第213話 通信途絶

 クズスハラ街遺跡の奥部を人型兵器の部隊が進んでいる。大規模遺跡探索の主力だ。黒で統一された外観の同系機達は、巨大な機銃やミサイルポッド、戦艦の大砲のような大口径の携帯砲、力場装甲フォースフィールドアーマー式の盾などで念入りに武装している。

 今回の遺跡探索は各都市の経営陣に新型機の性能を披露して防衛隊への配備を促す良い宣伝になる。機体や武装等を販売する各企業にそう熱心に説得したイナベの奮闘により、多額の宣伝費用がぎ込まれ機体の数も武装の質も過剰と呼べるものになっていた。

 それだけの人型兵器が部隊で遺跡を闊歩かっぽしているのだ。当然その分だけ遺跡のモンスターを強く刺激する。兵器を生やした大型のウェポンドッグを始めにして、多数の強力な大型モンスターが群れを成して襲いかかってくる。だが部隊はそれらを容易たやすく蹴散らしていく。短時間で遺跡のあちこちが大型モンスターのしかばねや残骸で埋まっていった。

「本部。こちらC5分隊C501。大型モンスターの群れと遭遇。撃破した」

「被害状況は?」

「部隊への被害無し。弾薬類の残量は作戦継続可能状態を維持している」

「了解。作戦を続行してくれ」

「……軽い懸念がある。モンスターの規模や遭遇頻度が当初の予想を超えている。遺跡奥部の未調査区域開拓だ。モンスターの脅威度が高いのは分かるが、ちょっと度合いが高すぎる気がする」

「未調査区域とは、該当区画に立ち入ったハンター等の生還率が著しく低い所為せいで、有益な情報が集まらない場所という意味でもある。モンスターがそれだけ強力なのは仕方が無い。退路を確保しつつ、慎重に制圧区域を拡大せよ。……あー、撃破された機体が少ないほど顧客への良い宣伝になると、上から俺達の身を案じるうれしい要望が出ている。危なそうなら早めに下がって良いぞ?」

 軽い冗談交じりの指示に、機体の操縦者も軽く笑って返す。

「末端の心配までしてくれる優しい上司で有り難いね。C501。了解」

 通信を終えた後、操縦者が機体の索敵機器で軽く辺りの様子を調べる。無数のモンスターの残骸やしかばねが、自分達の圧倒的優位を示す証拠が転がっている。

「ま、勝ってるしな。問題ないか」

 人型兵器の部隊が進軍を続けて制圧区域を広げていく。どこに隠れていたのか不思議になるほど大量のモンスターと遭遇したが、高性能な機体で強力な武装を巧みに操り、その圧倒的な火力でぎ払っていく。部隊員もそのモンスターの量を流石さすが怪訝けげんに思い始めていた。だが積み重なる容易たやすい勝利がその問題を軽んじさせていた。

 部隊が更にしばらく進むと、無数の朽ち果てた高層ビルが巨大な防壁のように連なっている場所に到着する。その壁の手前には1体の巨大なモンスターがその壁を守るように待機していた。

 モンスターの外観は巨大な多砲塔多脚戦車だ。部隊機が見上げる程に巨大で、小規模な移動要塞のようにも見える。だがその下部には金属の脚に混じって巨大な爬虫はちゅう類の脚が生えており、何らかの生物が多脚戦車を被るか背負うかして擬態しているようにも見える。

 その巨大モンスターは人型兵器の部隊を察知すると、車体から生えている無数の機銃と無数の砲塔を勢い良く回して照準を合わせ、敵を一帯の建物ごと粉砕するかのような激しい砲火を放った。

 黒い機体達も速やかに応戦する。敵の砲火を盾で防ぎ、周辺の廃ビル等の遮蔽物に身を隠し、機体の推進装置で宙を飛び、目標を立体的に包囲する。その上で機体間の通信装置を介して高度な連携を取り、一斉に攻撃した。

 使用者も目標も明らかに人間用でも対人用でもない巨大な銃弾と砲弾が、モンスターと機体達の両方から大量に放たれた。無数の流れ弾が周囲の建物を倒壊させていく。

 盾の強固な力場装甲フォースフィールドアーマーの耐久力を超えた衝撃が持ち手の機体を後方へ吹き飛ばす。廃ビルを遮蔽物に利用していた機体が危うく建物の倒壊に巻き込まれそうになる。空中で被弾した機体が体勢を崩して落下する。

 モンスターから生えている巨大な砲塔が粉砕されていく。機銃が吹き飛ばされていく。装甲代わりの車体に大穴が開き体液が流れ出ていく。鋼の脚も生物の脚も千切れて飛んでいく。

 倒壊中のビルから降り注ぐ瓦礫がれきの雨が弾丸や砲弾を遮っていく。跳弾して大きく軌道を変えた弾丸があらぬ方向へ飛んでいく。瓦礫がれきに着弾した砲弾が爆発し、爆風を周囲に飛び散らせていく。それらが機体の力場装甲フォースフィールドアーマーの耐久力を更に削っていく。モンスターにも更なる負傷を与えていく。状況は五分だった。

 そこに都市側の増援部隊が到着する。交戦中の部隊の機体と情報連携を済ませて照準を合わせ、遠距離の廃ビルの屋上などから十数機の機体で一斉に砲撃した。ただでさえ過剰気味の火力を安全な遠距離から的確に集中させた威力はすさまじく、巨大なモンスターを一瞬で吹き飛ばした。

 木っ端微塵みじんに吹き飛び、その巨体と同質量の膨大な残骸と肉片の山に成り果てた敵の姿を見て、先行部隊の隊長が安堵あんどの息を吐く。

「こちらC501。支援感謝する」

「こちらC801。間に合って何よりだ。それで、なぜ後続の到着を待てなかった?」

「敵の存在に気付いた時は手遅れだった。恐らく迷彩持ちだったのだろう。言い訳になるが、ここに到着するまでに遭遇したモンスターに迷彩持ちはいなかった。索敵範囲を維持しながら索敵精度を迷彩持ちに対応できるレベルまで上げてしまうと、反響定位類用の発信でこちらの位置が露見しやすくなる。だから不要と思い迷彩持ちへの対応優先度を下げていた」

「なるほど。先に遭遇したモンスターはそのためおとりだと思うか?」

「……いや、違うと思うが、正確には分からん」

 先発部隊の隊長が隊員から被害状況を確認して顔をしかめる。3機が大破し、戦闘可能な小破状態の機体も多い。新型機の部隊であることを考慮すればかなり大きい被害だ。

「各員に通達。ここを当面の進軍限界点とし、以降は内側の制圧区域の保持を優先する。陣形を防衛型に切り替え、索敵設定を迷彩持ち対応へ切り替えろ。力場装甲フォースフィールドアーマー耐久値が7割を切った機体は、倒された機体と共に一度帰還しろ。C8分隊との合流により現地指揮系統を……」

 隊長が指示を続ける最中、索敵機器が先ほど撃破した巨大モンスターの辺りで大きな反応を捉えた。直ちにそちらを警戒すると、防壁のように連なる廃ビルの1棟が先ほどの攻撃の余波で倒壊し始めていた。そして完全に倒壊し、そこに出来た隙間から向こう側の景色があらわになる。その景色を見た途端、隊長の顔が驚きに染まった。そして我に返るのと同時に慌てて本部へ連絡を入れる。

「ほ、本部。こちらC5分隊。脅威となり得る巨大モンスターと遭遇。C8分隊の援護により撃破に成功。被害を受けた機体を一度帰還させる」

「了解した。……様子が変だが、何かあったのか?」

「戦闘の余波で倒壊したビルの向こうに、ほぼ万全な整備状態を保っていると思われる街を発見した。映像を送る。確認してくれ。その上で指示を求める」

 通信の向こう側から伝わってくる騒めきは、発見したものの価値を意味している。隊長が軽い緊張を覚えながら指示を待っていると、索敵装置が再び反応を示す。慌てて反応の原因を機体のカメラで確認すると、ビルの倒壊で出来た壁の隙間に、遺跡に似つかわしくないドレス姿の女性が立っていた。

 女性はどこか不機嫌なようにも見える冷たい表情を浮かべている。そして隊長がカメラ越しにその女性と目が合ったと思い、何かを話していると思った瞬間、本部との通信が完全に途絶えた。


 ツバキが倒壊したビルの瓦礫がれきの上に、自身の管理区域の境界に立っている。本来ツバキは自身を縛る規則により自身の管理区域の外に実体では出られない。そして現在の体は端末化した旧世界製自動人形であり、実体だ。

 そのツバキが都市の部隊を、無数の黒い機体を見ながらつぶやく。

「……来たか。今度は50年保たなかったわけだ。まあ良い。これで条件は満たした。またしばらく出歩ける。また、お引き取り願おう」

 ツバキが歩いて境界の外に出ていく。その横を無数の透明な機械群が駆け抜けていった。


 隊長は本部との通信途絶に驚き困惑していた。だがそれも設定を迷彩持ち対応に切り替えた索敵機器が、追加の多数の反応を捉えて危険を知らせるまでだった。可視光では視認不可能な物体が巨大な壁の隙間から次々と出現している。

「撃退しろ!」

 経験からそれを即座に敵と見抜いた隊長の号令で、黒い機体の部隊が一斉に銃撃を開始する。同時に、ツバキの管理区域の警備を担当していた機械系モンスター達も一斉に銃撃を開始した。

 何もないように見える空間から突如飛び散る発火炎マズルフラッシュと、着弾による力場装甲フォースフィールドアーマーの衝撃変換光が、機械系モンスターの光学迷彩を乱して外観を浮かび上がらせる。複数の主砲と機銃を備えた多脚戦車だ。そしてその一部は脚を地面に着けておらず折り畳んでおり、飛べることを示していた。機械系モンスターは地面に、壁の側面に、空中にと素早く広がり、無数の銃口を都市の人型兵器達に向けて応戦する。黒い機体達も陣形を組んで連携し、当初は過剰とまで思われた火力で対抗する。

 一帯は再び荒れ狂う砲火と弾幕に支配された。


 イナベが仮設基地の司令部で歓喜の表情を浮かべている。遺跡奥部の部隊から送られてきた光景、ツバキの管理区域の風景は、今回の大規模遺跡探索計画を大成功と評価するのに十分な成果だ。

 該当の場所は自分の担当区域となり、そこから生み出される膨大な利益が都市を発展させ、自分の地位と将来を約束する。自分は賭けに勝ったのだと、イナベはかつてない高揚を味わっていた。

 その高揚に水を差す出来事が起こる。大型モニターに表示されていたその光景が突如消えたのだ。

「何が起こった!? すぐにつなぎ直せ!」

 イナベの叱咤しったに職員達が慌てて作業を行う。しかし部隊との通信は回復しない。

「駄目です。つながりません。いえ、これは……」

 事態を確認した職員達の表情がひどく険しいものに変わっていく。

「奥部の全部隊、全ハンターとの通信が完全に途絶しました!」

「何だと!?」

 思わず叫んだイナベの声が司令室に響き渡った。その声が消えても、余りの状況に慌てながら対応を続ける職員達の騒めきが司令室から消えることはなかった。


 アキラが遺跡奥部の廃ビルで遺物収集を続けている。廃ビルは都市の人型兵器部隊が制圧を終えた場所にあり、単純にモンスターの所為せいで今までハンター達が近寄れなかったのならば、多数の遺物が期待できる。しかしアキラの表情はその期待が裏切られたことを示していた。

『本当に何にもないな。ここも遺跡の結構奥部なのに。普通少しは残っているものなんじゃないか?』

 遺物などほとんど無い上に強力なモンスターが彷徨うろつくハンターにとってろくでもない場所。ツバキは管理外の場所での有効な僅かな権限で試行錯誤して、自身の管理区域の周辺を意図的にそう整備していた。

 アルファもそれを知っていたが、詳しく説明するのは避ける。

『それでハンターもほとんど近寄らないから、大規模遺跡探索でモンスターを強引に間引いて、遺物が残っていそうな場所を開拓しようとしているのでしょうね』

『そういうことか。でもあの人型兵器の部隊の近くに行くのも、戦闘に巻き込まれそうで嫌なんだよな。まあ、そっちの方が遺物を見付けやすいとは思うけどさ』

 長期間人が立ち入っていない場所の方が、高額な遺物が大量に残っている可能性は高い。そのため、成果を求めるハンター達は危険を承知で人型兵器の部隊の近く、制圧が終わったばかりの場所で優先的に遺物を探していた。

 アキラはそのかなり後方、大分離れた場所にいた。やる気と安全の両方を考慮した結果だ。元々エレナ達も参加していれば合流しようという程度の考えで遺跡探索を受けたのだ。手を抜く気はないが、無駄な危険を冒す気は全くなかった。

『でも、成果全く無しってのも不味まずいかな』

『気にすることはないわ。自由に動いて良い契約よ。外の間引きを人型兵器の部隊が請け負ってくれているとはいえ、それでも奥部は十分に危険な場所よ。安全第一で行きましょう』

『そうだな。そうするか。……アルファ?』

 返事と一緒にアルファに視線を向けたアキラが怪訝けげんな顔を浮かべる。そばにいたアルファの姿が消えていた。表示位置を変えたのかと思って周囲を見渡す。しかしアルファの姿はどこにもなかった。

 次の瞬間、アキラは軽い目眩めまいと共に奇妙な感覚を味わう。同時に視界が一瞬だけゆがみ、すぐに元に戻る。そこには世界を表示し直したような違和感があった。

『アルファ。冗談なら止めてくれ! せめて前もって何か言ってくれ!』

 返事はない。念話で強く訴えても虚空に呼びかけているかのように消えていく。その静寂は以前セランタルビルでアルファが席を外していた時とは根本的に異なっていた。あの時は呼びかけても相手が無視している程度の感覚だった。だが今感じるのは、誰もいない無音、僅かな反響すらき消える静寂だ。

 アキラは今、アルファとの接続が完全に切れていた。

 アキラの表情におびえが浮かぶ。だがそれを塗り潰すように非常に険しい表情を浮かべる。

(落ち着け。慌てるな。遺跡の奥ではアルファとの接続が切れる場合がある。そう言われていただろう。戦闘中ではない。セランタルビルの時のように逃げ場を塞がれている訳でもない。してやモンスターの腹の中でもないんだ。アルファとの接続が回復する場所までゆっくり慎重に移動する。問題ない)

 アキラは一度大きく深呼吸して気を静めた後、遺物収集を打ち切って、来た道を戻り始めた。そしてこの状態では依頼どころではないと考えて帰還を決断する。

 装備の不調とでも言い訳しよう。そう考えながら貸出端末を操作して探索本部と連絡を取ろうとする。だが反応がない。怪訝けげんに思って表示欄をよく見ると圏外と表示されていた。顔をしかめて自分の情報端末を取る。そちらはミハゾノ街遺跡の経験を踏まえて少々高い回線を引いている。だからそっちならつながるだろう。そう思ったのだがそちらも圏外だった。

 アキラがセランタルビルでの出来事を思い出して表情を更に険しくする。

(あの時と同じ状況になったのか!? いやその所為せいでアルファともつながらないのならもっと悪い! 早く脱出しないと!)

 アキラが焦りのままに駆け出す。すると通路の先に別のハンターの姿が見えた。

「本部と通信がつながらない! そっちはつながるか!?」

 ハンターの男がアキラに道を譲るように通路の脇に移動する。そして貸出端末を操作した後、顔をアキラに向けて首を横に振った。

 アキラは通信障害を受けているのが自分だけではないと改めて確認したことで、ビルからの脱出を最優先に考える。脱出さえすればアルファとの接続が回復する。ここを乗り切れば後はどうにでもなる。そう考えて強化服と防御コートの出力を上げる。予備のエネルギーパックを車に十分に用意していたこともあり、これが無駄な消費であったとしても躊躇ためらわなかった。

 アキラが男の横を通り過ぎる。そしてその先の階段に飛び込むように階下へ駆け下りようとする。その瞬間、緊張で過敏になっていた精神が情報収集機器から伝わる感覚に反応し、嫌な予感としてアキラに警告を与えた。アキラが反射的に防御姿勢を取った瞬間、踊り場に設置してあった爆弾が起爆し、周囲をアキラごと吹き飛ばした。

 爆弾は目標の殺傷より退路の封鎖を優先して設置、起爆されていた。おかげでアキラは強化服と防御コートの出力を上げていたこともあって、爆風で元の階へ押し戻されただけで大した怪我けがもなくて済んだ。しかしエネルギーパックの残量を大分消費した。

 吹き飛ばされたアキラが驚愕きょうがくと混乱の中で着地する。それでも体勢を崩していないのは積み重ねた訓練と実践の成果だ。訳も分からないまま現状の把握を始めようとする頭を、再度の嫌な予感が強制的に中断させる。アキラは自身の勘に従い、SSB複合銃を握った腕を振り向く間すら惜しんで強引に背後に向け、引き金を引いて乱射する。同時に横へ素早く飛んで近くの部屋に飛び込みその場から離脱しようとする。

 その一瞬で2人分の弾幕が通路を飛び交った。無数の銃弾が壁や床に着弾し、固い素材をえぐり、穴を開け、2人がいた周辺を破壊の跡で埋め尽くした。

 どちらも少々被弾したものの、致命傷にはほど遠い被害で済んだ。もう1人の銃撃者、先ほどアキラが擦れ違った男のどこか勝ち誇った声が響く。

「やっぱり今のじゃ死なねえか! だよな! この程度でくたばるなら、あの時殺せていたからな!」

 アキラは逃げ込んだ部屋で回復薬を飲みながら様子をうかがっていた。そして相手の言動から過去に殺し合った誰かと考えて該当者を思い浮かべるが、それらしい者は浮かんでこなかった。エゾントファミリーの生き残りかとも考えたが、態々わざわざ今回の大規模遺跡探索を復讐ふくしゅうの機会に選ぶとは思えなかった。遺跡探索のために念入りに装備を調えた時よりも、適した機会は幾らでもあるからだ。

「誰かと間違えてないか!」

「あってるよ! お前はアキラだろう? あの後にちゃんと名前も調べたからな! まあ、お前を殺すのは半分偶然だ! 確かに俺の私怨もあるが、大義の前ではかすむ程度のささやかな理由だ! 殺すことに違いはねえがな!」

 アキラは訳が分からず更に怪訝けげんな顔を浮かべた。だがすぐに余計なことだと思い直して気を切り替える。先ほどの銃撃を生き延びた者が明確な殺意を持って殺しに来ている。その相手にアルファのサポート無しで対処しなければならない。その現実に意識を集中させる。

(何もこんな時に襲ってこなくても良いだろう! くそっ!)

 アキラは内心で愚痴を吐きながら両手にSSB複合銃を握る。そして大きく息を吸い、体感時間を圧縮し意識を加速させ、部屋から飛び出した。

 出力を上げた強化服の身体能力で生み出した初速で、廊下の反対側に一瞬で到達する。片足でその壁を蹴って慣性を逆方向の衝撃で相殺する。同時に両手のSSB複合銃を素早く構え、敵の方向へろくに狙いも付けずに銃撃した。拡張弾倉の残弾数を生かして大量に撃ち出された弾丸は、その数で照準の甘さを十分に補い、無数の銃弾を敵に浴びせた。

 だがそれらの銃弾が敵に負傷を与えることはなかった。相手は片手のてのひらを前に出し、その少し前の空中に展開した力場装甲フォースフィールドアーマーの盾で銃弾を防いでいた。衝撃変換光が消えると、楽しげな笑みを浮かべている男の表情に、自身の優位を示す嘲笑が加わった。

 唖然あぜんとしているアキラを見ながら男が首を軽く横に振る。

「残念だったな。あの時はスラム街のチンピラに合わせた貧弱な体だったが、今は今回の大規模遺跡探索に合わせた高性能な体なんだよ」

 アキラの勘が答えを導き、常識がそれを否定する。

「まさか……、いや、そんな……」

「あの時は名乗ってなかったな? ザルモだ! 今度は勝たせてもらうぞ!」

 ザルモが力場装甲フォースフィールドアーマーの盾を縮小してアキラを銃撃する。アキラは反射的にその場から飛び退いて先ほどの部屋に逃げ込んだ。

 ザルモが一度銃撃を止め、銃を変形させてから銃撃を再開する。すると撃ち出された銃弾が壁を貫通してアキラを襲い始めた。

 アキラは周囲の壁が自分の銃弾だけを防ぐ障害物と成り果てた部屋から、部屋の逆方向の出口に全力で駆け出した。銃撃で破壊されて飛び散る備品の動きよりも速く、だが撃ち続けられる銃弾よりも大分遅く、自身の横を通り過ぎる弾丸を追いかけるように移動する。色無しの霧を含んだ東部の大気を弾丸が高速で通過することで生まれる痕跡を、宙を穿うがった弾丸が残す弾道の線をくぐりながら、死に物狂いで死地から脱出した。

 弾丸が壁を貫通するとはいえ、その分だけ威力も低下し弾道も狂う。おかげで数発被弾したものの防御コートの力場装甲フォースフィールドアーマーを突破することはなく、被弾の衝撃でアキラの表情を大いにゆがめる程度の被害で済んだ。

(あいつ、以前にシェリルの店を襲った強盗か! 何で生きてるんだ!? 頭を吹っ飛ばしたはずだぞ!? 実は脳は胴体にあって、死んだ振りをしていただけだったのか!? いや、そんなはずは……)

 アキラが廊下を走りながら続けていた思考を、背後からの銃撃で中断させられる。反射的に振り返り、両手のSSB複合銃の設定を変更して反撃する。銃のエネルギーパックと残弾を過度に消費する連射速度で実施した乱射は、通路を埋め尽くすような弾幕となった。

 ザルモもそれを全て受けるのは流石さすが不味まずいと判断して近くの部屋に身を隠した。だが優位の表情は欠片かけらも揺らがなかった。

「そっちも装備の性能をあの時より格段に上げたようだな! だが分かるぞ! あの時の動きの切れが見る影もねえ! がた落ちだ! 今のお前に強化服の動作補助はない! 自力でどこまで生き残れるか! 精々足掻あがくんだな!」

 アキラが愕然がくぜんとして思わず叫び返す。

「これはお前の仕業か!? 何をしやがった!」

「お前が知る必要はねえ! 支援の力で調子に乗ったツケを払って、ここで死ね!」

 ザルモが少々強引に距離を詰め始める。相手の僅かなたじろぎ、意気の弱まりをき、油断なく戦局を優勢に傾けて仕留めに掛かる。

 アキラは銃撃しながら後退する。だが焦りが募り、集中が乱れる。それによる動きの乱れが相手の優勢を許してしまう。何とか押し返そうと多少無茶むちゃな動きを強いられる。大量の銃弾で相手の動きを制限し、被弾は防御コートの力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を上げて対処する。それで何とかしのぎ続けるが、急激に減っていく弾薬とエネルギーパックの残量がアキラの表情をゆがませていく。

 アキラも徐々に劣勢になっていることは分かっている。だがそれを覆す手段は見当たらない。それがアキラを更に焦らせ、動きを鈍らせ、弾薬とエネルギーパックの消費量を上げていく悪循環が続いていた。

 逃げ続けるアキラの視界に別の階段が映る。降りてビルから脱出すればアルファとの接続も回復すると考えて、思わずそちらに飛び込もうとする。だがその直前で足が止まった。先ほどの爆発が頭をよぎったのだ。

 爆弾が設置されているかどうかを情報収集機器で悠長に調べる余裕はない。最悪の場合、爆弾とザルモに挟まれて逃げ場を完全に失う。強化服と防御コートの出力を限界まで上げて、爆弾が設置されていようが覚悟を決めて強引に突っ切るという手段もある。だがアルファのサポートを受けられないというひるみに押されつつある今のアキラに、その決断は出来なかった。

 僅かな迷いがアキラから時間を奪い、必死に逃げて稼いだ距離を台無しにして、ザルモの接近を許してしまう。廊下の曲がり角からの銃撃から逃れるために、アキラは仕方なく別方向に飛び退いて、折角せっかくの退路を捨ててしまった。

 アキラは更に逃げ続けた。その非常に険しい表情は、もうおびえに大分侵蝕しんしょくされていた。過度な緊張が体に震えを走らせる中、アキラの視界に外の景色が僅かに映る。ビルの外壁が僅かに壊れていたのだ。

 アキラはそれで、ようやく一つの決断を下した。背負っていた刀を抜き、機能を起動させて刀身を輝かせ、壁へ勢い良く振り下ろす。高出力の波動をまとった刀身はアキラの希望をかなえ、旧世界製の強固な外壁を何とか切り裂いた。

 アキラは更に壁を乱雑に切り刻み、その上で渾身こんしんの蹴りを放った。壁が砕け、大穴が開く。その直後、追ってきたザルモがアキラの視界に入る。アキラは歯を食い縛って躊躇ちゅうちょみ潰し、ビルの外へ飛び出した。

 アキラが高層ビルの側面近くを落下していく。かなりの上階から飛び出したので地面まではまだ遠い。それでも地面に到達するまでの時間は僅かだ。その僅かな時間を体感時間の操作で限りなく引き延ばしながら、口に出さずに必死に叫ぶ。

『アルファ!』

 返事はなかった。セランタルビルと同じなら、強引にでもビルの外に出ればアルファとの通信が回復するかもしれない。その第1の賭けはアキラの負けで終わった。

 そして第2の賭けにもアキラは負けた。幾ら何でもビルの外に飛び降りてまで追ってはこないだろう。その予想を嘲笑あざわらうように、ザルモは躊躇ちゅうちょなくアキラと同じように飛び降りて追ってきたのだ。

 賭けには負けた。このまま地面に激突しても死ぬ。落下中にザルモに撃たれても死ぬ。アルファのサポートは回復しない。ゆっくりとした時間の流れの中、自分が死ぬ理由が積み上がっていく中、アキラは自分をここまで追い込んだ理由、選択、運を自虐的に笑い、それを嘲笑あざわらう。

「少しは自力でやれってか! 分かったよ! やれば良いんだろうが!」

 どん底から反発反転した精神がアキラをどこまでも集中させていく。無意識に体感時間操作を暴走気味に実施して、世界の速度をどこまでも緩めていく。その状態でわらいながら無理矢理やり発した声が奇怪な音となって世界に響いていく。アキラは決意し、覚悟を決めた。

 あらがわなければ殺されるだけ。ならば反撃し、殺し返す。相手が人でもモンスターでも過去でも不運でも、全く何一つ変わらない。お前が死ね。俺を殺す要因ものことごとく死ね。ようやく覚悟を決めたアキラは、アルファとの接続が回復するまで逃げ続ける選択を完全に捨て去った。

 右手の刀をビルの側面に突き刺して滑るように斬り続ける。そのままつかひねって刃の進行方向をじ曲げ、一緒に自身の移動方向を無理矢理やり曲げてザルモの銃撃を回避する。同時に左手のSSB複合銃を乱射してザルモを牽制けんせいしつつ、発砲の反動で両足をビルの側面に押し付ける。

 刃がビルを斬り続け、強化服の足の裏にある力場装甲フォースフィールドアーマー式の足場確保機能がビルの外壁を砕き削り続ける。そしてその摩擦で十分に減速した瞬間、アキラは地を駆けるように垂直の壁を蹴り、ザルモとの間合いを一気に詰める。

 アキラが覚悟を決めるのと同時にその視界が変わり始めていく。集中するほどに変化の度合いが大きくなっていく。ザルモの周囲は鮮明に、その他の部分は曖昧に、視界に限らず変化していく。それは現実の解像度を可変に切り替えて、意識上の現実を実際の現実に近づけるのに成功した証拠だ。

 アルファのサポートを得た状態であれば、知覚可能な現実を極限まで詳細に把握できる。だがアキラの自力では不可能だ。試みただけでも余りの負荷に脳死しかねない。それをアキラは処理対象を限定し負荷を軽減することで対処した。

 処理するべき情報を自分の意思で取捨選択し、意識上の現実の精度を部分的に向上させる。意識上の現実を生成する脳の処理時間による遅延の所為せいで、本来ならば見えた時、知覚した時には手遅れな状況を、見た後に、知覚後に対処可能な猶予を作り出す。それにより、異常なまでの反応速度を手に入れる。

 同時に痛覚等への処理を可能な限り切り捨てる。り潰されていく体の悲鳴が聞けず、死の手前にいる警告に気付けない不具合を甘んじて受け入れる。

 それらにより、アキラは制限時間付きで自身の戦闘力を底上げした。残り時間は本人にも分からない。分かるのは、とても短いということだけだ。

 そしてアキラがこれに成功したのは今が初めてだ。訓練中に何度も試したが全て失敗していた。失敗の理由は2つ。アキラを脳死させないようにアルファが制限を入れていたこと。そして最悪の場合でもアルファに頼ればきっと何とかなるというアキラの無意識での甘えだ。

 アキラはその両方のかせを外し、久しぶりに死地に自分の足で立っていた。アルファと出会う前、スラム街で自力で生きていたあの頃のようにわらいながら。

 落下しながらアキラを狙っていたザルモが、突如自分に向かってきたアキラに驚きながらも照準を合わせ直し銃撃する。アキラはそれを素早く横に飛び退いてかわし、ビルの側面を再び蹴って更にザルモとの距離を詰める。アキラとザルモだけ重力の方向を直角に曲げたような攻防がビルの側面で繰り広げられた。

 ザルモが驚嘆する。

(急に動きが変わりやがった! それに何だこの反応速度は! 加速剤か!? 逃げ回っていたのはその効果が出るまでの時間稼ぎだったのか!? 追っていたはずが、誘われたか! だが動きの切れ自体は戻っていねえ! お前がまたシステムの恩恵を受ける前に殺す!)

 アキラが驚愕きょうがくする。

(この状態でも互角が限界か! だがもう一度この状態になれるとは限らねえ! このまま殺しきる! お前が死ね!)

 刀の間合いに入った瞬間、アキラが刀を全力で振るう。刀身の輝きは力場装甲フォースフィールドアーマーを応用した切れ味の強化と、アンチ力場装甲フォースフィールドアーマー機能の強度の両方を示している。ザルモがそれを察して力場装甲フォースフィールドアーマーの盾を展開し、同時に出力を限界まで上げる。

 刀身が盾に接触した瞬間、激しい衝撃変換光が周囲に飛び散った。驚愕きょうがくを強く示すザルモの険しい表情も、敵を嘲笑あざわらうアキラの顔も、その光に飲み込まれていく。そして光の余りの激しさに相手の姿も見えない中、互いに恐らく相手がいる方向に銃を向け、同時に銃撃する。アキラとザルモは発砲の反動と被弾の衝撃で、互いに衝突してはじかれたように吹き飛ばされた。

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