装甲タイルの位置から敵の攻撃方向を
アキラがそちらの方向に注意を向けると、ハンター風の少年が逃げるように走ってきていた。強化服を着て走るアキラ並みの速さだ。
(あっちから逃げてきたのか? 攻撃はあいつを狙ったモンスターからの流れ弾か?)
アキラは取りあえず援護して話を聞こうと考えると、車の機銃を少年の後方に向ける。そして照準を合わせようとして、表情を驚きと困惑で
アキラが対応を思案している間に、少年はアキラの車に追い付くとその陰に隠れてハンター達の攻撃から逃れようとする。その
アキラは嫌な予感を覚えながらも走行中の車の扉を開けると、少年を問いただそうと声を荒らげる。
「おい! 一体何が……」
少年はアキラに銃を向け、
至近距離での銃撃は、どちらも自身の安全を重視したことで互いに無傷で終わった。少年は素早く飛び上がって車の屋根に登り、アキラは扉の陰に身を隠す。
アキラが険しい顔で視線を天井に向けると、
「お前もいたのか! 厄介だとは思わねえ! 今度は俺が勝つ! お前も一緒に殺してやるからな!」
また似たようなことを聞いたアキラが、その内心を表情に
「また誰かあの世から帰ってきたのか!? 誰だよ! まさかセブラとか言い出すんじゃないだろうな!」
「誰だそいつは! 俺はティオルだ!」
「知るか! 誰だ!」
ティオルの顔が憎々しげに
「知らないだと!? ああそうかよ! 木っ端なんかしらねえってか! だろうな!」
どこか逆上したようなティオルの叫びに、アキラは困惑よりも
車とその周囲に無数の
ティオルは舌打ちして車から飛び降りると、併走しながらアキラに顔を向けて宣言する。
「後回しにしてやる。だが絶対殺してやるからな! あいつも、お前もだ!」
ティオルはそう言い残すと、自分を追ってきたハンター達をまるでアキラの車を援護するような動きで銃撃した後、異常なまでに高い身体能力でその場から離脱した。
アキラは続く不測の事態に僅かに
「あの野郎! 俺に押し付けやがった!」
ハンター達の攻撃の激しさは、アキラをティオルの仲間だと確実に誤解していることを示していた。事情を説明しようと思っても通信は圏外のままだ。
自分が攻撃を控えれば済むとはとても思えない。この通信障害時でも短距離通信が
車載装備の大口径の機銃が無数の銃弾を撃ち放つ。SSB複合銃からも誘導徹甲
アキラはその
「全く、どうなってるんだ?」
頭を抱えるアキラの問いに答える者はいなかった。
ティオルを追っていたハンター達のリーダーが険しい表情を浮かべている。
「くそっ! 逃げられた! 他に仲間がいたのか!」
リーダーの若手ハンターが決意を新たにする。
「どこの誰でどんな目的だったとしても邪魔はさせない! この大規模遺跡探索は絶対に成功させる! 絶対だ! こちらカツヤ! 被害を報告してくれ! 誰か見付けても、通信が回復するまで俺達以外は絶対に信用するな! また襲われるぞ!」
ティオルを追っていたのは、カツヤ達のチームだった。
アキラは状況を把握できないまま遺跡の中を移動し続けていた。状況は悪化し続けている。索敵機器で捉えた交戦反応は既に辺り一帯に広がっている。上空で人型兵器と機械系モンスターが交戦している様子も何度か捉えた。地上では大型モンスターとも何度か遭遇し、車載の機銃で粉砕して難を逃れた。
今回の大規模遺跡探索では都市の人型兵器部隊が安全を確保する。その当初の計画が既に破綻しているのは、
アキラが苦笑しながら
「今までアルファに頼りっぱなしだったツケが回ってきた結果か」
アキラは他のハンターを探して合流するのも
(あのティオルとかいうやつ、恐らくハンターを同士撃ちさせるような
アキラが頭を抱えながら進んでいると、破壊された人型兵器が進行方向を塞いでいた。上半身しかなく、腕も片方取れている。その他の部分も全体的に
強化服の出力を上げれば何とか
「久しぶりね。こんなところで会うなんて、やっぱりアキラとは縁があるようね。ちょうど良かったわ。ちょっと手伝ってくれない?」
「……誰だ?」
「私よ。ネリアよ」
アキラが慌てて周囲を見合わす。
「どこにいる?」
「近くに半壊した機体が転がっているでしょう? その中よ。自力で出られないから出してほしいの」
アキラは少し迷ったが、機体に慎重に近付くと出入口部分の
驚きの表情のアキラと、楽しげに笑っているネリアの目が合った。ネリアは機体と同じく下半身がもげており、片腕も変形した機体に潰されて失っていた。
「
「相手が相手で、状況が状況だからな」
「そう? まあ良いわ。取りあえず仮設基地まで運んでもらえない?」
アキラは真面目な顔で黙って銃を突き付け続けている。するとネリアが
「あら、身動きの取れない女を
アキラが毒気を抜かれたように
「一応確認する。今は味方。その認識で良いんだな?」
「アキラもそう思っているのならね」
「分かった。敵に回る時は、その前に一声掛けてくれ」
「分かったわ。アキラもちゃんと声を掛けてね」
アキラがネリアの残っている腕を
ネリアがアキラに片腕を
「乱暴ね。女の体の扱いは苦手なの? ちょっとぐらい強引な扱い方の方がそそるって人もいるでしょうけどね。アキラの好みはそっちなの?」
「知るか!」
アキラはそれだけ吐き捨ててネリアを連れて車に戻る。そしてネリアを助手席に置き、
「運転、下手なのね。代わりましょうか?」
「どうやって運転する気だ?」
「この車種なら制御装置との接続用の端子とかあるでしょう? それで
アキラは少し迷ったが、車から端子を引っ張り出した。そしてネリアに教えられてネリアの首筋に
アキラ達はそのまま互いの情報を交換して状況の把握を努める。ネリアから人型兵器部隊の状況を聞いたアキラが顔を
「待ってくれ。人型兵器の部隊が敗走って、本当か? あれって全部、前にネリアが乗っていたあの
ツバキに斬りかかった機体の操縦者はネリアだった。新型機の宣伝の
「指揮官がよほどの馬鹿じゃなければ撤退したでしょうね。遠距離攻撃が効かなかったから接近戦特化の機体で仕掛けてみたんだけど、あっさり返り討ちにされたわ。近距離でも遠距離でも勝ち目無し。あの後にあの状況を覆す何かがあったとは思えないわ。何らかの手段があったのなら、とっくに使っていたはずよ」
「じゃあ、その迷彩持ちの機械系モンスターは……」
「食い止めていた部隊がいなくなったのだから、今はそこらをうろちょろしていると思うわ。そもそもあの自動人形の
だがこれで時間経過での状況改善を期待してこの場に
「よし。無理
「もう向かってるわ」
「……そうか」
アキラは勝手に行き先を決められていたことに釈然としないものを覚えながらも、結果的には良かったので深くは突っ込まなかった。
「それにしても、アキラの話を聞く限りハンター側の統制も崩壊か。しかも何が原因にしろ、知り合い以外は信じられない状況とはね。面倒だわ。そんな状況で出会えたなんて、お互い運が良かったわね」
「こんな状況になってる時点で、俺の運はどん底寸前だよ」
「また随分と辛辣な評価ね」
車載の索敵機器が高速で近付いてくる反応を捉える。アキラはそれに気付くと敵なら迎撃する
「ネリア。あの機体はお前の迎えとかか?」
「敵よ! 撃ち落として!」
ネリアの返事と同時に、敵機体が銃を構える。
「
ネリアが車体を大きく揺らしながら進路を脇道に変更する。その乱暴な運転は敵の射線から車体を外す
高価な装甲タイルが着弾の衝撃から車体を守り、その価値を示し終えて剥がれ落ちていく。それでも衝撃を完全には消しきれず、車体が転倒しかねないほどに大きく揺れる。それでも何とか転倒せずに車の体勢を維持できたのは、ネリアの高い運転技術のおかげだ。
アキラは反射的に片手で車体を
敵の射線から逃れた車の中でアキラが敵の反応を確認する。反応の動きは敵が健在であることを示していた。
「ネリア。一応聞くぞ。あの機体に襲われる覚えは?」
「ないわ。アキラは?」
「俺もない。……何ですぐに敵だって分かったんだ?」
「何を言ってるのよ。反応の動きを見れば、友好的な接近行動ではないことぐらい分かるでしょう?」
アキラには分からなかった。だが、分からない、と正直に答えるのもどうかと思って黙っていると、その沈黙を不審と捉えたネリアが不満げに補足を入れてくる。
「まあ、確かに向こうもこちらを警戒しているだけだった可能性はあったわ。でも現状の通信状態で機体の識別コードを受信できる距離まで近付けるのは危険すぎるわ。敵ではないのなら、向こうもそれぐらい理解しているはず。その上で敵意のない接近行動をしなかったのだから、敵じゃなかったとしても敵で良いのよ。多少は結果論で、敵味方の識別手段を少し省いたのは否定しないけど、不意を
「いや、大丈夫だ。確かに敵だったしな」
「でしょう?」
アキラがごまかしを兼ねて同意するとネリアも機嫌を戻した。
「しかし俺にもネリアにも心当たりがないとすると、人型兵器の部隊のやつが味方を全部失って半狂乱にでもなって、手当たり次第に襲ってるのか?」
「それにしては、動きが明確にこっちを狙ったものだったけど……」
その時、短距離通信がアキラ達の車に届いた。先ほどの機体が短距離通信の出力を限界まで上げて一方的に飛ばしてきたのだ。
「アキラ! 逃がさねえぞ! お前はここで殺す! 確実にだ!」
アキラが表情を大きく嫌そうに
「狙いはアキラのようね。本当に心当たりはないの?」
「……声で判断するなら、ザルモってやつだ」
「そう。それで彼とはどんな関係なの? 随分と
ネリアの冗談に、アキラは後部扉から車の屋根に上がりながら、通信越しに真面目な声で答える。
「知り合いの店を襲った強盗の一人だ。その時に確実に殺した……はずだった。頭を吹き飛ばした。脳が飛び散ったのも見た。でも死んでなかった……らしい。別人が本人を
ネリアが興味深そうな声を返す。
「なかなか面白い話ね。
「誘う亡霊って、旧世界の管理人格とかじゃないのか? ビルの管理とかをやってるやつだ。ミハゾノ街遺跡のセランタルビルって場所でそんなのを見たぞ」
「誘う亡霊の正体には諸説あるのよ。まあ、それは別にしても、旧世界の医療技術なら、脳が吹き飛んだ程度の
「……いや、それは
「その
アキラは今まで常識外れのことを山ほど経験しながら、それでも常識が自分の中に色濃く残っていることに苦笑した。有り得ないほどの身体能力を与える強化服を着ても、有り得ないほどの弾を吐き出すSSB複合銃を両手に持っても、アルファという有り得ない存在と日々を過ごしていても、常識という固定観念がそう簡単には壊れないことを少し面白く思った。
「上よ! 来るわ!」
アキラが両手のSSB複合銃を頭上に向けて引き金を引く。2
アキラの
駆け上がる弾丸と駆け下りる弾丸が空中で交差する。弾幕同士が衝突し無数の爆発を引き起こす。地に降り注いだ弾丸が路面に大穴を開ける。アキラの車に直撃した弾丸が車体を大きく揺らし、装甲タイルを剥ぎ取っていく。宙に駆け上がった
著しい体格差で行われた銃撃戦は、両者が共にその体格からは考えられないほどの弾幕を生み出した
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